第二十六話 賑わう鉄山砦
巡林拠点からの知らせが鉄山砦へ届いたのは、翌日の午前だった。
魔法伝書鳩が事務所の窓辺へ舞い降りる。そこにはすでに、光をまとった鳩が一列に並んでいた。事情を知らない者が見れば、鳩でも飼い始めたのかと思うだろう。
軍師が、伝書鳩はまずここへ集めるように決めたのだ。全員が直接送りつけてきたら、とても処理しきれない。
鳩の爪が木枠に触れるや、エイヴンが入口から駆け寄った。
今では第二遠征団が使う伝書鳩の羽色や脚輪を見て、前線の定例報告か、軍師がすぐ読むべき急報かを難なく判別できる。
今回の脚輪には、赤い線が二本入っていた。
エイヴンはすぐに鳩を抱え、奥へ急ぐ。
事務所は数日前より騒がしかった。
入団希望者こそ減ったものの、品物の搬入や受け取り、道を尋ねる者、依頼を持ち込む者、魔獣素材の精算に来る者は増えている。窓口脇には粗麻布の束が積まれ、壁には修理を終えた盾が三枚立てかけられていた。裏庭からは、木人を打つ鈍い音が響く。
帳簿を抱えて倉庫から出てきた金樹花は、途中でドワーフの雇い人に呼び止められ、皮革の重量を確かめ始めた。
軍師は奥の机に座り、三通の異なる文書を広げていた。
一通は鉄山砦守備隊から。
一通はアンヴィル一族から。
もう一通は、昨夜星界会館へ掲示された公告の写しだった。
エイヴンが鳩を届けた時、軍師はその公告を読んでいた。
記されているのは、わずか数行。
巨獣の森外縁北部にて、星界の旅人によるA級魔獣討伐を確認。隊名、スタークラウン。参加人数、三名。
下には星界会館の銀印が押されている。
そばに立つ周は、しばらくその文字を見つめてから呟いた。
「三人で、A級?」
「おそらく二頭目だ。団の斥候記録にあった正体不明の三人組も、こいつらだろう」
軍師はエイヴンから急報を受け取ると、開封する前に公告を周へ押しやった。
周は、巨獣山脈へ向かっていた一隊を思い出す。
装備は上等で、追跡への警戒も厳しい。並のプレイヤーが経験を積みに向かう方角ではなかった。
Bladeは「あれは追いづらい」とだけ言い、鈴音が巡林記録へ残した。その後、鉄山砦で断片的な噂が広がり、ようやく名が浮かび上がってきた。
スタークラウン。
団長はジャッジ。魔剣士。
魔剣士は武技にも魔力感知にも高度な技量を要求される。今なお、白桃ソーダのように安定した術の発動に苦戦する魔法職は少なくない。剣を振るいながらとなれば、なおさらだ。
だが戦いを見た者は、彼の長剣は呼吸しているようだったと語った。
炎、霜、時には風や雷。異なる魔力を自在に一太刀へ封じ込める。彼にとって、武技と魔法は一つの技術なのだという。
サービス開始七日目、三人は公に記録された最初のB級魔獣を仕留めた。
Bladeが目撃してから三日後には、星界会館へA級討伐の公告が出た。
そして今、二頭目。
「三人か……」
周が最後に討伐したのはC級魔獣だった。
世界は広い。上には上がいる。
いつの間にか金樹花が近くまで来ていた。まだ帳簿を抱えている。
「昨日、星界会館で聞きました。スタークラウンは団員を募集してるけど、入るには三人全員と一対一で手合わせしないといけないそうです。勝てなくてもいいけど、あの三人を相手に何手かは持ちこたえろって」
周が振り返る。
「いつの間にそんな話まで仕入れたんだ?」
「皮素材の税を納める列に並んでいたら、隣でプレイヤーが四人、大声で喧嘩してたんです。一人はスタークラウンが気取りすぎだと言って、一人は強者なら門戸も高くて当然だと言って。もう一人は挑戦して、剣を抜く前に負けたって」
「それで?」
「今では無料の宣伝係です」金樹花は両手を広げた。「叩きのめされて、心服したそうです」
軍師は前線からの急報を開き、目を通した。
表情はほとんど変わらない。ただ、指先で紙を一度軽く叩く。
周はすぐにスタークラウンから意識を戻した。
「前線か?」
「サンダーウルフを討伐。死者三名。装備は大半を回収済み。Atlasが巡林拠点へ戻って会議をしろと言っている。お前と砕岳槌も帰る時だ」
周は頷いた。
その時、外から馬車の音が響いた。
第二遠征団の車ではない。
重く、規則正しい音。それも一台ではなかった。
周が窓辺から見下ろすと、真新しい青と白の旗が通りへ曲がってきた。旗には彼方へ延びる一本の道と、その脇に歯車、簡略化された星が刺繍されている。
「ニューフロンティア開発局です」金樹花が声を潜めた。
ここ数日、鉄山砦の中層で手続きを進め、倉庫を借り、材木を買い、働き手を雇っていれば、その名を避けて通ることはできない。
商店には彼らの注文書が置かれ、運送隊の車軸には紋章が刻まれていた。地元職人の工程表にさえ「開発局優先」の文字が現れ始めている。
彼らは一隊ではない。
広がり続ける影に近かった。
サービス開始から間もなく、ニューフロンティア開発局は現実の莫大な資金を投入し、啓明領東端、レーゼ公国との国境に広がる未開拓地の権利を丸ごと買い上げた。
プレイヤーは来る者を拒まず、現地住民も大量に雇う。荷運び、建築、畜産、木材加工、前線警護、交易路の整備、文書登録。扱わない仕事がないほどだった。
会長はイーサン・マーサー。
中央星域、フォーサイト星の巨大企業を率いる人物だ。
周が現実の報道でしか知らなかった名が、今は鉄山砦の運送書類に載っている。
「昨日、南通りの倉庫を二棟追加で借りました。南への商圏はもう鉄山砦まで届いています。北では王都へ使者を出したとか。もっとすごい噂だと、シルバーリーフ樹海へ探検隊を送り、エルフとの接触を図っているそうです」
周はしばし黙った。
「ゲームをしているようには聞こえないな」
「最初から遊びに来たんじゃないんだろう」軍師が言う。
窓の外で、開発局の馬車が向かいの建物へ止まった。
数人のプレイヤーが機敏に降りる。揃いの裁断が施された革鎧と短い外套を身につけていた。その後ろには現地の御者が二人と、書類鞄を持った若い書記が続く。
書記はプレイヤーではない。それでも隣の彼らより街路をよく知っているらしく、真っ先に倉庫の戸を叩いた。
その光景を見ながら、周は山中の要塞が数日前より狭くなった気がした。
「バロン師から手紙が来ている」軍師が別の文書を裏返す。「ガイア技術共同体という連中は信用できるか、と。会長のアイゲンが昨日、伝手を使って接触してきたそうだ」
周は目を瞬いた。
「聞いたことがある。学者や技術者は大勢力の下働きになるな、新世界で力を結集して独立した一角を築けと、掲示板で呼びかけていた人だろう?」
「そいつだ」
軍師は机の脇から薄い調査冊子を抜き出した。
このところ事務所が集めたプレイヤー勢力の記録だ。星界会館の公告、倉庫の伝票、酒場の噂、前線での目撃情報が挟み込まれ、紙の角はすでにめくれ上がっていた。
ガイア技術共同体の頁は文字で埋まっている。
会長アイゲン。中央星域の名門大学教授。仮想と現実の融合・介入研究における第一人者。
研究者のギルドなら、どのサーバーにも存在する。第五サーバーのエノクス大陸は、学者と技術者の一団によって、すでに「スチームパンク」の時代へ押し進められていた。
ただし、あちらが魔法を新しい燃料として扱うのに対し、アイゲンはさらに先を見ているらしい。
ガイアの技術体系へ既存の科学技術を当てはめるだけではいけない。魔法そのものに、別の可能性があるはずだ――それが彼の考えだった。
ガイア技術共同体は、掲示板で議論するだけの学者でも、研究と製造に閉じこもる技術者でもなかった。
人を集め、工房を建て、素材を買い、森にも人員を送る。
本気で組織を運営している。
少し前、巡林拠点の斥候が奇妙な七人組を目撃していた。
前衛の一人は、簡易な機械式外骨格らしき装置を身につけている。関節には革帯、銅板、正体不明の魔晶石。歩くたび、がちゃがちゃと音を立てた。
後ろを六人の魔法使いが追い、魔力反応を記録しながら、その装置を何と呼ぶべきか言い争っていたという。
魔獣も当然倒す。
ただ、彼らにとって巨獣の森は、広大な野外実験場なのかもしれなかった。
金樹花は黙って聞いていたが、ここで調査冊子を自分のほうへ少し引き寄せた。
「顧先生」声を潜める。「これ、全部商売になりますよね?」
軍師が彼女を見る。
金樹花は一度身を縮めたが、すぐに冊子へ指を置いた。
「開発局がこれだけ手を広げれば、鉄山砦に昔からある倉庫も商会も工房も、穏やかではいられないはずです。開発局の大口注文は受けきれない。でも、値段を押さえつけられたくもない。私たちなら、まず小口で堅い仕事を拾えます」
頁をめくり、ガイア技術共同体の項を示す。その目が一段と輝いた。
「こっちも。研究するなら、変わった素材を大量に集めるでしょう? 前線から持ち帰る物の中には、普通の買取所だと値のつかない物がたくさんあります。あの人たちが使うなら……」
指がさらに次の頁へ進んだ。
そこには炉背の地下道に関する簡略な印が挟まれている。
金樹花は言葉を切った。
軍師の顔を見てから、冊子をそっと押し戻す。
「すみません。勝手に見るべきではありませんでした」
軍師はすぐに冊子をしまわなかった。
しばらく彼女を見た後、机の下からさらに薄い冊子を取り出し、目の前へ置く。
表紙に題名はない。右下に小さく一行だけ記されていた。
『炉背の地下道――概略』
金樹花が目を見開く。
「読んでいい。奥の部屋から持ち出すな。書き写すのも禁止だ。想定される出土品の処分案も入っている。情報を整理して、明日までに素材の区分と買い手候補を出せ」
帳簿を抱く手に力が入る。
「それと、今日から倉庫と素材関係で外から来る見積もりは、まずお前が確認しろ。重要な案件だけ俺へ回せ」
周は隣で聞きながら、彼女がもう帳簿係の補佐について在庫を数えるだけではないと気づいた。
軍師は情報の一部と、判断する権限を彼女へ渡したのだ。
金樹花は背筋を伸ばした。
「承知しました」
軍師は頷き、付け加える。
「正式な場では先生と呼ぶな」
金樹花が笑いをこらえた。
「分かりました、顧先生」
「……」
外の喧騒は続いていた。
午後には星界会館の前で、ゴールデンイヤー商会が提示した新しい買取価格が話題になった。
夕方には二つの討伐団が、鉄山砦南方の狩猟路をめぐって酒場で言い争った。その一方はドーンバナーという。
夜も更けてから、文書を届けに出た周は路地で、黒い外套のプレイヤーが見知らぬ相手と声を潜めて話しているのを見た。相手の袖口には黒い契約印が覗いていた。
ブラックパクト。
プレイヤー同士の殺しと、表沙汰にできない仕事を請け負う集団。
いずれにせよ、世界は広い。
そして鉄山砦は、確かに賑わいを増していた。




