パラオ脱出
2時間後、俺たちはローマン・トメトゥチェル国際空港へ出発することになった。
どうやら空港は被害を免れたらしい。
恐らくテロリストたちも自分たちの脱出のために、空港には手を出さなかったのではないだろうか?
分からないが。
シャトルバスは幸いホテルに常駐していたものが2台あり、他にありったけの車両をかき集めての移動だった。
そのためバスはギュウギュウ詰めになったが、もちろん誰も文句は言わない。
申し訳ないが日本人が優先であり、外国人観光客やパラオの人々は俺たちの後でまた移動することになる。
俺と冴姫は一緒のバスに乗った。
ココロちゃんは周辺を警戒しながら、俺たちとは別に移動すると冴姫に聞いた。
ココロちゃんは「忍び」だからね!
新人の俺たちは当然立ったままだったが、空港までは30分程度で着く。
だったはずだが、予想以上に街の道路が破壊されており、バスは度々立ち往生した。
結局途中からは徒歩での移動となった。
これは誰もが想定外だ。
みんな大きな荷物を持ちながら、なるべく歩ける道を辿って行く。
「あー、おみやげもほとんど買えなかったなー」
「宗ちゃん、ソレ?」
冴姫が隣で大笑いした。
周囲で聞こえていた人たちも笑う。
「神楽坂、お前大物だな」
「そんな! すいません、いつも空気が読めなくて」
「そんなことはない。こういう中でジョークが言える人間は貴重だ」
「そんなんじゃないですよ」
「さっきも凄いこと言ってたよな? みんな感動したぞ」
「とんでもありません! みなさん、どうか忘れて下さい!」
『ワハハハハハハハハ!』
でもみんなが笑い、次第に喋るようになった。
黙って真っ暗い道を進んでいたみんなが、少し明るくなった。
「本当に酷い状況だな」
ビルがほとんど倒壊し、あの美しいパラオの街並みは少しも残っていなかった。
電力が停止したせいでで、周囲は暗い。
ただ、満月に近い月明かりで、歩くのにそれほどの支障は無かった。
懐中電灯を持っている人間もいたし、スマホのライトを使っている人もいた。
もちろんスマホの通信機能は使えない。
あれ、じゃあ伊刈社長たちはどうして政府特別便のことを知っていたんだ?
少し考えてみたが、まあ《トリポッド》に関わっている人たちもいるのだ。
何らかの通信手段もあるのだろう。
4時間も歩いて、ようやくローマン・トメトゥチェル国際空港へ到着した。
空港だけは非常電源があるようで、灯がともっていた。
それを見て、みんなが歓声を挙げた。
この状況で、灯があるということが如何に大きなことなのかと実感した。
飛行場には一機だけしかいなかった。
戦闘が始まって、他の旅客機はすぐに逃げ出したのだろうか。
戦闘服を着た集団が俺たちに駆け寄って来た。
伊刈社長の前に集まり、話していく。
大きな声で話しているので、俺たちにも聞こえた。
「航空自衛隊上条一等空佐です。皆さんをお迎えに参りました」
「御苦労様です。和田商事社長の伊刈です。この度は一佐の方自ら来て頂けて光栄です」
「とんでもありません。皆様は大切な日本国民ですから。それで予定よりも随分と時間が掛かりましたが、途中でトラブルがありましたか?」
「はい。バスで途中まで来たのですが、街の破壊が想像以上に激しく徒歩で参りました」
「それは申し訳ありませんでした! 我々はここの防衛に専念しておりまして、被害状況などをまだ把握しておらず!」
「それは良いのですよ。こうして全員無事に来れましたから」
「本当に良かった! では早速お乗り下さい」
「はい、ありがとうございます」
みんな各部署ごとに並んで順番に飛行機に乗り込んだ。
到着していたのは旅客機ではなく、自衛隊の輸送機(※川崎重工C-2)のようだった。
偶然俺は伊刈社長たちの近くを歩き、また会話が漏れ聞こえた。
「あの黒い戦闘服の方々は?」
「特殊な方々です」
上条一等空佐が俺に気付き、伊刈社長に手を伸ばし会話を遮った。
俺は伊刈社長が向いた方向を見て、その黒い戦闘服の一団を見た。
自衛隊の方々は迷彩服だったので、特殊な部隊の人たちなのだろうか?
自然と頭を下げた。
それに気付いたか、黒い戦闘服の中の一際体格の良い方が俺に近付いて来た。
異様に「雰囲気」のある人だと思った。
冴姫が俺の傍に寄る。
「連城十三です」
「あ、はい! 神楽坂宗三です!」
「絶対にあなた方をお守りします」
「はい、宜しくお願いします!」
連城さんは俺と冴姫に頭を下げて戻った。
「冴姫、知り合い?」
「まあね。でも後で」
「うん」
みんな輸送機の後部ハッチから乗り込んでいく。
旅客機ではないので狭いシートが並べられ、入った順に座って行った。
緊急事態なので、重役たちも順番に座る。
小声で冴姫と話す。
「あ、ココロちゃんがいないよ!」
「大丈夫、別な便で脱出するから」
「でも、飛行機はこれしかないぞ!」
「別な自衛隊の機が来る。先に私たちが脱出することになってる。宗ちゃんがいるからね」
「大丈夫なの?」
「もちろんだよ。ココロちゃんも日本の重要な人間なんだから」
「そうだけど。あの、詰めればもう少し乗れるんじゃない?」
外国人の人たちもいる。
冴姫が俺に嗜めるように言った。
「宗ちゃん、この機体は川崎重工のC-2という輸送機なの。航続距離はここまででギリギリ。輸送重量が増加すれば危ないんだよ」
「でも!」
「絶対に大丈夫。私を信じて。私だってココロちゃんは大事な人間なんだよ」
「うん……」
俺は思い出した。
「日本人以外の人たちはどうなるの?」
「それも後から来る機で対処するよ」
「大丈夫なの?」
「多分ね。一応日本からも海上自衛隊がここに向かってる。災害救助の専門家たちを乗せてね」
「そうなんだ!」
「パラオは一応アメリカが国防を担ってるけどね。もうパラオ政府の生き残った人たちと話し合って日本が防衛任務に就くことになってる。もう安全だし、すぐに復興作業にも入るよ」
「そっか!」
俺はホテルの廊下で出会った中国人の話を冴姫にした。
「とっても綺麗な人でね。いい人に見えた。さっきホテルの大広間で見掛けなかったから心配なんだ」
「中国人だって?」
「うん。虎蘭さんって言ってた」
「虎蘭!」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。そうか、無事ならいいね」
「うん」
冴姫は俺の隣に座ったが、それから一言も口を開かなかった。
俺が話し掛けても口に人差し指を充てて黙るように示した。
俺たちは5時間後、無事に羽田空港に降りた。
無事にパラオから脱出出来たのだ。




