《聖女》の申し出
ブレッツさんたちを会社に送り届けた後のことは俺は直接知らない。
ブレッツさんたちは榊常務と話し、その後で市ヶ谷の防衛省に向かったようだ。
俺はココロちゃんと一緒にしばらくいた。
「仕事に戻ろうかな」
「まだ危ないの」
「え、そうなの?」
「だから一緒にいるの」
「うん、分かった」
ココロちゃんと食堂に行き、そのまま退勤時間まで一緒にお喋りしていた。
ココロちゃんは食堂でおやつを食べ、嬉しそうだった。
その後で俺は冴姫と一緒に周一郎兄貴に呼ばれた。
「宗ちゃーん、冴姫ちゃーん!」
「闇絵さん、こんにちはー!」
「闇絵さん、先日はご馳走様でした」
「いいのよー! またやりましょうね!」
「はい、是非!」
闇絵さんに見られないように冴姫に尻を蹴られた。
周一郎兄が言った。
「《ヴァーミリオン》のブレッツから共同作戦の提案があった」
「自分で《ヴァーミリオン》と名乗ったんですか!」
「そうだ。もう隠す気は無いらしい」
兄貴の言葉に冴姫が驚いていた。
闇絵さんが何も分かっていない俺のために説明してくれた。
「銀座で狙撃されたでしょう? あれで自分たちが普通のビジネスマンではないことが露わになってしまったの。だからもう隠す気もなく直接の目的を話して来たのね」
「ああ、そういうことですね!」
やっと納得出来た。
そんなの、普通の新人会社員には分からないよー!
冴姫が言った。
「共同作戦って、敵はどこですか?」
「相手は中国の《虎部隊》だ。中国はパラオの海底鉱床と同時に、日本の南鳥島沖の海底鉱床も狙っているということだ」
「だからアメリカが一緒に戦いたいと」
「そういうことだ。アメリカが主に中国とのイザコザの防波堤になり、その代わりに優先的に日本からレアアースとレアメタルを回して欲しいということだ」
「そうですか」
冴姫はあっさりと引き下がった。
あまり興味が無さそうだった。
「それで兄貴、その要請を受け入れるのか?」
「検討中だ。今、ブレッツの呈示した情報の裏を取っている最中だが、本当に《虎部隊》の襲撃があるのなら、アメリカに対応してもらえば大いにこちらの利点になる」
「宗ちゃん、日本の《能力者》が出張る必要が無いからだよ。それに損失も全部アメリカが引き受けてくれる」
よく分かっていない俺に、冴姫が横で説明してくれた。
「そりゃそうだろうけど、本当にそうしてくれるのか?」
「フフフフフ」
冴姫が笑った。
「ワハハハハハハハ!」
「アハハハハハハハ!」
周一郎兄貴と闇絵さんも一緒に笑った。
「お前の言う通りだ。何一つ信用出来ない連中だ。なんなら、アメリカと中国が手を結んでいたとしても不思議はない。二国で日本を占領し、山分けにすればいいだけだからな」
「もちろんどちらかが裏切って独り占めにしてもね」
「そういうことだ」
「じゃあ、この話は断るのか?」
「そうとも限らない。本当に中国が襲って来るのならば、表面的にでもアメリカと手を結んでアメリカに相手をさせてもいい。俺たちは両国が結託するかどうかを見張っていれば良いのだ」
「アメリカは中国とは手を結ばないよ」
「どうしてだ、冴姫?」
「中国がレアアースの保有国だからだよ。だから中国は日本を弱体化させるメリットを持ってはいても、アメリカは違う。中国と違ってアメリカは是が非でもレアアースとレアメタルが欲しい。だから中国と共闘するよりも日本との共闘で輸出をしてもらった方がいいはずだよ」
「なるほど。じゃあ、ブレッツさんを狙撃したのは本当に中国ってことか」
「そうとも限らないさ。自作自演の可能性も高い」
「なんてこった……」
おいおい、そんなことしてんのかよ、あいつらは。
「実際に対物ライフルを撃って来たのは確かだ。即座に撤収したようだが、狙撃した場所も分かっている。ライフル本体はドローンで運んだらしく、現場付近の監視カメラでは犯人の特定出来なかった」
「じゃあ、誰がやったのか分からないってことなの?」
「表向きはな」
兄貴が俺を見てニヤリと笑った。
「表向きっていうのは?」
「日本は現在のアメリカが想像もしていない高度な量子AIを我が国は保有している。だから周辺の監視カメラの映像を繋いで犯人の特定は終わっている。犯人は東洋人で少なくとも1週間前から日本にいる人物だ。入国管理局に該当する人間がいないので、不法入国の可能性が高い」
「じゃあ、捕まえられるのか?」
「まだだ。それにそれをすれば我々の力の一端を敵に示してしまうことになるからな」
「宗ちゃん、今はそれよりも《聖女》の情報を得ることの方が重要なの」
「え?」
「宗ちゃんの話で一つ重要な単語があった」
「え、なに?」
「スレイマンが言った《セイント》という言葉よ。「セイント」は《聖女》って意味」
「!」
その名前って、先日ココロちゃんが言ってた《ヴァーミリオン》の上位の人間じゃないか!
「もしかしたら私たちをミスリードするつもりかもしれない。でも、迂闊に口を滑らせたとはどうしても思えないんだ」
「じゃあ、どういうことなんだ?」
「こちらに情報を流したってこと。アメリカの《聖女》の実物を見せたことで。共同作戦に本気だということを示したいんだと思う」
「俺が聞き漏らしてたらどうしたんだ?」
「それは考えて無い。和田商事にも具体的な南鳥島とパラオの共同開発の案を提示していた。それほどの重要人物との会話を相手が聞き漏らすなんてあり得ないのだ」
「え、でも俺って普通の新人社会人だぜ?」
「盗聴して録音されていたはずだとあいつらは思ってる」
「そんなのないよ」
「あったよ。宗ちゃんが知らなかっただけ」
「またそれかよ!」
冴姫の笑って俺のスーツの襟に仕込んであったマイク付きの発信機の話をしてくれた。
「宗ちゃんにはプライバシーなんて無いんだって」
「やめてよー」
みんなが笑った。
俺はごく普通の会社員の人生を行くつもりだったのに。
気が付けば輩的な連中が一瞬で潰され、大きな反社組織がとんでもない武器で襲って来て、こないだは観光地が崩壊する大事件だ。
自分が《特異点》なんてものだと言われはしたが、これってちょっと酷くない?
俺、何にも悪いことしてないんだけどー!
横で冴姫が楽しそうに笑っていた。
まあ、その笑顔を見れば、いつだって俺は納得してしまうのだ。
でも、今度はアメリカの《聖女》かー。
大丈夫なんだろうか?
大丈夫だよ、多分そうだよ、きっとそうだよ、そうだといいなー。
たのむよー……




