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ガイア・クロニクル ~世界は、星界の旅人を待ってはくれない~  作者: またおれがっ
第二章 第二遠征団

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第十七話 団員募集

魔法伝書鳩が運んできた報告を読み終えた頃には、茶はすっかり冷めていた。


淡青色の光が机上でほどけ、最後に、周がわざわざ太字にした一行だけが残る。


三日後。


アンヴィル一族との正式会談。


軍師はその文字をしばらく見つめた。最初に込み上げたのは喜びではなく、頭痛だった。


会談が重要なのは間違いない。山中帝国、ドワーフの古史、巨獣山脈の深部。どれを取っても重大な物語への入口になりうる。他サーバーの公開情報には、ドワーフ一族の物語や遺跡に関する記録こそあれ、これほど具体的で、明らかに特別な事件はなかった。


第二遠征団が巡林拠点、鉄山砦守備隊、アンヴィル一族との関係を一つずつ積み上げて、ようやく手にした入場券だ。


だからこそ問題がある。


券はある。人手がない。


鉄山砦の事務所を回し、前線の巡林範囲を広げ、物資を運び、ギルド登録後の諸手続きをこなす。Atlasはすでに第二遠征団を前線部隊として動かし始めていたが、その人数は部隊と呼ぶには程遠い。


軍師は眉間を揉んだ。


「募集する」


奥で名簿を整理していた補佐役が顔を上げる。


「今からですか?」


「今からだ。基準を緩める。未経験でも、腕が悪くても、生産職でも構わん。明らかな荒らしでない限り、まずは受け入れろ」


周の報告を文書箱の底へしまう。


補佐役はためらった。


「それでは、どう選別を?」


軍師が目を上げる。


「条件を一つ足す」


翌朝、第二遠征団事務所の前には、目に見えて人が増えていた。


鉄山砦中層の道はもともと狭い。石造りの家、鍛冶屋、雑貨店、酒場が両脇にひしめき、壁際を走る蒸気管が時折白煙を吐く。ドワーフの引く鉱車が鈍い音を立て、星界の旅人たちは地元民の間を行き交う。新品の長剣を背負った者、新人用の布服のままの者、上層の軌道を見上げながら歩き、樽を担いだ店員にぶつかりかける者までいた。


軍師は周と砕岳槌を三日後の会談まで鉄山砦へ残していた。当然、その間も遊ばせるつもりはない。事務所は、通りすがりの鳩まで捕まえて名簿に載せたいほど人手不足だった。


周には質問集を渡し、前室の受付を任せる。砕岳槌は裏庭へ送り、新人の戦闘能力を試させた。


「戦えるんだろ?」と軍師。


「戦えるからって、これをやる理由にはならねえ」


「宴で食って飲んだ分、働け」


砕岳槌は不満そうだったが、結局は従った。


新しい看板の下では、軍師が雇った地元の若者が小椅子に座り、列へ水と整理札を配りながら手順を説明している。


名はエイヴン。近くの雑貨店で働いていた青年で、話し方は明瞭、気性も穏やかだった。軍師は十分な賃金とともに、一つだけ言いつけていた。


「わざと困らせる必要はない。普通に接すればいい」


初め、エイヴンには意味が分からなかった。


七人目の星界の旅人を迎える頃には、だいたい察していた。


水を受け取り、丁寧に礼を言い、地元の者か、事務所は忙しいか、中層に安い食堂はあるかと尋ねる者がいる。


一方で、目も合わせず仲間に「このNPC、作り込み細かいな」と言う者もいた。木杯を机の端へ雑に押しやり、積んだ整理札を倒しかける者もいる。エイヴンが慌てて支えると、その者は笑った。


「ちゃんと反応するんだな」


扉脇の補佐役が、一つずつ記録していた。


面接でも、軍師はすぐに戦闘技術を聞かない。出身、ここまでの経路、入団理由、守備・運搬・巡回・街中の仕事のどれを引き受けられるか。相手が話し終えた頃、何気なく尋ねる。


「このゲーム、NPCが妙に本物っぽいな」


たいていのプレイヤーは一瞬、面食らった。


「そうなんですよ! 昨日、鍛冶屋で剣を触ったら持ち方が悪いって親父さんに散々怒られて、最後には刀身の見方まで教わりました。買って帰るだけのつもりが、二時間も居座っちゃって」


軍師は頷く。


「奥で登録を」


別の者はこう答えた。


「確かにリアルですけど、結局はゲーム内AIですよね。重要NPCの機嫌を損ねなければ、仕様を利用するくらい問題ないでしょう」


「隣室で待て」


さらに別の者は軽く笑う。


「リアルでもNPCはNPCでしょ。取れるものは取らないと。どうせ本気で恨んだりしませんよ」


「分かった」


補佐役が、その名を別の頁へ移す。


頁の見出しは簡潔だった。


――採用見送り。


三日目の午前には、新たに正式加入したプレイヤーが二十人を超えていた。


成熟したギルドの募集なら、ありえない速さだ。以前ならAtlasは戦歴、集団経験、活動時間、大規模戦の経験、指揮への服従を確認しただろう。軍師も戦闘、生産、情報、商務、後方支援へ細かく分類し、時間をかけて観察したはずだ。


今はそんな余裕がない。


鉄山砦の情勢も巨獣の森も、第二遠征団の準備を待たない。一つの集団が勢力の雛形へ変わるとき、万全になってから出発することなどない。風穴だらけのまま、走りながら塞ぐのだ。


新人が戦えなくてもいい。生産職が金儲けだけを望んでもいい。第二遠征団の勢いに便乗して、前線の物語を味わいたいだけでも構わない。


だが、この世界の住民を踏みつけてもいい背景扱いする者だけは駄目だ。


第二遠征団は、すでに一度その授業料を払っていた。


昼頃、事務所に見知った顔が現れた。


淡い金色の短上着に、腰には算盤を下げている。背嚢の両側には帳簿と布袋が詰まっている。彼女は入口でエイヴンに微笑み、銅貨二枚を出して、傍らに置かれた薄荷糖を一袋買った。


「ここ、けっこう並ぶのね」


「今日は人が多くて」エイヴンは恐縮した。


「多いほうがいいわ。人がいれば商いになるもの」


声を聞いた軍師が顔を上げた。


「金樹花?」


女プレイヤーは笑顔で入ってくる。


「顧先生、覚えててくれたんですね」


軍師の顔がわずかに引きつった。


「そう呼ぶな」


「じゃあ軍師で。今日は入団しに来ました」


彼女とは以前にも取引があった。サービス開始直後、軍師が安価な生活物資を何度か転売した際、一緒に商売をした仲間の一人だ。儲けは大きくなかったが、中層の商路、倉庫の賃料、素材流通の癖をかなり把握できた。


金樹花は前線へほとんど出ない。だが価格変動を嗅ぎ取る勘は、戦闘職が魔獣の足跡を追う目よりも鋭かった。


軍師は申請書を見る。


「今の主な仕事は前線守備だぞ」


「知ってます。だから入りたいんです」


「理由は?」


「一、人手不足。二、会計のできる人も不足。三、森の外縁で素材が動くのを小商隊が待っている。拠点ができれば、木材、皮、鉱石、薬草、食糧、全部が商機になります」


一拍置いて付け加えた。


「四、あなたから学びたい」


「何を?」


「こんな本物の世界で、どう稼ぐかを。普通のゲームなら競売所と更新情報、業者の動きを見ればいい。でもここは、もう『ゲーム』だけでは説明できません。以前の取引をあとで検証したら、見れば見るほど見事でした」


軍師の顔から嫌そうな色が少し消えた。申請書を左側へ置く。


「奥で登録しろ。まず会計担当と物資を棚卸しする」


金樹花の目が輝いた。


「採用ですか?」


「試用だ」


「十分です。先生、ご安心を」


軍師が顔を上げる。


「軍師、ご安心を」彼女は即座に言い直した。


午後、前室に何とも言えない静けさが訪れた。


誰も話していないわけではない。誰もが、何か言いたいのを必死にこらえている静けさだ。


奥から出てきた軍師は、中央に立つ長身の青年を見た。背には磨き上げた長槍。石突きには黒い布が結ばれている。胸を張り、見えない風を受けて今にも登場を決めそうな姿勢だった。


登録名も目立つ。


――終焉の竜槍使い。


軍師は書類と頭上のIDを見比べ、読み上げた。


青年は胸に手を当て、低い声で告げる。


「終焉の竜と契約を結びしのち、運命より授かりし名なり」


部屋の隅で誰かが茶を噴きかけた。


軍師は無表情だった。


「普通に喋れ」


青年は半秒黙る。


「槍使いです。前線戦闘班を希望します」


「試験へ行け」


裏庭は狭く、基本動作と短距離の対戦しかできない。砕岳槌はただの中二病だと思っていたらしいが、青年が槍を構えた途端、見物人の顔つきが変わった。


足運びは安定し、穂先はぶれず、引き際も鮮やかだ。槍の長さで間合いを支配し、肩を突き、脚を払い、最後は横に構えて砕岳槌を半歩退かせた。


「やるな」周が呟く。


次の瞬間、青年が旋回した。槍が半円を描き、黒布が宙を翻る。


「断罪竜牙突!」


打ち返そうとした砕岳槌の動きが止まった。


技に怯んだのではない。名前に怯んだのだ。


軍師は目を閉じた。システム上、断罪竜牙突など存在しない。ただの突きである。


もっとも、狙いは正確だった。


前室の記録には、さらに気になる備考があった。


『単独で待っている間は地元雇員へ丁重。エイヴンの水杯箱を運び、二度礼を言った。プレイヤーの目があると台詞が明らかに増える』


軍師は備考と、裏庭で槍を収めながら決め姿勢を取る青年を見比べた。


補佐役は評価に困っている。


「採用。Atlasへ投げろ」


夕刻、事務所の空気を完全に崩壊させる最後の一人が現れた。


可愛らしいプレイヤーだった。淡い色の短髪、袖の広い魔術師の長衣、小さな顔、笑うと弓なりになる目。ただ、肩は一般的な女性キャラクターより少し広く、声もそれほど高くない。


IDは【白桃ソーダ】。


水と火という相反する二属性を志望。前線希望。術はまだ不得手だが学ぶ意欲あり。住民への接し方も申し分なく、迷ったとき道を教えた焼きパン屋のおばさんへ、あとで二枚買いに戻ったという。


ここまでは、何も問題なかった。


補佐役の代わりに受付へ入っていた周が尋ねるまでは。


「第二遠征団を志望した理由は?」


白桃ソーダが瞬く。


「団長が格好いいって聞いたから」


前室の空気が止まった。


「彼女」は軽やかに周へ寄り、手を取った。近すぎる瞳に、固まった周の顔が映りそうだった。


「だから入れて。私、こんなに可愛いでしょ?」


周は行動阻害スキルを受けたように動かない。名簿を整理していた金樹花が、面白がる目で顔を上げた。


ちょうど軍師が脇の扉から出てくる。


「離せ」


白桃ソーダは即座に手を離し、直立して敬礼した。


「はい、軍師さま!」


「前線班は保留。術者予備名簿へ」


「ええ?」


「術が不得手なんだろ」


「でも私、可愛いですよ」


「魔獣には通じん」


ついに誰かが吹き出した。白桃ソーダは怒りもせず、笑った者へ手を振る。


「じゃあ魔獣にも可愛いと思わせられるまで練習します」


軍師はまた眉間が痛み始めるのを感じた。


三日間は、人の波、書類、伝書鳩、絶えない質問に埋め尽くされた。


新加入者の大半は前線へ送られた。仮の徽章を手に眠れないほど喜ぶ者、夜通し干糧と予備靴を買う者、拠点近くに高位の魔獣が出ると聞き、「死にに行くが、それだけの価値はある」と顔に書いてある者。


鉄山砦に残った者は少ない。金樹花と、文書整理を任された静かな生産職が一人。軍師には、彼が棚を整える手際のほうが、多くの戦闘職の剣より美しく見えた。


もちろん周と砕岳槌も、今はここにいる。


会談前夜、軍師はようやく新人名簿を清書し、魔法伝書鳩へ封じた。


鳩は窓から飛び立ち、鉄山砦の交錯する灯を抜け、城外へ向かった。

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