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押し掛けギャルは殲滅者  作者: 青夜
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56/82

宗三の友だち 大五郎

 パラオから戻った翌日の木曜日。


 「こんにちはー」


 ゴミ置き場で同じマンションの顔なじみの吉原さんとお会いした。

 吉原さんは御高齢の女性で、確か御主人を亡くしてから一人でここに住んでおられる。

 ゴミを出す時にもちゃんと綺麗な恰好をしているお洒落な方だ。

 そして可愛らしいアイリッシュセッターの「大五郎」といつも一緒にいる。

 「大五郎」という名は、昭和の時代劇『子連れ狼』から採ったものだと以前に伺ったことがある。


 「あら、神楽坂さん! こんにちは!」

 「吉原さん、そういえばしばらくお会いしませんでしたね?」

 「ええ、ちょっと郷里に帰っていたの。姉の具合が悪くてね」

 「そうなんですか、御心配ですね」

 「もう大丈夫なの。昔から身体は丈夫な人だったから」

 「そうですか、良かったですね!」


 吉原さんは非常に気さくな方で、お会いするといつも優しく微笑んで下さる。

 俺が学生時代にこのマンションに住み初めて、すぐに親しくなった方だ。

 大きなゴミ袋を持っていらしたので、俺が持たせてもらい、ゴミ置き場に置いた。


 「いつもありがとうございます」


 そういって頭を下げられる。


 「いえいえ! 前にも言ったように、いつでも俺を呼んで下さいよ。御遠慮なく」

 「あらあら、ありがとうございます。そういえば時々綺麗な女性と一緒にいるのをお見掛けするけど、御結婚なさったの?」

 「はい、ああまだ婚約なんですが、一緒に住んでます」

 「そうだったの、それはおめでとうございます」

 「ありがとうございます」


 少し冴姫のことを話した。

 周一郎兄貴から、冴姫とは親の勧めで見合いをして婚約したことになっていると言われ、その通りに話した。

 大五郎が俺の膝に前足を伸ばして来る。

 大五郎とは以前から仲良しだ。

 俺も大五郎の頭を撫でると喜んだ。


 「そういえば、最近大五郎が遠吠えするの」

 「え!」

 「このマンションからかしら。他のワンちゃんが遠吠えするみたいでね。そうすると大五郎が嬉しそうに遠吠えして。御近所のワンちゃんたちもやるのよ。まるでお友だちみんなで騒いでいるようでおかしいの」

 「そ、そうなんですか……」


 俺じゃん。


 吉原さんと別れて部屋に戻った。

 今の遠吠えの話を冴姫にした。


 「ギャハハハハハハハハハ!」


 冴姫が大笑いした。


 「宗ちゃんのお友だちに会いたい!」

 「おい!」


 そんなことを話していると、電話が鳴った。

 通知を見るとまさしく吉原さんだった。


 「吉原さん?」

 「神楽坂さん、冴姫さんとちょっといらっしゃらない?」

 「はい?」

 「冴姫さんとも親しくさせていただきたいわ。お茶でも飲みにいらして」

 「はい、冴姫に聞いてみますね」


 一度電話を切り、冴姫に吉原さんにお茶に誘われたと話した。

 以前から時々お茶に誘われることはあったし、何度か食事もした。


 「あら、早速お会い出来るのね! 流石は宗ちゃん!」

 「何言ってんだよ。行くか?」

 「もっちロンドン!」


 吉原さんに30分後に伺うと伝えた。




 「いらっしゃい。あら、こちらが冴姫さんね」

 「初めまして。宗ちゃんがいつもお世話になってます」

 「いえいえ、こちらこそ。どうぞお上がりになって」

 「はい、お邪魔しまーす!」

 「お邪魔します」


 何度か伺ったことがあるが、掃除が行き届いた綺麗なお部屋だ。

 絵画が幾つか壁に飾られており、他に置かれている小物も品の良いものだった。

 吉原さんが紅茶を淹れて下さる。

 茶請けにバウムクーヘンが出た。

 スプーンが付いている。


 「「いただきます」」


 紅茶はフォションのアールグレイだ。

 吉原さんの好みで、何度かデパートでついでの時に買って来たことがある。

 大五郎が俺の膝に乗って来て甘えた。

 顔を舐めに来るので、吉原さんが止めたが俺がそのままにさせた。


 「宗ちゃん、仲良しだね!」

 「まーなー」


 吉原さんが笑って見ておられる。


 「前にね、私がちょっと入院した時に、神楽坂さんに預かってもらったことがあるの」

 「そうなんですか!」


 吉原さんが腸の病気で入院されることになった時、俺が大五郎の世話を引き受けたのだ。

 一ヶ月くらい一緒に住んだだろうか。

 まだ学生時代で、俺も暇だったし大五郎といるのは楽しかった。


 「息子は海外にいてね。親戚や親しい人も近くにはいなくって本当に困っていたの」

 「いや、俺も大五郎と一緒で楽しかったですよ」

 「大五郎もね、楽しかったって言ってた」

 「そうなんですか!」


 冴姫が嬉しそうに笑っていた。

 俺の膝の上で大五郎が冴姫のことを見ていた。


 「大五郎、この人は俺の婚約者で冴姫っていうんだ。よろしくな」

 「わん!」


 鳴いて大五郎は冴姫の匂いを嗅いだ。

 そしてすぐに冴姫の膝に乗って顔を舐めようとした。


 「キャハハハハハハハ!」


 俺が大五郎を引き離した。

 化粧をしている冴姫は舐めると良くないんじゃないかと思った。

 冴姫は喜んでいたが。

 大五郎は冴姫の差し出した手を舐め始めた。


 「カワイイね!」

 「な!」


 吉原さんにパラオで買ったイルカの小さな置物を渡すと、大変喜んで下さった。


 「神楽坂さん、パラオにいらしたの? 大変なことになったようだけど」

 「ええ、驚きました。自衛隊の方々が輸送機ですぐに運んでくれましたが」

 「そうだったの、本当に御無事でなにより」

 「そうですね」


 まさか大惨事の張本人が目の前にいるとは思わないだろう。

 冴姫は何事もなく大五郎の全身を撫で始めていた。

 大五郎が腹を見せて喜んでいる。


 「そういえばね、もうすぐなんだけど」

 「なんですか?」

 「ほら、神楽坂さんには以前にお話ししたことあるでしょ?」

 「え? ああ、辞書のことですか!」

 「そうなの! ついに水影出版さんから刊行されることが決まったの!」

 「それは凄い! おめでとうございます!」

 「まだ信じられないのよ」

 「本当に素晴らしいことですよ」


 何も知らない冴姫に説明した。

 吉原さんの御主人は外務省の人間で、海外によく滞在していて、いつも吉原さんが一緒に付いて行っていた。

 英語やフランス語、ドイツ語などを吉原さんも話せたが、アラビアに行った時には全く言葉が通じなかった。

 御主人のために何一つ出来ない自分を悔いて、吉原さんは独学でアラビア語を学び始めた。

 語学教室へ通うではなく、自分で単語帳を作って行ったのだ。

 真面目な方で、それが積もりに積もって膨大な単語帳が出来上がった。

 以前にそのお話を伺い、俺が辞書になるんじゃないでしょうかと話した。

 大学で宗教学の教授にその話をすると興味を示されて、そこから出版社を紹介され、本当に辞書になったのだ。


 「まだゲラを校正している段階だけどね。もうすぐ最後の念校がお渡し出来るわ」

 「良かったですね!」

 「もう主人もいないんだけどね。でも少しでも誰かの役に立ったら嬉しいわ」

 「そうなりますよ!」


 アラビア語の辞書は少ない。

 だからきっと多くの人の役に立つだろう。

 冴姫がニコニコして俺たちの会話を聞いていた。




 吉原さんとは時々お会いし、その度にお茶に誘われて冴姫と一緒に遊びに行くようになった。

 何度目かに伺った時に、冴姫が俺が遠吠えをしているのだとバラした。

 吉原さんの目が丸くなり、次の瞬間に爆笑された。


 それから俺の遠吠えの後で女性の遠吠えが聞こえるようになった。

 俺と冴姫はいつも大笑いする。

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