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誰も導かなかった世界で、俺たちは答えを与えなかった 救わない勇者たちが世界を変えた理由  作者: 慈架太子


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混ざり合う手、震える針

土は、まだ整っていなかった。

かつて死を埋めていたその場所は、今や不揃いな泥の塊が折り重なる、およそ畑とは呼べない無残な景観を晒している。

作物を育てるためのうねもなければ、石を取り除く丁寧な作業も追いついていない。

ただ、そこには「人の手」があった。

爪の間を真っ黒にし、皮膚を裂き、泥にまみれながらも動き続ける、無数の手。


道具は圧倒的に足りなかった。

折れた棒切れ、尖った石、あるいは素手。

そんなもので、何代にもわたって踏み固められた絶望を掘り起こそうとしている。

誰もやり方を知らない。誰が指導するわけでもない。

それでも、彼らの手は止まらなかった。


ガルドは、少し離れた瓦礫の山に腰を下ろし、その光景を眺めていた。

太い腕を組み、彫像のように動かない。

その眼光は、土を弄る人間たちの不器用な動作を鋭く射抜いている。


「……粗いな」


誰にも聞こえないほどの低い呟き。

ガルドは立ち上がり、ゆっくりと開墾地へ近づいた。

足元の土を、重厚な靴の先で軽く崩してみる。

粘土質の土が、まるで反抗するように固まっている。

一瞬、彼の手がクワを握ろうとして、空中で止まった。

筋肉が、効率的な土の起こし方を熟知しているガルドの身体が、苛立ちを伴って叫んでいる。

だが、彼はその衝動を力ずくで抑え込んだ。


「……俺がやることじゃねぇ」


ガルドは一歩、後ろへ下がった。

今ここで自分が手本を見せれば、彼らはまた「強い者の指示」を待つだけの存在に戻ってしまう。

それは、腹を満たした彼らが手に入れた、剥き出しの自由を汚す行為に思えた。

彼は背を向け、土埃を立ててその場を去った。


数日後。

同じ場所に、異変が起きていた。

土を掘る者たちの間に、見慣れない影が混じっている。

人間よりも一回り低く、しかし岩のように分厚い肩幅と、丸太のように太い腕。

ドワーフたちだった。


彼らは無愛想に、しかし確実に、土の状態を観察していた。

ガルドは彼らの前に歩み寄ったが、歓迎の言葉も状況の説明もしなかった。

ただ、腰に下げていた武骨な鉄製の道具を一つ、先頭の男に向かって放り投げた。


「使え」


それだけだ。

受け取ったドワーフは、無言で道具の重みを確かめ、地面を見た。

彼はその場に深くしゃがみ込み、素手で土を掴み上げた。

指の腹で土の粘り気を確認し、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


「……なるほどな」


ドワーフの男は、短く応じた。

その瞳には、荒れ果てた土地に対する憐憫ではなく、素材に対する職人の冷徹な情熱が宿っていた。


「……やり方は違うが。……できる」


一拍。

ドワーフたちは、人間たちが掘り散らかした穴の横に陣取り、一斉に動き出した。

彼らの動きは重戦車のようで、固い地盤を紙細工のように粉砕していく。

誰も説明しない。誰も命じない。

人間たちは最初、彼らの怪力に怯えて距離を置いていたが、やがてその効率的な動きを盗み見るようになった。

種族の壁を超えた、沈黙の共闘。

ただ、土を柔らかくするという一点において、彼らは混ざり合っていった。


少し離れた森の境界。

リーヴが、静かに揺れる木々を見つめていた。

彼女の耳は、森の奥から近づく微かな気配を捉えていた。

やがて、木々の隙間から、影が滑り出るように現れる。

細身の体躯、透き通るような肌、そして音を立てない優雅な足取り。

エルフたちだった。


彼らは、泥にまみれて土を穿つ人間とドワーフの姿を、高い場所から見下ろしていた。

リーヴは彼らの方を振り向くことすらしない。

ただ、その傍らに静かに立った。


「……ここか」


一人のエルフが、森を抜けた先に広がる、泥だらけの「戦場」を見て呟いた。

その視線は厳しい。自然を尊ぶ彼らにとって、この強引な開墾は未熟な乱暴に映った。


「……未熟だな」


一拍の間。


「……だが。……止まっていない」


それだけで、彼らがここに来た理由は十分だった。

エルフたちは、森の恩恵である腐葉土の詰まった袋や、鋭利な木製の鍬を携え、斜面を降りていった。

彼らは土を力でねじ伏せるのではなく、土に息を吹き込むように、優しく、しかし確実な所作で開墾に加わった。


誰も呼んでいない。誰も頼んでいない。

それでも、彼らは来た。

腹を満たした人間たちが、ただひたむきに「奪わない明日」を作ろうとしている姿が、風に乗って彼らに届いたのだ。

彼らは自ら見て、自ら判断し、自らその労苦に加わることを選んだ。


ガルドは、ドワーフたちが土を砕く音を聞きながら、少しだけ鼻を鳴らした。

リーヴは、エルフたちが土に肥料を混ぜる様子を見て、目を細めた。

それは、かつての略奪と支配の時代には、決して見ることのできなかった「意思ある連帯」の風景だった。


その少し先、街の中。

そこでは、別の戦いが始まっていた。


針は、驚くほど軽かった。

かつて重い荷物を運び、時には武器を持って敵を殴りつけた女の指にとって、その細い鋼の棒はあまりにも頼りなく感じられた。

女は、針を指先でつまんだまま、しばらく彫像のように動かなかった。

目の前には、継ぎ接ぎだらけの古い布がある。


「……できるのか」


自分に問いかけても、答えは返ってこない。

ただ、針を持つ手が、小刻みに震えていた。

昨日までの世界なら、服が破れれば奪えばよかった。

寒ければ、誰かから剥ぎ取ればよかった。

それは単純な「作業」だった。

だが今日は、違う。

自分たちの手で、明日着るものを繋ぎ合わせようとしている。


「……やるか」


震える手に力を込め、針を布に押し当てる。

だが、硬い布の繊維に拒まれ、針先は滑った。

もう一度。さらに力を込める。

指先にチクリとした痛みが走り、小さな血の玉が浮かぶ。

それでも構わず押し込むと、針は不器用に、しかし確かに布を貫いた。


それだけで、女の動きが止まった。

開いた穴を見つめ、彼女は深く息を吐く。


「……これでいいのか」


分からない。

正解など、誰も教えてくれない。

それでも、彼女は針を引くことをやめなかった。

隣にいた女も、不器用な手つきで布を抑えていた。


「……どう?」


「……分からない」


一拍。


「……でも、やってる」


その一言がすべてだった。

完成品が優れているか、役に立つか。そんなことは二の次だった。

自分の意思で、何かを作り出しているという実感だけが、彼女たちの心を支えていた。


少し離れた場所で、座り込んで見ていた男が、不意に腰を上げた。

彼は落ちていた布を拾い、別の針を手にする。


「……こうか」


男の指は、女たちのそれよりもさらに太く、不器用だった。

糸はすぐに絡まり、針は何度も床に落ちる。

それでも、彼は真似ることをやめなかった。


「……できないな」


苦笑しながらも、その手は止まらない。

遠くからは、ドワーフたちの手が入った織機の音が、リズムを狂わせながらも響き始めている。

女の手は、まだ震えていた。

針を持つことへの恐怖か、あるいは何かが生まれることへの期待か。

それでも、針は一針、また一針と布を通る。


形にはなっていない。整ってもいない。

作り上げられた布は、歪み、凹凸が目立ち、美しいとは言い難い。


「……できるかもしれない」


誰かが、希望とも独り言ともつかない声を漏らした。

誰も、その不恰好な成果を笑わなかった。

誰も、その遅すぎる進捗を否定しなかった。


ガルドは、新しい道具をそっと開墾地の隅に置いた。

リーヴは、何も言わずに見守り続けた。

ユークスは、疲弊していく者たちの動きを鋭く追いながら、呟いた。


「……怪我はするな」


それだけが、今の彼にできる最大の祝福だった。


ミーナは、そのすべてを見ていた。

手を貸しそうになり、何度も足を出しそうになったが、その度に自分を制した。

今、彼らに必要なのは「助け」ではなく、「自分でやり遂げたという記憶」なのだ。

カイは、影のように佇み、何も言わない。

アリアは、命令を下すことのない王のように、ただ静かに立っていた。


時間が、重厚に過ぎていく。

不恰好な布に、少しだけ形が生まれ始めていた。

粗く、歪んだその布は、かつてのどの略奪品よりも価値があるように見えた。


「……これでいい」


正しい手順も、完璧な美しさも、今は必要ない。

ただ、自分たちの手で明日を紡いでいるという事実。


手は、止まらなかった。

針を持ったその手は、最後まで震え続けていた。

それでも、彼らは決して、その小さな針を離さなかった。


その日。

この呪われた街に、土を起こす者と、針を持つ者が生まれた。

誰も命じていない。誰も強制していない。

それでも、世界を再生させるための「仕事」は、静かに、そして力強く始まった。



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