第十三話 試練
中庭には、それからもしばらく槌の音が響き続けた。
砕岳槌は初め、力任せに押し返そうとしていた。だが打ち合ううちに、老ブローンの槌は魔獣とはまるで勝手が違うと気づく。
魔獣は爪や牙、角、そして巨体にものを言わせ、正面から襲ってくる。対する老ドワーフは、歩き回る金床のようだった。歩幅は小さく、腰は低い。体を返すたび、砕岳槌の力を巧みに脇へ逃がしてしまう。
巨槌が空を切り、石床をかすめた。砕けた石が輪になって飛び散る。
老ブローンは柄の内側へ潜り込み、肩からぶつかると、腰めがけて斜めに槌を押し込んだ。
砕岳槌は慌てて力を抜き、身をひねって受け止める。
甲高い音が弾けた。腕が痺れ、脇腹の古傷がずきりと疼く。
「よく持ちこたえるじゃねえか」老ブローンも息を切らしていた。
「そっちこそ、ずいぶん力を盗むのが上手いな」砕岳槌は歯を食いしばる。
老ブローンの目が輝いた。
「分かったか?」
「当たり前だ。この古狸、一度だってまともに打ち合ってねえだろ!」
砕岳槌が横薙ぎに巨槌を振るう。
老ブローンは豪快に笑った。だが足は止まらない。槌頭の最も重い軌道をかわし、短槌で柄の中ほどを叩く。砕岳槌の手首が沈んだ。強引に押し返そうとした瞬間、脇腹に鋭い痛みが走る。
動きが、ほんの半拍遅れた。
老ブローンの槌が、胸元で止まっていた。振り下ろされることはなかった。
砕岳槌は胸前の槌を見下ろし、次いで痛む脇腹へ目をやった。やがて荒い息を吐きながら、巨槌の柄を石床へ突く。
「分かった」
老ブローンが眉を上げた。「何がだ?」
「俺の負けだ」砕岳槌は脇腹を押さえ、苦い顔をした。「あと二、三発もらったら、本当に傷が開く」
中庭が一瞬、静まり返る。直後、見物していた近所のドワーフたちから囃し立てる声が上がった。
老ブローンは勝ち誇るように立っていたが、額は汗にまみれ、髭の下では胸が大きく上下していた。短槌を肩に担ぎ、何食わぬ顔で歩き出そうとする。だが最初の一歩で、膝がわずかに折れた。
「親父」ブローンがすぐに声をかける。
「黙れ。お前に支えられるほど老いちゃいねえ」
老ブローンは息子を睨みつけた。それを見た砕岳槌が、にやりと笑う。
「あんたも、もう力が残ってないんだろ」
「お前を地べたに這わせる程度は残ってる」
「じゃあ、どうして打たなかった?」
「お前がさっさと負けを認めたからだ」
二人はしばし睨み合い――不意に、揃って大笑いした。
老ブローンは短槌を金床の脇へ戻す。
「悪くない槌だ。ただし、せっかちすぎる。腰を痛めているくせに意地を張りやがって。馬鹿め」
砕岳槌は脇腹をさすった。
「あんたも悪くなかったぜ。小さいくせに、ずしりと重い」
周は静かに目を閉じた。砕岳槌の物言いを正すのは、もう諦めるしかない。
ところが老ブローンは腹を立てるどころか、褒め言葉でも聞いたように満足げだった。
「重けりゃ十分だ。鍛冶も喧嘩も同じよ。見栄えだけの技なんざ役に立たん」
「そいつは同感だ」
周はブローンを見る。「ドワーフって、みんなこうなのか?」
ブローンはため息をついた。「うちは特にひどい」
実のところ、二本の槌が派手にぶつかり合っている間に、ブローン家にはもう一人、客が訪れていた。
かなり年配のドワーフだった。髭は老ブローンよりずっと丁寧に梳かされ、濃色の上着をまとい、腰には鍵と小さな鉄札の束を下げている。止めに入るでも、声をかけるでもなく、中庭の入口に立って、のんびり勝負を眺めていた。
彼に気づいた途端、ブローンの表情がいくらか引き締まった。
「ムーレン叔父さん」
周も振り向く。ムーレンと呼ばれたドワーフは、周へ軽く頷いた。
「お前さんたちが、第二遠征団の者か?」
「はい。山中帝国にまつわる伝承について、お話を伺いたくて来ました」
「ブローンから聞いている。この中庭からも、たっぷり聞かされたがな」
周は返す言葉に詰まった。
ブローンが小声で補足する。「ムーレン叔父さんは、一族の差配役の一人だ。普段は外の店と、一族の文書を取り仕切ってる」
ムーレンは軍師にも、山中帝国についても、すぐには何も尋ねなかった。
老ブローンと砕岳槌がようやく手を止めるまで待った。砕岳槌が腰を押さえて負けを認め、老ブローンが口では罵りながらも満足げな目をする、その一部始終を見届けてから、ようやく頃合いが来たというように口を開く。
「では、試練の段取りをつけよう」
周は目を瞬いた。「もうですか?」
「早くはない。そこの大槌持ちは、もう済んだ」
砕岳槌が顔を上げる。「俺が?」
「お前だ。老ブローンがあれだけ長く相手をして、追い出しもしなかった。それだけ気に入ったということだ。アンヴィル一族は回りくどい真似を好まん。槌で話がついたのなら、それで話はついている」
砕岳槌は少し考え、納得したように頷いた。
「あんたらの一族、案外話が分かるな」
周は危うく咳き込むところだった。
ムーレンの視線が、今度は彼へ向く。「だが、お前さんは別だ」
「俺ですか?」周は自分を指差した。
「お前さんは、まだ合格していない。さっきからずっと『話せば分かる』と横で言っていたな。間違っちゃいないが、口当たりのいいことを言うだけでは族老に会わせられん」
周は口を開きかけた。どうにも納得がいかない。
ムーレンはすでに背を向け、外へ歩き出していた。
「ついてこい。上層にちょうどいい場所がある。今日は非番の者もいるからな」
背後から老ブローンが叫ぶ。「うちの中庭をこれ以上壊すなよ!」
「親父、もうだいぶ壊れてるぞ」
ブローンが小声で指摘すると、老ブローンはたちまち息子を睨みつけた。
一行はムーレンに続き、上層へ向かった。
鉄山砦の道は山の内部を幾重にも巡っている。上へ行くほど風が強まり、炉から噴き出す熱気は背後へ遠ざかっていった。代わって山稜の隙間から、冷たい風が吹き下ろしてくる。
石段を次々と上り、途中の広場を横切るたび、眼下に折り重なる街区や吊り橋、鉱車の軌道、絶えず昇降する巨大な台座が見えた。
さらに上ると、急に視界が開ける。ムーレンは一行をそこで待たせ、自ら族老へ話を通しに行った。
片側は山壁に接し、反対側には腰ほどの高さの石柵が築かれている。その縁から見下ろせば、鉄山砦は山そのものに埋め込まれた鋼鉄の都だった。道も、炉も、倉庫も、吊り橋も、昇降機も、灰黒い岩壁の間に幾層にも積み重なり、そこかしこで炎が明滅している。
山風に体が冷え始めた頃、ようやくムーレンが戻り、彼らを屋外の広場へ案内した。
中央には、平らな石板を敷き詰めた円がある。
日除けの下では、呆れるほど長い髭を蓄えた老ドワーフたちが腰掛けていた。目の前には木杯と煙管、焼いた木の実を盛った小皿が並んでいる。ムーレンが一行を連れてきても、億劫そうに目を上げただけだった。
その周囲には、すでに大勢の若いドワーフが集まっていた。見世物が始まるという噂は、一族の中を恐ろしく速く駆け巡ったらしい。
「大槌のほうは、もうよいのだな?」
ムーレンが頷く。「老ブローンが見ました」
「なら、そこの剣と盾の若造だ」老ドワーフが言った。「五番勝負。若い者を順に出す。円から出れば負け。致命傷になりうる攻撃を放っても負けだ。星界の旅人は我らを傷つけられず、我らもそやつを傷つけられんが、規則は規則だからな」
話を聞き終えた周は、ゆっくり砕岳槌へ顔を向けた。
砕岳槌は傍らで巨槌を抱え、壁にもたれている。腰にはまだ包帯が巻かれていた。
「何で俺を見る?」
「お前は一人と殴り合っただけで合格したのに、俺は五人とやるのか?」
砕岳槌は少し考えた。「俺のほうが好かれる性格なんだろ」
周は深く息を吸った。しばらく、こいつのことは無視しよう。
一人目の若いドワーフが、石板の円へ進み出た。
周と同じく、剣と盾を持っている。盾は円形。剣は人間が使うものより短く、幅広で分厚い。近間で相手を押し込むのに向いた造りだった。
若者は盾を掲げ、周へ一礼する。
周も盾を腕に締め直し、腰の剣を抜いた。
二人の間を、広場の風が吹き抜ける。
日除けの下で、老ドワーフの一人が木杯をこつりと叩いた。
「始め」




