世界最強の食事会
7月初旬の土曜日。
俺は朝から仕込みに大変だった。
ただ、珍しく冴姫が手伝ってくれる。
包丁さばきは結構上手く、料理の知識もちゃんとあったので驚いた。
「お前、料理は不得意って言ってなかった?」
「そうも言ってらんないだろ!」
「なんだよ、冴姫もたまには作ってくれよ!」
「あたしは宗ちゃんの御飯が食べたいのー!」
「え、うん」
潤んだ瞳で冴姫が言うので納得してしまった。
いいよー!
「まあ、今日は宗ちゃんのことをとにかく守ることが重要だからね」
「えー、大丈夫だよ。虎蘭さんもブレッツさんも優しい人だよ?」
「宗ちゃん、いっつもそうだよなー」
「そんなことないよ」
「だって、嫌いな人間っていないだろ?」
「うーん」
「普通はそうやって考えないって」
「そうなのかなー」
確かに俺には嫌いな人間があまりいない。
それっておかしなことなのだろうか?
苦手な人間はいるけど、別に嫌いなわけではない。
さて、メニューだ。
ハマグリの薄衣の出汁炊き
マグロと鯛、赤貝のお造り
ミル貝の醤油焼き
子羊・車エビ・銀杏・漬マグロのゼリー、格子組
鮑の薄造り、イクラ、ワサビ乗せ
大ツブ貝の椀
最高級ブランド牡蠣の天ぷら/ナス、ソバ、アスパラの天ぷら/小エビとタマネギのかき揚げ
讃岐オリーブ牛のソテー
野生の真鴨の鴨南蛮蕎麦
グリーンピースとアサリの炊き込みご飯
鰆のムニエル/トリュフ、他キノコの餡かけソース
レモンとライムの氷菓
冴姫に隣の部屋も使っていいと言われ、キッチンを借りた。
このマンションって、どうなってんだろ?
材料は周一郎兄貴が超高級な食材を手配してくれた。
周一郎兄貴と闇絵さんが一流料亭からレシピを貰ってくれた。
俺が食べたことのあるものだったが、詳細に作り方やポイントが分かって嬉しい。
これから冴姫に同じものが作れるぞー。
はっきり言ってやり過ぎのものだが、虎蘭さんとブレッツさんを歓迎したい気持ちで一杯だった。
何しろお二人とも国家の最重要人物らしいが、むしろ俺のお二人への気持ちだ。
午後3時までに大体の仕込みが終わり、冴姫と一息ついた。
昼食は出前の蕎麦だった。
冴姫が来た最初の日に注文した蕎麦屋で非常に美味しかった。
「宗ちゃん、頑張ったね!」
「うん。お二人には喜んで欲しいからね。それから仲良くなっても欲しいし」
「宗ちゃんの真心は通じるよ」
「そうだといいな」
「じゃなきゃ、あたしがぶっ殺す」
「おい!」
絶対辞めてくれと言った。
5時になり、ブレッツさんが最初にいらした。
ちゃんとオートロックから来てくれる。
続いて虎蘭さんもいらした。
手土産にクリュッグのロゼを持って来てくれた。
それを見てブレッツさんが言った。
「私も何か持って来るべきだったか。手ぶらで申し訳ない」
「いりませんよ! さあ、座って下さい」
何故かブレッツさんは緊張しているようだった。
虎蘭さんと初めて会うことだけではないようだが。
うちのダイニングはそれほど広くない。
大柄のブレッツさんが入っただけで圧迫感があった。
虎蘭さんも175センチくらいで、女性にしては大柄な人だ。
でも身体の大きさだけではなく、お二人が放つ雰囲気のようなものが大きいのだ。
気のせいか、慣れている冴姫からもそういう雰囲気を感じている。
俺は白の綿のパンツにブルーのシャツにネクタイを。
冴姫は麻のベージュのパンツに俺に合わせてブルーのブラウスにリボンを首元に巻いている。
ブレッツさんはまた黒のパンツにシャツ。
虎蘭さんは白の麻のパンツに美しい花柄のブラウス着ていた。
最初に「モエ・エ・シャンドン」のアイス・アンペリアスで乾杯した。
バカラのシャンパングラスがあって良かったー。
こんな人たちをお招きしても大丈夫なことが嬉しかった。
冴姫は炭酸水だ。
最初にブレッツさんと虎蘭さんを紹介した。
「こちらは虎蘭林さん、中国の資源開発のお仕事をなさっています」
「フーラン・リンです。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらはナオミ・ブレッツさん。ロックハート貿易のアジア地区の統括責任者の方です」
「《虎部隊》の人間とは初めてだな」
ブレッツさんが最初から《虎部隊》と口にした。
腹の探り合いなどは一切しない方針だと分かった。
「《聖女》とこうしてお話し出来るのは光栄です。今日は是非ともソウザさんの下で友好的な関係になれればと思っています」
「ふん、出来るものならな」
虎蘭さんもブレッツさんを《聖女》と断定した。
そしてお互いにそれを否定しない。
最初からちょっと険悪だぁー。
始めに器三品を出した。
ブレッツさんが貝がお好きなようなので意識していた。
洋食器も用意していたが、ブレッツさんは箸を器用に使っていた。
「カグラザカ、これは絶品だ!」
「ありがとうございます。ブレッツさんは箸もお使いになれるんですね」
「もちろんだ。カグラザカに『ユラ』を教えてもらったからな。私は食事を神聖なものと理解している。だから和食の作法は覚えた」
「御立派です。私も食事を大切に考えています」
「ふむ、そうだろう。今日の料理を見てもそれは分かる。お前は大した男だ」
「いや、あはははは」
虎蘭さんも褒めて下さる。
でもブレッツさんの褒め方とは一歩退いた感じだ。
この人は正直な人なのだ。
超一流の料理を知っているからこそ、俺がそこそこは頑張ったことを褒めて下さったのだ。
その正直な評価が俺には嬉しい。
俺はキッチンから格子寄せのゼリーを出して、お二人に見せた。
今度は虎蘭さんも驚いてくれた。
「なんて綺麗なものでしょうか!」
「うーむ、これは私も見たこともない。カグラザカ、見事だぞ」
「ありがとうございます」
目の前でカットして皿に分ける。
四種のものを均等に切り分けた。
冴姫はニコニコして食べるばかりで会話には加わらない。
だからブレッツさんと虎蘭さんが冴姫のことをどう評価しているのかが分からなかった。
三人に食べてもらいながら、俺は大ツブ貝の椀を出す。
ブレッツさんが特に喜んだ。
「これはまた最高だな!」
「先日ブレッツさんが貝類をお好きなように見受けましたから、今日は貝を特に集めて見ました」
「ありがとう、礼を言おう!」
ブレッツさんは虎蘭さんを見てニッコリと笑った。
虎蘭さんも微笑んでいる。
別に俺はブレッツさんを優先しているわけではないのだが。
でも、ちょっと考えが甘かったと後悔し始めた。
キッチンで用意した天ぷらを揚げ始める。
こいつもメインはブランド牡蠣かぁー。
またしてもブレッツさんが喜び、虎蘭さんを見て笑顔になった。
讃岐オリーブ牛のソテー。
「先日虎蘭さんに御馳走になったヒレ肉の黒コショウ炒めに感動しました。到底及ぶものではありませんが、是非ご賞味頂きたく用意しました」
「あら、嬉しい!」
虎蘭さんが今度は勝ち誇ったように笑い、ブレッツさんを見た。
ブレッツさんはポーカーフェイスだ。
「あの和牛のフィレよりも美味しいです! これはどこの牛なのですか?」
「讃岐オリーブ牛というものです。搾油したあとのオリーブを焙煎し、飼料にして育てた牛なのです」
「そうですか、生憎と知りませんでした」
「はい、まだ歴史は浅いのですよ。2010年くらいからでしょうか。でも旨味の深い肉質ですね」
「おっしゃる通りと思います。お恥ずかしいのですが、美味しいものが大好きでいろいろと研究もして来たつもりです。でもこの肉には驚きました」
「ええ、まだ他にも美味しいお肉はありますが、これは一つの革新だと思っています」
「その通りですね。感服いたしました」
「それは良かった」
話してみれば分かるが、ブレッツさんは食通ではないと思う。
美味しいものは楽しむ人なのだろうが、虎蘭さんのように食を追求する人ではない。
やはりアメリカ人的という感じだろうか。
虎蘭さんは料理の歴史の恐ろしく深い中国の方だ。
そういう人間が食を追及すると本当に凄いと思う。
先日ご馳走になった中華料理は唸る程感動した。
そういう虎蘭さんに饒舌に語らせることが出来た俺は、密かに嬉しかった。
ブレッツさんは話題を変えて来た。




