日米極秘条約
いやはや、一時帰国のつもりがすっかり長く日本に留まってしまった。
最初は私がパラオから脱出する宗三さんにお声を掛けてしまったことが発端だった。
神楽坂群長からは宗三さんには接触してはならないと以前から言われていた。
だから宗三さんのことは、いつも遠くから見ているだけだったのだ。
しかし、私の中で宗三さんへ対する憧れと尊敬の思いが募っていた。
それこそ自分でも気付かないうちに、だ。
自分のことは自制心が強いと思い込んでいた。
それが、宗三さんを思わず間近で見てしまった瞬間に足が前に進んでいた。
部下たちが止める間もなく、宗三さんにお声を掛けてしまったのだ。
単純な挨拶だけだったが、神楽坂群長が後でお知りになり、私はもう宗三さんに接触してしまった人間として再配置されたのだ。
もちろん叱責は頂いたが、私自身は大満足していた。
それが思わぬ方向へ進み、宗三さんと正式に面会出来ることとなった。
「お前は宗三に会い、拒絶されなかった」
「はい」
「連城、お前は《裏鬼》を率いる人間として、絶対に宗三に嫌われてはならなかったのだ」
「はい」
「だからお前の接触を禁じていた。時が来て宗三が受け入れると確定してからお前を宗三に引き合わせるつもりだったのだ」
「はい、承知しております」
「それならば、どうして宗三に会った!」
神楽坂群長に怒鳴られたが、自分でもあまりにも意外な行動だったのだ。
お会いしたい気持ちはもちろんあれど、私が規律、命令を破ることは無いはずなのだが。
軍人として、それは身に染みているはずだった。
「まあ、今となれば分かる。お前は宗三に引き寄せられたということだ」
「え、宗三さんにですか?」
「そうだ。宗三の能力は我々の想定以上に早く覚醒し拡大しているようだ。今後はそれを織り込んで我々も行動しなければならないな」
「そうですか」
神楽坂群長が、珍しく困惑しているようだ。
今までこんなことは一度も無かったが。
そうして私は日本に呼ばれ、宗三さんに正式に面会することになったのだ。
それが更に思いがけずに宗三さんとしっかりとお会いすることになった。
何と、宗三さんのマンションに呼ばれ、宗三さんの手料理までご馳走になった。
天にも昇る喜びだった。
またそればかりではなく、宗三さんの周辺で驚天動地の展開があり、私が《聖女》や《虎部隊》との調整をすることとなったのだ。
たまたま日本に戻った私がいたからこその、その役割だった。
それが宗三さんを中心に展開したのだ。
全く、神楽坂群長のおっしゃった通り、宗三さんの能力はとんでもない領域まで拡大していたことを思い知った。
その後も宗三さんは私とも親しく接してくれ、個人的にも連絡を取り合う関係になってくれた。
メッセージアプリ「リーネ」などは使ったことも無かったのだが、時々宗三さんと楽しく会話している。
宗三さんは「レンさん」と私を呼び、私は「ソウさん」と呼び合っている。
私がこんな立場なので、本名ではなく愛称で呼び合っているのだ。
それに話す内容も他愛もない日常的なことに限っている。
聡明な宗三さんもすぐにそれを理解し、ただただ楽しい遣り取りをしているのが嬉しい。
この私が私信を遣り取りする唯一の人間が宗三さんなのだ。
もちろん作戦行動中は出来ないのだが、宗三さんと繋がっているということは私の中で大切な絆となって行った。
そしてパラオでは那智さんが凄まじい戦果を挙げて下さった。
その後、日本とアメリカの間で正式な条約が結ばれた。
但し、表には公表されない極秘条約だ。
日本は南鳥島沖とパラオ沖の海底鉱床から産出されるレアアースとレアメタルを一定量アメリカに輸出する。
但し、その量については日本が独自に設定できるものとする。
対してアメリカは日本の要請する紛争に関して全面的に協力して軍事力を行使する。
アメリカの軍事力が日本の要望に見合わない場合は、レアアースとレアメタルの供給を縮小、もしくは停止するものとする。
更にアメリカは、レアアースとレアメタルの供給量に見合うウランと石油資源の供給を日本に対して行なう。
レアアースとレアメタルの価格は日本の呈示するものとする。
まあ、そのようなもので、完全に日本に優位な取引となった。
それによってアメリカはレアアースとレアメタルの供給を受けられることと、全面戦争を回避することとなったのだ。
パラオでの第七艦隊の一瞬での「消失」が、決定的なアドバンテージとなったのは確実だった。
日本の《能力者》の凄まじい戦闘力をアメリカが思い知った形となったからだ。
それに《賢人会議》での決定が重かった。
他国に侵略的に《能力者》を派遣したことが、《賢人会議》で大問題となったのだ。
銀座での襲撃に続き、パラオでは大規模な《能力者》が派遣されたことを日本が証拠を握っていたことで明白となった。
そして正式にパラオ沖の海底鉱床を日本が独占することが決定され、日本は他国への供給に「努力する」ということで落ち着いた。
これまで中国がほとんど独占していたレアアースとレアメタルの供給を日本が今後は中心的に担うこととなった。
それらを神楽坂群長と私が裏の窓口となってアメリカと交渉したのだ。
宗三さんのお陰で《聖女》と直接交渉が出来、それがスムーズな流れを作った。
まさか短期間でこれまで世界中で誰も知られなかった《聖女》と親しくなり、直接交渉が出来るとは。
しかも《聖女》は非常に協力的で、アメリカの失態を全面的に認めながらその賠償的な条件を受け入れてくれた。
それも宗三さんのためなのだと《聖女》自身が言ったのだ。
もう一つ、宗三さんは《虎部隊》の虎蘭と親しくなられた。
驚くべきことに、虎蘭は宗三さんに服従を誓ったという。
まったく、本当に何という方だろうか。
そして《聖女》からも正式に私に宗三さんのために尽くすという誓約を伝えて来た。
「レンジョウ、私は今後ソウザのために動き、ソウザが求めることを実現することを誓った」
「どういうことですか!」
《聖女》はその言葉通りに本国でパラオ襲撃に加担した連中を全て粛清し、大統領は近日中に「病死」すると言った。
新たな大統領は日本に対して敵対しないことを条件に選出されるとも。
実質的に《ヴァーミリオン》が本格的にアメリカの掌握に乗り出し、《聖女》は最高幹部として宗三さんのために動くのだと言った。
「日本のために、とは言えないが、宗三のためには絶対にそのように動く」
「そうですか」
全面的には信用出来ないことだが、《聖女》が本気でそう思っていると私は感じた。
そして《虎部隊》からも連絡が入った。
こちらは《聖女》よりも明確な内容で、完全に宗三さんの下に就くという内容だった。
《虎王》と名乗る人物からの連絡で、私宛に通話が来たのだ。
まさかあの《虎部隊》の最高指揮官と会話が出来るとは。
「神楽坂宗三様に絶対の服従を誓います」
「あなたが《虎部隊》の指揮官ですか?」
「そう思って下さい。いずれ宗三様に直接お会いします」
「それは!」
そこで通信は途切れた。
あらゆる手段で通信元を探ったが、無駄だった。
ただ、世界中で《虎王》と話した人間が僅かなのは確かだ。
中国以外では私が唯一ではないだろうか。
宗三さんの周辺で、大きく国際情勢が回転している。
パラオでは那智さんがしばらく防衛任務に就いて下さる。
街の復興も順調で、もちろん海底鉱床の開発準備も進んでいる。
もう少ししたら、一度宗三さんをパラオにお招きしたいと考えている。
宗三さんのお陰で手に入った真の「楽園」だ。
やっとパラオに戻れた私がその希望を那智さんに話すと、那智さんが心底喜んでいた。
「是非! いつにしましょうか!」
「そうですね、この島でしたらもうお呼び出来るかもしれませんが」
「そうしましょうよ! 連城さん、すぐにそうしましょう!」
「アハハハハハ! 私もそうしたいのですよ!」
「だったら、もう!」
那智さんが輝く笑顔で喜んでいた。
私は本気で段取りを組んだ。
神楽坂群長が笑って手配をすると言って下さった。
ああ、宗三さんをお招き出来る日が楽しみだ!
パラオの海は本当に美しい。
宗三さんもきっと喜んで下さるだろう。
本当に楽しくなって来た。




