第十六話 アンヴィルの試練を越えし者
宴も終わりに近づく頃には、長堂のあちこちで人が潰れていた。
卓に突っ伏していびきをかく者。杯を抱えたまま何か呟く者。歌い出したものの、三節目で歌詞を忘れる者。炉の火は初めより弱まり、赤い光が石柱と髭の上でゆっくり揺れている。
砕岳槌は卓の端に倒れ、片頬を腕へ押しつけながら、もう片方の手で杯を握りしめていた。
「槌は……でかいほど……」
途中で声が途切れる。
周は隣に座り、すっかり冷めた水を手に、必死で意識を保っていた。
そのとき、長卓の端でほとんど口を開かなかった族老が杯を置いた。
底が卓に触れた音は小さい。それでも周はすぐに顔を上げた。
「お前たちの軍師は、昔語りを聞きたいのか?」
声を聞いて初めて、周はその族老が女性だと気づいた。
昼の日除けでも、彼女はほとんど喋らなかった。ほかの族老と同じく長い髭を生やしているが、やや短く、丁寧に梳かれている。顔立ちも少し柔らかい。声を聞かなければ、すぐには見分けられなかっただろう。
周は慌てて背筋を伸ばした。
「はい。お許しいただけるなら、改めて正式に伺います。そちらの作法にも従うつもりです」
女族老はしばらく周を見た。
「作法なら、もう半分は済ませた」
周は黙って待った。ここで急かさないほうがいい。
女族老は卓に伏した砕岳槌へ目をやり、また周を見る。
「あの大槌持ちは気性が荒い。だが、手はきれいだ」
周は一応弁護した。
「口は悪いですけど」
「口の悪い者など、いくらでもいる。厄介なのは、手つきの汚い者だ」
周には意味を掴みきれなかったが、褒められていることだけは分かった。
「三日後、軍師を連れてこい。ブローンに迎えに行かせる」
周はゆっくり息を吐いた。
「必ず伝えます」
女族老は頷く。
「お前も、なかなか悪くない若者だ」
その言葉が落ちるのと、周の前にシステム画面が開くのはほぼ同時だった。
______________________
【アンヴィル一族の試練――イベント結果を集計中……】
戦闘評価
技術:優秀
与ダメージ:制圧
見栄え:見応えあり
任務評価
アンヴィル一族の試練を突破し、族老との正式な会談許可を得ました。
試練と宴を通じ、アンヴィル一族の大多数から認められました。
戦闘技術が鍛えられました。
物語評価
思いがけず始まったドワーフ一族の試練は、率直な申し出と鮮やかな剣技によって、第二遠征団が鉄山砦で道を切り開く重要な一歩となりました。心を打つ美辞麗句はありませんでしたが、言葉を飾りすぎないことも、ときには美徳となるものです。
【最終評価:A+】
【イベント報酬】
称号獲得:「アンヴィルの試練を越えし者」[効果:鉄山砦のドワーフと交流する際、基本的な信頼を得やすくなり、同勢力から得る名声の上昇量が増加する]
称号獲得:「恐れ知らずの剣盾士」[効果:鎧または盾を捨てた際、短時間だけ身体能力が上昇する]
許可獲得:アンヴィル一族会談許可[説明:ブローン・アンヴィルの紹介により、アンヴィル一族内部の会談へ参加できる]
アイテム獲得:ドワーフ火酒の小樽[説明:アンヴィル一族の宴で贈られた品。非常に強い酒につき、飲みすぎ注意]
アイテム獲得:『戦いの技法・初巻』[説明:ある武人が魔力を戦闘に用いる方法を記した書物]
名声獲得:鉄山砦・ドワーフ勢力の名声が上昇しました。
【集計完了】
______________________
画面を眺める周の口元が、思わず緩んだ。
「A+か」
卓に伏した砕岳槌を見る。
「見たか? こういうのを安定した活躍っていうんだ」
反応はない。
だが周が知らないだけで、砕岳槌のイベント結果も出ていた。
______________________
【アンヴィル一族の試練――イベント結果を集計中……】
戦闘評価
技術:粗雑
与ダメージ:非常に高い
見栄え:大いに盛り上がった
任務評価
非公式な形でアンヴィル一族の試練を突破しました。
宴を通じ、アンヴィル一族の者たちと良好な関係を築きました。
物語評価
あなたが試練に選ばれたのか、それとも自ら試練へ突っ込んだのかは定かではありません。いずれにせよ、中庭での乱闘によって己を証明し、一晩にわたる口論と酒盛り、槌を巡る激論によって、もう一つの事実を証明しました。ドワーフは、気性の荒い者を必ずしも嫌いません。その槌が十分に正直である限りは。
【最終評価:A-】
【イベント報酬】
称号獲得:「老ブローンが認めた槌使い」[効果:槌系武器の使用時、技術に小幅な補正を得て、武器の耐久度低下が軽減される]
アイテム獲得:アンヴィル一族の粗製腰当て[説明:老ブローンが無造作に投げて寄越した防具。作りは粗いが、かなり頑丈]
アイテム獲得:アンヴィル一族の粗製肩当て[説明:老ブローンが無造作に投げて寄越した防具。作りは粗いが、かなり頑丈]
アイテム獲得:ドワーフ火酒の大杯[説明:誰から贈られたかは、もう覚えていない。だが今はあなたのものだ]
名声獲得:鉄山砦・ドワーフ勢力の名声が上昇しました。
【集計完了】
______________________
砕岳槌は、倒された石塊のように眠り続けていた。
周はしばし黙り、自分の結果を簡潔にまとめた。会談の日時を確かめ、ブローンとムーレンにもそれぞれ確認を取ってから、魔法伝書鳩へ報告を書き込む。
『戦いの技法』――ドゥエンとの勝負を決めたあの瞬間にも、周はいつもと違う感覚を覚えていた。「武人が魔力を戦闘に用いる方法」。この本に記された内容こそ、今の自分に必要なものかもしれない。
一方、鉄山砦中層。
軍師は、この二日ほとんど眠っていなかった。
ギルド設立の手続きは、想像以上に煩雑だった。
鉄山砦の役所で捺印をもらい、守備隊本部へ届け出を出し、雇われ守備兵としての身分を別途登録する。罰金と賠償金の領収書も揃えなければならない。ギルド名、拠点、名簿、責任範囲――どの項目にも担当者がいて、どこでも半日は足止めされた。
幸い、金は確かに役立った。そして名声も、ようやく役立ち始めていた。
第二遠征団は正式にギルドとして認められ、鉄山砦中層に小さな事務所を借りた。間口は狭いが奥行きはある。前室で客を迎え、奥に物資を積めるうえ、二階には仮眠用の小部屋まであった。
軍師は地元の者を二人雇い、使い走りとプレイヤーの勧誘も任せている。
入口には、出来たばかりの木札が掛かっていた。
『第二遠征団――鉄山砦公認・先鋒ギルド』
その下には小さな文字が続く。
『戦闘、暮らし、冒険、独特な物語。すべて揃っています。どんなプレイヤーにも、きっと自分の居場所が見つかる』
後日これを見たAtlasは、長いこと黙り込んだ。
「軍師」
「何だ?」
「これ、ゲームの広告みたいじゃないか?」
軍師は顔も上げなかった。
「ゲームの中で広告を出してるんだから、当然だろ」
Atlasは考え込み、反論できないことに気づいた。
わずか二日で、二十人近いプレイヤーが相談に訪れた。
巨獣の森の外縁で守備に就くと聞き、その場で参加を申し出る者。ギルドの福利厚生や装備の分配を気にする者。「事務所では鉄山砦の商取引情報も得られるのか」と延々尋ねる生産職の者たち。
軍師は一人ずつ分類して記録した。受け入れられる者はすぐ迎え、判断に迷う者は補佐役に観察させる。
深夜になり、ようやく事務所の前室が静まった。
二人の補佐役は奥で名簿を整理し、雇った地元の使い走りは帰宅している。軍師は一人、机の向こうに座っていた。目の前には三枚の書類、二枚の地図、とうに冷めた茶が並ぶ。
椅子の背にもたれ、眉間を揉んだ。
「まったく、社畜もいいところだ」
その直後、窓の外から小さな羽音がした。
淡青色の魔力で形作られた伝書鳩が窓辺へ降り立ち、首を傾けて軍師を見る。
軍師は身を起こした。
鳩が翼を広げる。
周が整理した一連の報告が、宙へ少しずつ展開されていった。




