第十五話 宴
ドゥエンが石円の外へ蹴り出されてから、広場はしばらく静まり返っていた。
やがて、抑えようとしても抑えきれないざわめきが広がる。
若いドワーフたちは互いの顔を見合わせた。髭を撫でる者もいれば、手にした武器へ目を落とす者もいる。本来なら五人目として出るはずだった若者は、円の縁から半歩踏み出したところで固まっていた。
ドゥエンを見て、周を見る。
周は屈んで盾を拾い、表面の埃を軽く払っていた。
若者はそっと足を引っ込めた。
日除けの中央で、髭が膝まで届きそうな族老が咳払いをする。
「どうした。もう誰も出んのか?」
答える者はいない。
族老は人垣の中を指した。
「ロータン、お前が出ろ」
名を呼ばれたのは、ほかの若者より落ち着いた風貌のドワーフだった。腕を組んで後ろに立っていた彼は一瞬きょとんとし、仕方なさそうに前へ出る。
たちまち野次が飛んだ。
「族老のご指名だぞ。行って世間を見てこい!」
「うるさい」
ロータンは声の主を睨み、長柄の戦槌を手に石円へ入った。
周は、自分の前腕より太い柄を見て息を呑む。
「ドワーフって、本当に槌が好きだな」
ロータンは戦槌を握り、真顔で答えた。
「槌は使いやすい」
あまりにも素朴な答えで、周には反論のしようがなかった。
五番目の勝負はすぐに始まった。
ロータンは最初の三人より慎重で、間合いの管理にも長けている。いきなり振り回すことはせず、長柄の戦槌を正面に構えたまま、石円の縁をゆっくり巡った。周が距離を詰めようとするたび、槌頭が先回りして行く手を塞ぐ。
風を切る槌が、石板の細かな埃を巻き上げた。
周が一歩退く。ロータンは半歩追う。
戦槌が横から襲いかかった。
周は盾で受けた。腕が沈み、足が円の外へ滑りかける。その力に逆らわず斜め後ろへ逃がしながら、盾の脇から長剣を突き出し、ロータンの手首を狙う。
ロータンが槌を引く。周はすかさず前へ出た。
攻守を入れ替えながら、二人は円を半周した。ロータンは堅実だった。だが堅実だからこそ、技の切り替えにはわずかに意外性が欠ける。
二度目の横薙ぎが空を切った瞬間、周は内側へ足を差し入れた。盾で柄を押さえ、剣の峰をロータンの肩へ当てる。
二人とも動きを止めた。剣はそれ以上進まない。
ロータンは肩を見下ろした。
「俺の負けだ」
人垣がついに沸き立った。
嘲笑でも、不満でもない。長く息を詰めていた者たちが、ようやく大声を出す口実を得たような騒ぎだった。
「通ったのか?」
「五番とも勝ったぞ!」
「ドゥエン叔父さんの分も数えるのか?」
「当たり前だろ、自分から円に入ったんだから!」
日除けの下で、族老たちが小声で言葉を交わした。やがて最初の族老が手を上げると、広場は徐々に静かになった。
「よかろう」
周はようやく心の底から安堵した。
石柱にもたれた砕岳槌が、誰かに渡されたらしい酒壺を片手に鼻を鳴らす。
「言っただろ。こいつ、実はけっこう強いんだ」
周が振り返る。
「いつ言った?」
「心の中で」
周は相手にしなかった。
族老に呼ばれ、周と砕岳槌は日除けの下へ移った。ブローンもついてきたが、普段よりずっとかしこまっている。
近くで見る族老たちの姿は、さらに壮観だった。
低い石椅子に腰掛け、幾重にも重なる髭を膝から足の甲まで垂らしている。まるで一人ひとりが厚い毛布を掛けているようだ。それでも眼光は少しも衰えず、周と砕岳槌を眺める目には、品定めとも好奇心ともつかない色があった。
居心地の悪くなった周は、覚えたばかりの鉄山砦式の礼をぎこちなく行った。
「族老の皆さん。俺は、こういう話をするのがあまり得意じゃありません」
返事はない。周は腹を括って続けた。
「ブローンから、昔この山脈にいたドワーフと、山中帝国の伝承を聞きました。うちの軍師は、そういう古い話に関心があります」
「軍師?」
「第二遠征団の軍師です。頭が切れて、俺たちの発展方針と補給を取り仕切っています」
周は一度息を継いだ。
「第二遠征団――俺たち星界の旅人は、ここへ来てまだ日が浅い。鉄山砦で名を上げ、足場を築く必要があります」
族老たちをまっすぐ見る。
「俺たちに特別な取り柄はありません。強いて言えば、戦いと冒険が好きで、そう簡単には死なないことくらいです。役に立てる場所があるなら、アンヴィル一族と力を合わせたいと思っています」
美辞麗句とはほど遠い。あまりにも率直な言葉だった。
だが族老たちは遮らなかった。中央の老ドワーフが髭を撫で、しばらく周を見つめる。
「人間の話は、たいていもっと長いものだがな」
周は正直に答えた。
「だから、苦手だと言ったんです」
砕岳槌がすかさず口を挟む。
「こいつはこういう奴だ。戦いなら多少は使える」
「お前は黙ってろ」
族老の一人が笑った。
それでも山中帝国にも、協力の申し出にも、まだ答えは返らない。中央の族老はムーレンへ手を振っただけだった。
「今夜、宴を開け」
周は目を瞬く。
「宴、ですか?」
「試練を越えたなら、まず食わねばならん。話はそのあとでよい」
こうしてその夜、周は初めてドワーフの宴を知ることになった。
アンヴィル一族の宴会場は外ではなく、半ば山壁へ埋め込まれた長堂だった。太い石柱が天井を支え、その表面には槌、金床、山脈、炎が彫られている。両側の炉は勢いよく燃え、焼肉から滴る脂が火に落ちては、ぱちぱちと音を立てた。
長卓が何列も並び、酒杯は人間の汁椀より大きい。
ブローンは初めこそ体面を保とうとしていたが、ほどなく親族に連れ去られ、酒を浴びせられた。砕岳槌に至っては、席について四半刻もしないうちに、周囲のドワーフたちと三度も杯を干していた。
「お前の槌は駄目だ」一人が肩を叩く。「もっと腰を落とせ」
砕岳槌は即座に杯を置いた。
「何が分かる。俺のは爆発力っていうんだ」
「爆発したあと、腰が痛むのか?」
周囲が爆笑する。砕岳槌は卓を叩いた。
「もう一戦だ!」
「まず飲め!」
「上等だ!」
反対側に座った周は、酒杯を両手で抱え、こわばった顔をしていた。
族老たちが代わる代わる話しかけてくる。どこから来たのか。星界の旅人は誰もが蘇るのか。故郷に鍛冶屋はいるか。なぜ人間は回りくどく喋るのか。
やがて誰の息子が誰の娘を娶っただの、去年は誰の炉が爆発しただの、どの人間商人が砂混じりの塩三袋で上質な鉱石を荷車一台分持ち去っただのという話になった。
「人間は狡猾だ」老ドワーフの一人が結論づけた。
周は考える。
「全員がそうとは限りません」
「ほう?」
「うちの団長だって、狡猾じゃないときがあります」
「では、いつ狡猾なのだ?」
周は真剣に思い返した。
「たいていは」
老ドワーフは一瞬固まり、杯を掲げて大笑いした。周もつられて笑うしかない。
本題が残っているため、酒はゆっくり飲んだ。幸い、ドワーフの宴は人間の酒席とは違う。気の利いたことを言わなくても、場が白けることはなかった。
飲める者は飲み、飲めない者は食べる。食べられなくなれば、誰かの口喧嘩を聞いていればいい。卓について、炉の明かりが届く場所にいる。それだけで、この賑わいの一員だった。
砕岳槌のほうは、明らかに馴染みすぎていた。
昼間まで「NPCなんてプログラムだ」と言わんばかりだった男が、今やドワーフと肩を組み、長柄槌こそ男らしいか、それとも片手槌と盾の組み合わせこそ実用的かで言い争っている。
議論が白熱すると、とうとう自分の巨槌を床へ突き立てた。
「いいか、槌はでかいほどいい!」
「手に馴染む大きさが一番だ!」
「でかけりゃ馴染む!」
「それはお前の手先が不器用なだけだ!」
「何だと?」
「不器用だと言った!」
笑い、怒鳴り合った末、誰かが杯を掲げると、結局全員で飲み干した。
その光景を眺めながら、周は思った。軍師が自分と砕岳槌を選んだのは、どうやら適当ではなかったらしい。
一人は話を明確に伝える役。
もう一人は、自分たちが口先だけではないと分からせる役。
もっとも、二人目はもうじき卓の下へ沈みそうだった。




