不安の中で
大広間に戻ると、俺と冴姫以外は全員が揃っていた。
みんな急いで荷物をまとめてすぐに来たらしい。
それが普通なのだろうが、冴姫が夕食の残りを食べていたので遅れたのだ。
俺たち以外にも50人程の宿泊客たちもいた。
みんな外国人だ。
俺は虎蘭さんの姿を探したが見つからなかった。
ほんの少しの関わりだったが、人の良さそうな方で心配になっていた。
無事でいらっしゃると良いのだが。
大広間ではまた部署ごとに集合して点呼を取った。
再び前で伊刈社長が話した。
マイクは使えないのだが、伊刈社長の声はよく通る。
「全員揃ったようだな。先ほどまた情報が少し入った。パラオは外国のテロリストに襲われ、政府は崩壊し警察もほとんどを喪った。国民の多くも殺されたようだ」
みんなが騒ぎ始める。
「どうか落ち着いて欲しい。テロリストはさる軍事勢力が既に無力化した。もう危険は無いとのことだが、まだ油断は出来ない。だがその軍事勢力がこのホテルをガードしてくれている。日本政府もこの事態に緊急措置を施してくれた。最速で政府特別便が来て我々はパラオを離れる」
みんなが拍手し、安堵のため息を漏らした。
でもまだ誰もが緊張し、不安がっている。
テロリストは撃退されたことは良かったが、とにかく街は大破しているのはみんな知っているのだ。
海外勤務の多い先輩方も、こんな戦場状態の土地は歩いたことはないだろう。
伊刈社長が言った「さる軍事勢力」がよく分からないことも皆さんの不安だろう。
俺は冴姫であることを知っているが、とにかく大規模な軍事力を持っていることはみんな理解している。
それは敵ではないと何となくは分かっても、不安に思うのは当然だ。
「何か質問はあるか?」
俺が挙手した。
何か少しでも皆さんの不安を解消したかったのだ。
今目の前の不安材料から目を移す話をしようと思った。
「なんだ、神楽坂君」
「はい、パラオで最近発見されたレアアースなどの鉱床はどうなるのでしょうか?」
「なんだと!」
伊刈社長が一際大きな声を出した。
やっちまったか!
新人の俺などがこの事態の中で生意気なことを言ったか。
でも吐いた言葉は取り戻せない。
こうなれば最後まで言うしかない。
「いえ、あの、パラオ政府がどれだけ機能するのかは分かりませんので、海底鉱床の採掘権がどうなるのか気になりまして……」
伊刈社長、いや、その場にいた全員が俺を見て驚いていた。
しまった、やはり空回りしてしまった。
自分が今見当違いなことを口にしたと後悔した。
みんなの不安を拭いたかっただけなのだが。
冴姫が俺の手を握ったので見ると、ニコニコしていた。
そして伊刈社長がすぐに微笑んで俺を向いて答えた。
「それはまだ分からない。肝心のパラオ政府が崩壊した今、今後の展望は未定だ」
「そうですか。大変ですね」
「でもそうだな、君の言う通りだ。我々は常に未来に目を向けるべきだな。こんな時こそその考え方だ。そうだ、我々はまさに千載一遇のチャンスを目の前にしているのかもしれない。神楽坂君、素晴らしい意見をありがとう!」
何故か拍手が湧いた。
先ほどよりも大きなものだった。
「いいえ、とんでもありません! 何も分からない身で生意気なことを口にして申し訳ありません!」
「いや、私が不明だったのだ。余りにも大きな事態に圧倒され、自分の本分を見失っていた。神楽坂君の言う通りだ、我々は今まさに行動しなければならないな」
「申し訳ありませんでしたぁ!」
俺は謝ることしか出来なかった。
今やっと自分がとんでもないことを口にしたと実感した。
でも拍手は鳴りやまず、まだみんなが俺に向いて褒め称えていた。
なんかすいませんー!
美濃坂部長が俺に近付いて肩を叩いた。
満面の笑みだ。
「大したものだな、神楽坂」
「あ、すいません、出過ぎたことでしたよね?」
「いや、そんなことはないぞ! 伊刈社長が仰った通りだと私も感動した。本当にこれは我々にとってまたとない機会になったんだ。君は凄いことを言ってくれた。今後会社にどれほどの利益をもたらすか。ああ、済まない、私はちょっと上と話して来るよ」
「は、はい」
大変なことになってしまった。
自分でもどうしてあんなことをこの場で口にしたのか今ではもう分からない。
俺は時々空気を読まないでとんでもないことを口にする自覚はある。
子供の頃からそうだし、和田商事で第一貿易部に配属されてからも何度かそういうことがあった。
優しい上司と先輩たちは俺なんかの言葉を真剣に聞いてくれていたが、後から相当生意気な言動だったことを何度も反省して来た。
今回もやってしまった。
みんな驚いていたが、それはそうだ。
今はテロリストが政府転覆を試みた大事件に巻き込まれた状況なのだ。
みんなが殺されていても不思議は無かった。
冴姫やココロちゃんがいなければ、間違いなくそうなっていただろう。
それにこれから脱出するが、まだ何があるか分からない状況なのだ。
日本からすぐに飛行機が飛んだとしても、5時間は掛かるはずだ。
その間もみんな脅え続けるのだ。
それに空港がどういう状況かも分からない。
政府特別便が向かっているということは、きっと無事なのだろうが、俺なんかにはまるで分からないのだ。
そういう中でとんでもないことを口にしてしまった。
「宗ちゃん、ヤルじゃん!」
「いや、ヤっちまったよ! 俺、何言ってんだか」
「そんなことないよ」
「まあ冴姫、空港までの護衛を宜しくな」
「おっケロ!」
「ココロちゃんが見えないけど」
「ああ、一応周辺を見張ってくれてる」
「そっか」
美濃坂部長は伊刈社長や榊常務、他の重役たちと部屋の隅で話し合っていた。
みなさん笑顔で嬉しそうに話し合っている。
大丈夫かなー。




