接触
闇絵さんの「暗黒鍋」を食べた翌日から、すこぶる体調が良い。
いつも睡眠は問題ない方だが、あの晩は特に今までに無いほどに深い眠りを得られた。
しかも楽しい夢を見た。
冴姫とパラオの海で遊ぶ夢だ。
残念なことに冴姫の折角の水着姿を見られなかったわけだが、夢の中で堪能できた。
ありがとー!
それに身体がやけに軽いし食欲は湧くし便通まで良い。
何度も考えてしまうことだが、やはり闇絵さんは素晴らしいと思っている。
ああいう体調まで整える料理は俺には無理だが(材料からして手に入らない)、冴姫には常に美味しいものをと考えている。
そろそろ気温も上がるので、鍋はしばらく出来なくなる。
さて、最後の鍋を作ろうか。
「ハマグリがいい!」
冴姫が無茶なことを言った。
でも冴姫が言うのだ。
俺も本気で「ハマグリ鍋」を準備した。
伊勢丹に頼んで、上物のハマグリを20個仕入れてもらうよう手配した。
鮮魚売り場の人が優しい方で、明日仕入れて下さると言ってくれた。
「冴姫、ハマグリ手に入るぞ!」
「マジで!」
「まじまじ」
「マジックリン!」
「アハハハハハハ!」
冴姫といると楽しい。
翌日、冴姫と伊勢丹に買い物に行った。
ハマグリの他の食材も一緒に見ながら買うつもりだった。
伊勢丹の地下はいつも混んでいる。
様々な美味しいお店が連なっているからだ。
でも俺たちはまっすぐに鮮魚売り場に行った。
名前を言うと店長さんが出て来られ、発泡スチロールの箱を開けて見せてくれた。
「これはなかなか手に入らない桑名産の結構な上物ですよ。お客様は運がいい」
「ありがとうございます!」
大ぶりのハマグリが20枚入っていた。
まだ生きているらしい。
「砂抜きはこちらでやっておきました。もうそのままお使いになれます」
「そうですか、ありがとうございます!」
本当に良さそうなハマグリだったので、他の鍋の材料は野菜だけにした。
「網焼きもいいんじゃね?」
「だな!」
青果売り場に移動し、二人で野菜を選んで行った。
冴姫と一緒に話しながら野菜を選んで行く。
「ソーリー!」
買い物に夢中になり、金髪の外国人の女性とお尻同士がぶつかってしまった。
背の高い女性で、180センチ以上はありそうだ。
細身だが骨格がしっかりしていて、筋肉も程よく付いている。
髪のベリーショートで、目鼻立ちのくっきりしている美人だった。
年齢は20代前半か。
「I'm the one who should apologize, I was looking the other way!(こちらこそすいません、よそ見をしてまして!)」
「あら、可愛らしい子!」
日本語で話されて驚いた。
随分と流ちょうだ。
「日本語、お上手ですね」
「ええ、必死で勉強しました。ぶつかってごめんなさい」
「いいえ、俺が悪いんです。連れと話に夢中になってて」
「ああ、そちらはあなたの恋人? お綺麗な方ね」
「いやあ、アハハハハハ」
「それに、ベリー・ストロング」
冴姫の雰囲気が一気に変わった。
冷気すら感じそうな程に怖い顔になる。
「オー・ノー! 許して下さい!」
金髪の女性が驚いた。
「ナオミ・ブレッツです。先日日本に来たばかりです。何か気に障る態度を取ってしまいましたか」
「いや、そんなことは! 冴姫、落ち着いて」
冴姫は表情を崩さない。
右手が腰の後ろに回った。
不味い!
「あの、失礼します! 本当にすいません! 冴姫、行こう」
「ごめんなさい、ゆるしてください」
ブレッツさんが笑顔で握手を求めて来た。
冴姫の右手が一閃し、ブレッツさんの手を払った。
随分と無礼な態度だ。
「すいませんでした! 冴姫、行こう!」
冴姫を引っ張り、急いでレジに行った。
後ろを振り返ってブレッツさんに頭を下げた。
ブレッツさんはこちらを微笑んで見ていた。
あんなことをされたのに、随分と器量の大きな人だと思った。
地下駐車場で冴姫に言った。
「おい、失礼だっただろう!」
「あいつ、只者じゃないよ」
「そうなのか? 冴姫が手を払っても何も反応してなかったじゃんか」
「殺気をぶつけたけど、怯えることは無かった。あんな場所であたしがヤルわけないと思ってた」
「そうかなー」
「斬ってやればよかった。その時のあいつの顔が見たい」
「やめろってぇー!」
普段は明るく優しい奴なのだが、血生臭くなるとエキサイトするのは勘弁して欲しい。
まあ、そういう暴力沙汰に慣れてしまって来ている自分もいるのだが。
でも俺が「ハマグリ鍋」を作り始めると冴姫の機嫌も直って来た。
「おいひー!」
鍋のハマグリを噛み千切って冴姫が喜んだ。
ポン酢を用意したが、そのまま口に入れると口の中が濃厚なハマグリの旨味で満たされる。
もちろんポン酢を使っても美味い!
冴姫に鍋を喰わせながら、俺は網焼きを作って行った。
「宗ちゃん、はやくぅー!」
「待ってろ!」
俺に早く戻れということか、それとも網焼きを急げということか。
どっちにしろ俺は急いで作った。
口が開いたハマグリが焼けた頃合いを見て、バターを乗せ醤油を回す。
良い匂いが漂い、冴姫が絶叫した。
「ギャァァァァーーー!」
「ガハハハハハハハ!」
冴姫が叫びながら網焼きに感動して喜び、俺は笑った。
店長さんが言った通り、最高のハマグリだ。
冴姫ももう、すっかりナオミ・ブレッツさんのことは忘れていた。
また涼しくなったら是非ハマグリ鍋をやろうと盛り上がった。




