楽しく食べたいだけなのに
「カグラザカ、実に美味い食事に礼を言う。だが今日の目的をそろそろ教えてくれないか?」
食事会にお招きした時も、それに今日いらしてからもブレッツさんの様子がおかしかった。
俺が誘ったことを驚くのは分かるとして、虎蘭さんと一緒なのだと話すと猛然と招待を受けると言っていた。
今日は最初から緊張されており、どうも虎蘭さんに対抗意識を持っていた。
虎蘭さんのことを《虎部隊》だとも言っていた。
まあ、その通りなのだが。
「え、こうしてみんなで食事を楽しんでもらうことですが?」
「おい、世界中が注目する《ヴァーミリオン》の聖女と、これまで一切の素性の分からない《虎部隊》の人間がここにいるのだぞ! こんなことは今までに無いことだ。お前が何を考えているのかを言え」
「だから、えーと困ったな」
困った。
だって仲良く食事をすることしか考えてないのだから。
困った俺に代わって冴姫が言ってくれた。
「ブレッツさん、あなたはどうして宗ちゃんに近付いたのですか?」
「サキ、お前がカグラザカのガードだということは理解している。腕前もなかなかのものだと思う。どうしてお前はカグラザカを守っているのだ?」
「私は宗ちゃんの婚約者なだけですよ。宗ちゃんを守る気はありますが、そのためにいるんじゃありません」
ブレッツさんが冴姫をジッと見ていた。
「そうか、お前は嘘を言っていないな」
「はい?」
「私には嘘を見抜く能力がある。確かにお前はカグラザカを愛している。本当にそうなのだな」
「だから、そう言ってますって」
なんかとっても嬉しい!
でも冴姫を見ると真剣な顔のままだった。
「そうか。ならば私も正直に話そう。《聖女》ということは今更隠すつもりもない。《ヴァーミリオン》の中でもトップクラスと思ってもらって構わない。私の能力の一つは、私が気になる人間と親しくなることなのだ」
「どういうことですか?」
「私がそうしたいと思う人間は、必ず我々に利益をもたらしてくれる。今回日本に来たのは、お前たちが知っての通りにミナミトリシマとパラオの海底鉱床に関する交渉のためだ。アメリカは是が非でも今後のレアアースとレアメタルの安定供給を望んでいる。だから日本との取引のため、私自身が来たのだ。私のその能力を以て交渉を成功させるためだ」
「外交官ではなくですか?」
「そうだ。ワダ・トレイディング・カンパニーが重要な鍵を握っていることは分かっていた。だから直接そこと交渉し、私自身の身分を知らせてより深層の組織と接触するためだった」
ブレッツさんはその言葉通りに和田商事にいらした。
そしてあろうことか俺に銀座の案内を指示して来たのだ。
「何故カグラザカに興味を持ったのか、そちらでは分からなかっただろう」
「そうですね。宗ちゃんは今年入社したばかりの新人ですから」
「私にも分からなかった。だが、私が興味を抱いたということは、カグラザカに接近することが重要だったということだ」
「あの、自分は全然大した人間じゃないですよ?」
堪らず俺も会話に加わった。
「それはあまり関係が無いのだ。とにかくカグラザカに近付くことで、私は目的を達成すると考えただけだ。お前はただの標識のようなものと認識していたのだが、実は違ったようだな」
「はい?」
全然分からん。
冴姫が言った。
「随分と遠回りでしたけどね?」
「仕方があるまい。交渉で最初から全てのカードを切る人間は浅はかだ。だから段階を踏む必要があったのだよ。だが本土の人間の中には違う考え方をしている者がいたようだ。私は日本に対して幾重にも詫びをしたいと思っている」
ブレッツさんがおかしなことを言っていたが、また意味が分からなかった。
本土の人がどうしたって?
詫びってなんだ?
「そのことに宗ちゃんはあまり関係ないのでは?」
「確かにそう思っていた。先ほども言ったように、カグラザカは目的を達する標識なのだという認識だった。実際銀座でカグラザカを通して私は日本の中枢に近付くことが出来た。だがレンジョウと会って話すことが出来た後でも、私は尚もカグラザカのことがどうにも気になっていた。自分でもどうして新人の会社員であるはずのカグラザカのことが頭から離れないのは持て余している。だから私の方が問いたい。カグラザカというのは何者なのだ?」
「宗ちゃんは優しい人です」
「おい!」
虎蘭さんが笑った。
「ブレッツさん、いいえセイント。あなたがソウザさんのことを気になさるのは、ソウザさんが珍しい能力を持っているからですよ」
虎蘭さんの言葉に俺と冴姫が顔を見合わせた。
この人は何を知っているというのか!
「我々はある特殊な体系の世界観を持っています。西洋の科学文明とは違ったシステムです。だからこそ、西洋のあなた方には我々は理解出来ない面もあるのです」
「それは何の話だ?」
「ウフフフフ、それを今ここで話すとでも?」
「チィ!」
ブレッツさんが露骨に嫌な顔をした。
虎蘭さんの指摘の通りなのだ。
どうやらこの場ではブレッツさんは虎蘭さんに交渉能力では数段落ちるようだ。
「我々はソウザさんのその特殊能力に興味を抱きました。国は異なれど、ソウザさんは我々に利益を与えてくれる。いいえ、私自身は本心でソウザさんと親しくして行きたいのです。ソウザさんの能力は魅力的ですが、ソウザさんを利用しようなどとは考えておりません」
「《虎部隊》の人間の言う、その言葉を信用しろと?」
「どうお考えになられても結構です。ただ私はブレッツさんの興味が、ソウザさんという方の能力に魅かれているのだとお話ししているだけです」
「!」
やはり虎蘭さんの方が上手だった。
ブレッツさんは今はただ与えてもらうだけの立場になった。
「まあまあ、難しい話は辞めましょう。今日は本当にお二人に仲良くしてもらいたいだけですから!」
努めて明るくそう言い、俺は続いての料理を出した。
野生の真鴨は既に下ごしらえをしているので、蕎麦を茹でて出汁を温めた。
出汁は真鴨の血を混ぜている。
虎蘭さんは上品に蕎麦を啜り、ブレッツさんはアメリカ人らしく音を立てずに蕎麦を噛んで呑み込んでいく。
日本人以外に蕎麦を啜って食べる人は珍しい。
野生の真鴨は非常に濃厚で、若干の癖のある旨味が口を新たに喜ばせてくれる。
虎蘭さんもそのことに気付いたようだ。
「よくこのような鴨を手に入れられましたね」
「ええ、知り合いに良い仕入れをしてくれる人間がいまして」
「じゃあ先ほどの讃岐オリーブ牛もその方が?」
「そうです。まあ、普段は気安く頼めないのですが」
「私たちのためですか!」
「はい、先日は本当に美味しいものを御馳走になりましたから、せめてもと」
「ありがとうございます!」
ブレッツさんはまた苦い顔をしていた。
この人に何かしてもらったことは無いのだが、今日は楽しんで欲しいのに。
いや、虎蘭さんがこの席で自分の優位をアピールしただけなのだ。
交渉事に関しては、やはり虎蘭さんがずっと上手だ。
続く炊き込みご飯とムニエルは然程の悶着も無く、最後のデザートを出した。
ようやく食事会も終わるかと思っていたが、とんでもない展開になった。




