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ガイア・クロニクル ~世界は、星界の旅人を待ってはくれない~  作者: またおれがっ
第二章 第二遠征団

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第十話 倒木坂の危機

その日は、昼を少し回った頃だった。


第二班は倒木坂の外側を巡回していた。


編成は教本どおりだ。大盾が先頭を進み、砕岳槌が左を固める。Bladeは十数歩先を遊弋し、弩手が後方を警戒。その最後尾には、実戦へ出始めたばかりの土と水の元素術師がついていた。


斜面を吹き下ろす風には、湿った土と腐葉の匂いが混じっている。


倒木坂の名に違わず、折れた木々が斜面を縦横に塞いでいた。苔に覆われた古い幹もあれば、淡い木肌を覗かせる新しい裂け目もある。


Bladeの足取りは軽い。湿った落ち葉を踏んでも、靴音一つ立てなかった。ときおり立ち止まって地面を調べ、手振りだけで柔らかな泥濘を迂回させる。


巨大な槌を担ぐ砕岳槌は、早くも退屈そうだった。


「魔獣が隠れるには、うってつけの場所だな」


先頭の大盾が声を落とす。


「だから静かにしろ」


砕岳槌は口を尖らせたが、声量は抑えた。


斜面の下から叫び声が聞こえたのは、その直後だった。


短い声。


何かにぶつかり、途中で叩き折られたような。


Bladeの姿が、倒木の陰へ瞬時に消える。


大盾は盾を構えた。


「進むぞ」


五人は二列の倒木を抜けた。途端に視界が開ける。


斜面の下に、巡林兵が三人いた。一人は泥の中に倒れ、一人は片膝をついて盾を構えている。最後の一人は、あまりにも若い人間の槍兵だった。長槍を横に構えたまま立ち尽くし、血の気の失せた顔で、周囲の音さえ聞こえていない。


木立の影から、一頭の魔獣が兵士たちへ迫っていた。


苔をまとった巨鹿に似ている。だが角はなく、頭蓋の前面には幅広く分厚い骨板が張り出していた。細長い四肢は関節が逆向きに折れ、駆け方には獣らしい律動がまるでない。


頭を低くし、片膝をついた兵士の盾へ突っ込む。


鈍い衝撃音。盾がへこみ、兵士の身体が後ろへ跳ね飛ばされた。


「C級だ」弩手が息を呑む。「ラムホーン・ディアか?」


「角がない」大盾が返す。


「なら別の何かだ!」


魔獣が頭を上げる。虚ろな眼窩が、若い槍兵へ向いた。


槍兵は動かなかった。


恐怖に縛られたのか。身体は逃げ方を知っているのに、足だけが泥に埋まり、命令を拒んでいるかのようだった。


「おい!」


砕岳槌が叫ぶ。


魔獣はすでに駆け出していた。


間に合わない。


砕岳槌は地面を蹴り、斜めから飛び込んだ。槌を振るう余裕もない。肩から体当たりして、若い槍兵を突進の軌道から弾き飛ばす。


直後、骨板がその脇腹へ突き込まれた。


耳を刺す音を立て、骨板が鎧を擦る。


砕岳槌の身体は横ざまに吹き飛び、背中から倒木へ叩きつけられた。巨大な槌が手を離れ、泥の中を転がっていく。


激痛が弾けた。


「砕岳槌!」


大盾が前へ出る。


盾の下端を泥へ斜めに突き立てた。


魔獣の二度目の突進が盾面を直撃し、その巨体が大盾を半歩後ろへ押し滑らせる。砕けた木片と泥が飛び散った。大盾は歯を食いしばり、肩で盾を支え、両足を深く泥へ食い込ませる。


「撃て!」


弩手が引き金を引く。


短い矢が魔獣の首へ刺さった。貫通こそしなかったものの、動きが一瞬だけぶれる。


本来なら、それで十分だった。


大盾が正面を受け止め、弩手が牽制し、Bladeが側背面の影へ回り込む。陣形さえ崩れなければ、このC級魔獣は斜面の下で確実に削り切れる。


だが、最後尾の術師が焦った。


両手を地面へ押しつけ、指先を湿った泥へ沈める。


土。


水。


斜面を泥濘へ変え、魔獣の足を沈ませる。


そのつもりだった。


泥の冷たさが指先から這い上がる。水気が少しずつ引き寄せられ、落ち葉の間へ細かな光が浮かんだ。


だが手応えがあまりにも滑りやすい。掴んでいた糸が、手の中で不意にほどけるように。


土は沈まなかった。


代わりに、大盾の足元から不格好な泥壁が盛り上がる。


「ずれた!」


大盾の視界が、一瞬だけ塞がれた。


魔獣が泥壁の脇を擦り抜け、骨板を盾の縁へ叩きつける。


均衡を失った大盾が、片膝をついた。


砕岳槌は無理やり手を伸ばし、槌を取り戻そうとした。その動きで脇腹の傷が引きつれ、目の前が暗くなる。弩手は二射目を狙うが、兵士が射線を塞いでいた。傍らへ弾き飛ばされた若い槍兵は泥まみれのまま、まだ起き上がれない。


魔獣が頭を低くした。


三度目の突進。


倒木の上から、一片の影が落ちる。


Bladeが、ついに動いた。


無駄な動作は一つもない。


外套が空中で一度だけ広がり、すぐに畳まれる。その姿は、木陰から滑り落ちる薄刃のようだった。


短剣が、弩の矢で裂けた首筋の傷へ吸い込まれる。手首を返し、もう一方の刃を顎の下の柔らかな部分へ突き上げた。


魔獣の突進が止まった。


Bladeはその勢いを借りて身を翻し、地面へ降り立つ。靴底が泥の表面に浅い軌跡を引いた。


魔獣はなおも二歩進んだ。


そして、轟音とともに倒れ伏す。


泥水が砕岳槌の顔へ跳ねた。


辺りが急に静まり、何人もの荒い息遣いだけが残る。


若い槍兵がようやく我に返った。四つん這いで泥をかき、砕岳槌のそばへ駆け寄る。


「だ、大丈夫か?」


砕岳槌は倒木にもたれて座り、少し青ざめた顔で眉をひそめた。


「何ともねえよ」


「今、俺を助けてくれた」


「誰が助けたって?」脇腹の痛みにこめかみを引きつらせながら、口だけは鉄のように強情だった。「お前が邪魔な場所に立ってたからだ。どかさなきゃ、魔獣が突っ込んできて陣形が崩れるだろ」


槍兵は呆然と見つめる。


砕岳槌は、ますます苛立った。


「何だよ。NPCのくせに……」


途中で声が小さくなる。


槍兵の顔は泥に汚れ、目は赤く、長槍を握る指は震えていた。


プログラムが、あんな表情を浮かべるだろうか。


少なくとも、そうは見えなかった。


砕岳槌は目を逸らす。


「もう泣くな。帰ったら隊長に怒鳴られろ。戦場の真ん中でぼうっとしやがって、死にたいのか?」


槍兵は力いっぱい頷き、途中で口を開いた。


「ありがとう」


砕岳槌は苛立たしげに手を振る。


「礼はいい。気持ち悪い」


Bladeは魔獣の死体から短剣を抜き、濡れた草で血を拭っていた。


術に失敗した元素術師へ、一度だけ目を向ける。


「次は、もっとゆっくりやれ」


術師の顔は青ざめていた。


「俺は……助けようと」


Bladeは短剣を鞘へ収める。


「まず掴め。それから助けろ」


そう言い残し、周囲の痕跡を調べに行った。先ほどの一撃など、ついでに済ませた雑事でしかないように。


その夜、拠点はいつにも増して賑やかだった。


第二班が持ち帰ったのはC級魔獣の素材と、負傷した兵士二名。それから脇腹の鎧を裂かれた砕岳槌だ。


晴れ晴れが傷を処置する間、痛覚設定を下げていても、彼の顔は痛みに強張った。それでも「こんなものか」と言い張る。隣で大盾が、昼間の人助けは格好よかったと囃し立てると、砕岳槌はすぐさま「もう一度言ったら、明日は俺の槌まで背負わせるぞ」と怒鳴り返した。


だが、誰も怖がりはしない。


営内には、至るところから声が溢れていた。


焚き火を囲んで昼間の戦闘を振り返る者。木机のそばにしゃがみ込み、あの魔獣は図鑑に載っているラムホーン・ディアだったのかと言い争う者。支給された革鎧を着たり脱いだりして、肩が引っかかると文句を言う者。


兵士も団員も入り交じって麦酒を飲んでいる。若い槍兵は椀を手に、砕岳槌から少し離れたところへ座っていた。何度か話しかけようとするたび、砕岳槌に睨まれて口を閉じる。


Bladeは火のそばにいなかった。


少し離れた木の上で、幹に背を預けて半ば寝そべっている。片脚を垂らし、外套で身体の半分を覆っていた。焚き火の光は届かず、ときおり短剣の柄が鈍く光るだけだ。


熱いスープを手に通りかかった晴れ晴れが、彼を見上げた。


「下りてきて食べないの?」


Bladeが一瞥する。


「あとで」


「今日、C級魔獣を一撃で倒したんだって?」


「ああ」


晴れ晴れは少し待った。


本当にそれだけで答えを終えるつもりらしい。


「いつもそんなに口数が少ないの?」


Bladeは考えた。


「楽だからな」


晴れ晴れは一瞬言葉に詰まり、それから笑った。


「分かった。楽してるところを邪魔しないでおく」


スープの椀を木の根元へ置き、焚き火のほうへ戻っていく。


Bladeはその椀を見つめ、しばらくしてから音もなく地面へ降りた。


反対側では、鈴音がAtlasへ最近の状況を報告していた。


「周辺で、ほかのプレイヤーも見かけるようになりました」記録をめくる。「大半はソロか小規模なパーティーで、目的は不明です。外縁部で採集するだけの者もいれば、巡回路へ近づこうとして、こちらが追い返した者もいます」


「注意すべき相手は?」


鈴音は、離れた木の下にいるBladeへ目を向けた。


「装備の整った三人組がいたそうです。移動が速く、警戒も怠らず、拠点へは近づかないまま巨獣山脈方面へ向かったと」


隣で帳簿をつけていた軍師の筆が止まる。


「巨獣山脈?」


「ええ。Bladeは遠くからしばらく追跡しましたが、それ以上は追っていません。相手にも、尾行を察知する術があったそうです」


Atlasが軍師を見る。


軍師は帳簿を閉じた。


「記録しておけ。第十サーバーで前線を狙っているのは、俺たちだけじゃない。山脈へ向かう連中が、ありふれた魔獣を目当てにしているとも限らん」


焚き火の向こうでは、酔いの回ったドワーフ兵が胸を叩き、団員たちを相手に大声で吹聴していた。


「お前たちが見ている斜面も、この荒れた森も、昔はこんな有様じゃなかったんだぞ」


木椀を掲げ、声はますます大きくなる。


「数百年前、ドワーフの坑道は周りの山々を隅々まで走っていた。麓にも、山の中にも都市があった! 鉄路はここから巨獣山脈の奥まで延び、炉は炉へ連なり、坑内灯がともれば山脈すべてが目を覚ましたようだった!」


誰かが囃す。


「本当かよ?」


「嘘をついてどうする!」ドワーフ兵は目を剥いた。「当時の山中帝国は、それは壮大なものだった! 後にあんなことさえなければ――」


そこで大きなしゃっくりを一つ。


周囲がどっと笑った。


だが、その言葉を軍師は聞き逃さなかった。


ゆっくりと顔を上げ、ドワーフ兵を見る。


「山中帝国?」

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