第八話 軍師の補給
軍師が巡林拠点へ物資を送ったのは、これが初めてではない。
この数日の間にも、鉄山砦から二度、補給が届いていた。
第一便は食糧。
パン、干し肉、豆、塩、小樽の麦酒。それから、長期保存できるという硬い焼き菓子が二袋。
上等ではないが、巡林拠点の食事よりはずっとよかった。第二遠征団は一部を残し、Atlasの指示で残りを駐留兵へ分けた。
レイモンドは、初め受け取らなかった。
「お前たちも、罰でここへ来たんだ。大事に食え」
Atlasは豆の袋を木机へ置いた。
「贈り物じゃない。食事を一緒にするだけだ。しばらくここで活動する以上、飯も水も巡回経路も、あなたたちの世話になる。毎日、誰がスープを一杯多く飲んだか数えるより、最初から一緒にしたほうがいい」
レイモンドはAtlasを見つめ、やがて笑った。
「分かった。今夜のスープには、豆を一掴み多く入れられるな」
第二便は日用品だった。
油布、縄、針と糸、火打石、古い油灯。それに安価だが丈夫な毛布。
鈴音が品を数えて記録していると、砕岳槌が隣で呟いた。
「来ないと言いながら、軍師は補給係としてはよく働くな」
周が答える。
「本人に聞かれないほうがいいぞ。“前衛衝動損耗費”を請求される」
砕岳槌はすぐ黙った。
補給品は、拠点の空気も少し変えた。
当初、人間兵とドワーフ兵は同じ拠点で巡回し、夜番をし、引き継ぎも問題なく行っていた。それでも暇になれば、それぞれ別の輪に集まる。
人間は火鉢を囲み、鉄山砦下層のどの酒場が安いか話す。ドワーフは井戸脇で、どの斧の柄が手に馴染まないか議論する。
争ってはいない。ただ、近くを流れながら交わらない二本の小川のようだった。
補給が届くと、その境界が少しずつ崩れた。
新しい縄を手にしたドワーフ兵は、編み方が柔らかすぎると文句を言い、隣の人間槍兵へ締め直し方を教えた。
槍兵は麦酒と砥石を交換しながら、ドワーフの道具はいいが高すぎるとこぼす。
ドワーフ兵は目を剥いた。
「いい物が高いのは当たり前だ。安物で魔獣の爪を受けたいのか?」
槍兵は少し考え、頷いた。
「それもそうだな」
そのまま二人は話し込み始めた。
周には、D級魔獣を一体見つけるより珍しい光景に思えた。
そして七日目、軍師が自ら運んできた物は、もはや“補給”の一言では片づけられなかった。
荷獣の背に乗る中年男のIDが光る。
【社畜の顧】
斥候は笑いを堪えすぎて、息が苦しそうだった。
荷車が拠点へ入り、木輪が泥を重く踏む。
車体は油布に覆われていたが、端から弩弦、革鎧、盾、長柄武器の輪郭が覗いている。
同行した団員は汗だくになりながらも、目を輝かせていた。迷い続け、ようやく本隊を見つけた旅人のようだった。
護衛の兵士たちは、すぐには荷を降ろさない。まず書記官をレイモンドの前へ連れていった。
若い書記官の袖は山道の埃に汚れていたが、文書箱だけはしっかり守られている。
鉄山砦守備隊の印章が押された命令書を取り出し、レイモンドとAtlasへそれぞれ一礼した。
「鉄山砦守備隊より命令を伝達します」
文書を広げる。
「本日付で、第二遠征団を巨獣の森外縁における臨時雇用の駐屯隊へ移行し、鉄山砦前線指揮系統の管轄下に置く。巡林拠点は当面、第二遠征団と共同で行動し、偵察、巡回、魔獣活動記録を共有する。外縁への進出が順調であれば、第二遠征団は新規拠点の設立を別途申請できる」
書記官はAtlasを見て、さらに付け加えた。
「守備隊は引き続き監督権を保持します。第二遠征団が前線命令を拒否する、または無断で駐屯範囲を離れた場合、信用および駐屯資格は再審査となります」
丁寧な言葉だが、意味は軽くない。
周は話についていけなかった。
鉄山砦の軍備。前線指揮系統。
一体、何が起きたのか。
レイモンドは命令書を読み、驚く様子もなくAtlasを見た。
「これからは、本当に同僚というわけだな」
Atlasは頷いた。
「よろしくお願いします」
新たな団員が加わり、第二遠征団は一気に二十六人となった。
全員がオンラインで、この小さな巡林拠点の空き地へ集まっている。
Atlasは門前に立ち、次々と運び込まれる荷車を見た。ついに驚きを隠せなくなる。
「之遠。一週間で、どこからこれだけ集めた?」
軍師は荷獣から降り、腰を押さえながら立ち上がった。
拠点を一度、次にAtlasを見る。
「よくもそんなことを聞けるな。俺が鉄山砦でお前の尻拭いをしている間、お前は森で風に吹かれていた。どちらが楽だったか、説明してやろうか?」
Atlasは笑った。
「ご苦労だった。あとで賞与を出す」
「やめろ。前も同じことを言った」
「今回は本当だ」
「お前は毎回、本気で言うんだ」
軍師は外套の埃を払い、それ以上は追及しなかった。
「まあいい。本題だ。新しいプレイヤーと現地の人々を相手にする商売は、思ったよりやりやすかった」
「商売?」
Atlasは聞いた。
周も耳をそばだてた。
軍師は一瞥した。
「Atlas、お前は人に任せきりにして、商売のやり方まで忘れたのか?」
「新規プレイヤーの多くは、物価も需要も輸送費も分かっていない。素材を急いで現金化したい者、装備を買って前線へ行きたい者、品物はあるが売り先を知らない者。仲介し、立て替え、保証し、仕分けし、情報をまとめれば、その分だけ利益が生まれる」
軍師は周囲を見回した。
「それに、このゲームは本当に異世界と変わらない。だからこそ、商売もやりやすい」
「なるほどな。転売屋か」
Atlasが笑う。
「言い方が悪い。流通の効率化だ」
周は我慢できず尋ねた。
「それで、いくら儲けた?」
軍師は薄く笑った。
「罰金と賠償金を、両方払えるだけ」
周は固まった。
荷箱を運んでいた団員たちも、何人か足を止める。
「全部払ったのか!?」
「払った。罰金は星界会館へ。賠償金は西南の村へ使いを出して届けた。受領書は文書箱にあるから、あとで鈴音へ渡す」
軍師は淡々と続けた。
「村長から伝言も預かった。“今後は夜中に他人の箱を開けないでほしい”そうだ」
砕岳槌の顔が凍った。
鈴音が冷ややかに見る。
「その言葉は内部記録へ残しておきます」
「やめろ」
砕岳槌が即答した。
軍師は眉を上げる。
「面白いものを、ずいぶん見逃したらしいな」
「見直す価値はない」
Atlasが言った。
周はようやく我に返り、荷車を見る。
「じゃあ、この軍備は? いくら何でも量が多すぎる。軍師、お前は商売の神様か?」
軍師の得意げな色が濃くなる。
「これは買っていない」
「買ってない?」
「返済の手続きを通じて、鉄山砦駐屯部隊の副指揮官と話ができた。第二遠征団は賦役で送られた星界の旅人だが、この数日、実際に巡林拠点の周囲を掃討し、外縁巡回の負担を一部引き受けている、と説明したんだ」
Atlasの目がわずかに動く。
「今の鉄山砦に足りないものは何か。古い弩でも、予備の革鎧でもない。駐屯する人員だろう?」
軍師は隣の荷車を叩いた。
「第二遠征団の組織力と実力は、すでに行動で示した。森の外縁に残って拠点を支えれば、守備隊は人員を往復させずに済む。巡回の負担も外へ押し広げられる」
「そこで提案した。鉄山砦は前線の中古軍備と臨時駐屯への支援を提供する。第二遠征団は巡林拠点を中心に活動し、外縁の掃討を続け、魔獣の動向記録と素材を定期的に提出する」
一度、言葉を切り、顎を上げた。
「鉄山砦は犠牲を減らし、安全を維持できる。俺たちは経験と資源を得る」
「双方に利益がある」
それからAtlasへ声を落とした。
「ただし先に言っておく。俺たちは今、鉄山砦のために働く立場だ。前線から命令が出れば、当面は従う必要がある」
Atlasは軍師を見る。
「問題だと思うか?」
「問題ではある。だが今は悪くない。名声も拠点もない以上、まず鉄山砦の庇護を借りて足場を作る。大きくなってから、行動の自由を交渉すればいい」
Atlasは笑った。
「分かった」
周は二人を見たまま、しばらく言葉が出なかった。
情報が多すぎて、頭が追いつかない。
六日目に任務が突然終わった理由も、ようやく理解した。
システムの故障ではない。
彼らの賦役を、軍師が“処罰任務”ではない別のものへ交渉し直したのだ。
Atlasは、すでにそれを察していた。
軍備と軍師を交互に見て、目元の笑みを次第に明るくする。
「之遠。お前はもっとゲームに入るべきだ」
軍師は即座に眉を寄せた。
「断る」
「賞与を出す」
「お前の会社の残高は、俺のほうがよく知っている」
「ならギルドの持分でどうだ? このゲームは、本当に金を稼げる」
「そのギルドは、まだ設立許可も下りてないだろう」
とうとう周が吹き出した。
拠点も一気に賑やかになる。
新たに来た団員が箱を降ろし、拠点組が手伝う。人間兵もドワーフ兵も、軍備を見ようと集まってきた。
レイモンドは腕を組み、止めずに眺めていた。
「星界の旅人には、確かに独特のやり方があるな。普段は頼りなく見えるのに、いざ事が始まれば、戦い、計算し、交渉する。どれもそつがない」
Atlasは笑った。
「あなたたちから見れば、俺たちは相当奇妙でしょう。突然現れ、死なず、危険なことを冒険として楽しむ」
レイモンドは、我先にと箱を運ぶ団員たちを見る。
「奇妙なだけではない。ときどき、不安にもなる」
「分かります。だが大半は、悪人ではない。あいつらに、なぜここへ来たのか聞いてみてください。十人いれば九人は、英雄になりたい、誰かの記憶に残ることをしたい、自分だけの物語を経験したいと答えるでしょう」
レイモンドは、笑うべきか困るような顔をした。
「英雄か」
首を振る。
軽すぎる言葉だと思ったのか。それとも、若い頃にしか信じられなかった何かを思い出したのか。
「俺たち拠点守りは、そこまで先のことを考えない。仲間の死者を少しでも減らし、街道沿いの村が被害を受ける回数を減らせれば、それで十分だ」
レイモンドは一度、空を見た。
「創造神の神託は、ずっと前からお前たちが来ると告げていた。なら、見ながら信じていくしかないな」
Atlasは木壁の外へ目を向けた。
森は今も湿り、暗く、危険だった。
遠くでは、出所も分からない獣の声が響いている。
それでも巡林拠点は、もう“処罰任務の場所”ではない。
“駐屯拠点”へ変わった。
第二遠征団は、ようやく自分たちの足場を手に入れた。




