第六話 作戦計画
同行してきた五人は拠点へ入ると、まず駐留兵と引き継ぎを行った。
第二遠征団の人数、賦役文書、任務目標、監督期間を一つずつ確認していく。
交代を終えると、任期を満了した五人の兵士が手早く装備をまとめ、ホーンの小隊とともに鉄山砦へ戻っていった。
大げさな別れはない。互いの肩を叩き、山道の愚痴を二、三言交わし、家族宛ての手紙を帰還組へ託しただけだった。
何でもない光景なのに、周はしばらく目で追っていた。
巡林拠点の駐留隊長は、レイモンドという中年の人間だった。
短い髭を生やし、左目の下に古傷がある。
第二遠征団をわざと困らせることはせず、Atlasを兵舎脇の木机へ呼ぶと、粗末な地図へ炭筆でいくつか印をつけた。
鈴音が持ってきた魔獣図鑑も、机の端に開かれている。硬い牛皮紙の表紙へ石を載せ、山風で頁がめくれないようにしてあった。
よく現れるD級魔獣の頁には細い紙片が挟まれ、C級以上には目印だけがついている。地図を確認したあとで、詳しく読むつもりなのだろう。
「最近、魔獣が出るのは主にこの三つの林だ」
レイモンドが地図を指す。
「西の渓谷、東側の倒木斜面、それからここ、旧狩猟道。D級が多いが、C級もいる。上から掃討を命じられているなら、外側から始めろ。山の向こうへ深入りするな。遠くへ行けば、何と遭遇してもおかしくない」
Atlasは地図を見つめた。
「D級とC級には、どのくらいの差がある?」
「D級は、道中で倒したボーンバック・ハウンド程度だ。本当に腕の立つ者なら一対一で処理できる。もちろん、経験のない奴は押し倒されただけで死ぬがな」
レイモンドは炭筆で地図の縁を叩く。
「C級からは厄介だ。魔法を使うもの、大型のもの、毒の強いもの、足の速いもの。一人で相手をすると事故になりやすい。B級以上なら、十分に整った小隊か、守備隊の重弩が要る。A級は……」
一度、言葉を切った。
「近づくな。見つけたら信号を上げろ。逃げられるなら逃げろ。自分の強さを証明しようなどと思うな」
Atlasは頷いた。
「分かった」
木机から戻ると、団員たちは拠点の空き地へ集まっていた。
昨夜から今朝まで続いた騒ぎのあとだ。Atlasを見る目にも、さまざまな感情が混じっている。
まだ不服そうな者。後ろめたそうな者。指示を待つ者。従来のMMOと同じつもりで突っ込めば、本当に大事故になると気づいた者。
Atlasは伏せた木箱の脇へ立った。
「これからは、昔のMMOと同じ感覚で動くな」
誰も口を挟まない。
「このゲームにはレベルがない。レベル十ならレベル十の魔獣を倒し、二十になったら次の地域へ行く、という仕組みではない。戦闘力を決めるのは熟練度、装備、経験、身体操作、そして任務評価で得た特殊な報酬だ」
砕岳槌が何か言いかけたが、結局は黙っていた。
「武器を使う者はまだいい。近接、盾役、弓兵は、少なくとも武器の扱いを知っている。身体の反応が違っても、以前の経験でしばらくは補える」
Atlasは、魔法職と治療役を見る。
「だが術者は違う。魔法書を読む時間も、感知と詠唱を練習する時間もなかった。今までに分かった範囲では、魔法は技能欄を押せば発動するものではない。身につけるには時間が要る」
晴れ晴れが頷いた。
「さっき治癒術を試しました。魔力があることは感じられます。でも、どう組み立てればいいのか分からない。糸を持っているのに、布へ織る方法を知らないような感じです」
別の魔法職が苦笑する。
「俺は、まだ糸がどこにあるのかも分からないよ」
Atlasは笑わなかった。
「だから第一段階は、戦士と弓兵を主力にする。見栄えよく戦う必要はない。D級魔獣を安定して狩り、森の規則を知り、素材を集め、拠点周辺の経路を把握する」
何人かを指名していく。
「周、お前が第一班を率いろ。砕岳槌は第二班。指示に従え。単独で飛び出すな。弓兵は必ず近接と組んで動く。C級以上を見つけても追うな。すぐ信号を上げろ」
続いて鈴音と術者を見る。
「鈴音は拠点に残り、狩猟記録、人員配置、魔獣図鑑を整理。晴れ晴れと他の術者は瞑想し、魔法書を読み、感知を練習しろ。基礎魔法を一つ安定して使えるようになるまで、森での正面戦闘には出さない」
砕岳槌が眉を寄せた。
「俺は一人でD級を倒したぞ」
Atlasは男を見た。
「だから第二班へ入れた。独房に入れるわけじゃないぞ」
周囲から小さな笑いが漏れる。
砕岳槌は顔を黒くしたが、今度は言い返さなかった。
Atlasは全員を見回した。
「俺たちは今、金も名声もない。ギルドも作れず、森の端へ賦役に送られた。いい始まりとは言えない。だが、行き止まりでもない」
声に少し力が戻る。
「無償労働だと思えば損だ。しかしここで戦い方に慣れれば、鉄山砦の通りで告示板を奪い合っている連中より早く、前線でどう動くべきかを理解できる」
団員たちにも馴染みのある語り方だった。
問題を整理し直し、失敗をもう一度、前へ進むための計画へ組み替える。
「昨夜の件は、あとで改めて処分する。今は任務を終わらせ、賠償金を稼ぐ。もう転んだんだ。何も掴まずに立ち上がるわけにはいかない」
その言葉で、隊列の空気が少し落ち着いた。
ちょうどそのとき、鉄山砦の方角から魔法伝書鳩が飛んできた。
淡い光の尾を引き、Atlasの手の甲へ降りる。
Atlasは手紙を開いた。目を走らせるうち、表情がわずかに和らぐ。
「軍師がログインした」
皆の顔が一斉に上がった。
周が尋ねる。
「こっちへ来るのか?」
「いや、しばらく鉄山砦に残る」
砕岳槌が口を挟む。
「あいつがいなきゃ駄目なんじゃなかったのか?」
Atlasは一度だけ男を見た。
「だからこそ、今やるべき仕事をしている」
手紙を裏返しながら続ける。
「昨日ログアウトした者たちに加え、今日は古参団員が何人か新しく入った。軍師が、すでにその一部を集めている。鉄山砦で情報を集め、星界会館で必要な手続き、素材相場、魔獣依頼の報酬、補給経路を確認するそうだ」
「同時に物資を調達し、できるだけ早くこちらへ送る」
鈴音がすぐ尋ねた。
「到着見込みは?」
「詳しくは書いてない。第一便は明日中に出したい、とだけ。信頼できる輸送隊が見つからなければ、団員に背負わせるそうだ」
軍師が鉄山砦の路上で、嫌そうな顔をしながら帳簿をつけ、食糧を買い、荷車を探し、人を叱りつけている姿を周は想像した。
それだけで、状況は案外悪くないように思えてくる。
少し離れて聞いていたレイモンドが、腕を組んだまま笑った。
「星界の旅人も、なかなか組織立っているじゃないか」
Atlasは彼へ向き直った。
「しばらく世話になります」
「何度も死ぬなよ。生き返るとは聞いているが、死体を運び戻す手間は同じだ」
拠点から笑い声が上がった。
今度の笑いは、少し軽かった。
木壁の向こうでは、森が低く波打っている。
湿った風が柵の隙間を抜け、鉄山砦領の旗の端を揺らした。遠くから聞こえる獣の咆哮が、賦役が遊びではないことを思い出させる。
それでも第二遠征団は、すでに動き始めていた。
弓兵は弦を確かめ、前衛は防具を調整する。術者たちは、まだまともに読んでいなかった魔法書を開いた。
鈴音は木机へ座り、紙を広げる。名簿、債務、任務数、素材記録を最初から整理し直していた。
周は剣と盾を取り、第一班とともに拠点の門へ向かった。
「考えてみれば、悪くないよな。罰で来ても、自分から来ても、結局は前線に出るつもりだったんだ。むしろ好都合だ」
歩きながら、仲間へ声をかける。
「そうだろ、みんな?」
何人かが応じ、拠点は次第に賑やかになっていった。
Atlasはその様子を見つめ、目元にわずかな笑みを浮かべた。




