パラオ一日目(最終日!)
夕食は全社員が広い食堂に集まって一緒に食べることになっていた。
着席ビュッフェ形式で、自由に楽しく好きな食事が摂れる。
俺は上司や先輩から、積極的に他の部署の人間とも交流するように言われていた。
そういうことも、今後の商談などに必要なスキルになるからと。
俺はその通りに実行し、様々な人間と食事をしながら話して行った。
和田商事はみんないい社員で、新人の俺なんかも気軽に受け入れてくれ、楽しく話して下さる方ばかりだ。
榊常務にも挨拶に伺う。
榊常務も今日は明るいアロハシャツを着ていて終始笑顔でみんなといる。
そういう服装でいることで、周囲をリラックスさせていらっしゃるのだろう。
「神楽坂君、君のことは美濃坂部長からもよく聞いているよ」
「はい、ありがとうございます」
「本当に優秀で、時に面白い提案をしてくれると褒めているよ」
「そんな、私なんてまだまだ何も分からない新人ですから。みなさんにいろいろ親切に教えて頂いているところです」
榊常務のいたテーブルに伊刈社長がいらした。
全員が席を立ち、お迎えする。
「みんな座りたまえ。今日は無礼講なんだから」
俺が席を立ち、伊刈社長に座って頂く。
「ああ、君は第一貿易部に配属された神楽坂君だね?」
「はい、神楽坂宗三です!」
「君の噂は聞いているよ。随分と頑張っているそうだね」
「とんでもありません! これからも先輩方に倣って精進いたします!」
伊刈社長の隣にいた人事部長が席を立ち、俺に座るように言った。
伊刈社長が俺に話し掛けたからか。
恐縮して座らせて頂いた。
ホテルの女性がすぐに料理と飲み物を運んで来る。
俺は何故だか分からないが伊刈社長と榊常務やそのテーブルにいた重役の方々にやたらと褒められた。
しばらく話をし、他のテーブルにも挨拶に行かなければとやっと席を立った。
テーブルを離れると同期の御坂が近付いて来て俺に言った。
「おい、お前あんなスゴイ人たちによく突撃したな!」
「違うよ! 偶然に伊刈社長とかが来て座らされただけだよ」
「だって、榊常務と親しく話してたじゃねぇか!」
「まあ、ちょっとだけ知ってる方だからな。でも挨拶だけしようと行っただけだし」
「へぇー!」
まあ、伊刈社長が俺の名前を知っていることは驚いたが。
でも、伊刈社長も《トリポッド》には関わっているのだろうから当然か。
夕食会は時間となり、お開きになった。
「ところでよ、久留井さんがいねぇな?」
「ああ、夕食会にはちょっと遅れて来るって言ってたんだけどな。全然俺も姿を見てねぇ」
俺も探していたところだ。
冴姫とはラインや電話を使っての連絡はしないようにと言われていた。
通信の記録を残さないためだそうだ。
もしも(全部俺だろうが)迂闊に重要なことが敵に盗聴されないためだ。
広い会場ではあったが、俺は隅々まで探しても冴姫の姿は見えなかった。
ココロちゃんは何度か見掛けた。
そうか、今はココロちゃんが俺をガードしてくれているのか。
ココロちゃんはツアーガイドの制服だった。
では冴姫はどこに行ったのだろう?
ちょっと前までは豪華な夕食を楽しみにしていたのに。
夕飯前にココロちゃんと散々屋台で喰い荒らしていたが、冴姫の食欲はあんなものじゃない。
俺は第一貿易部の先輩に頼んで、冴姫の分の夕食を貰っておけるように手配した。
今晩中に食べるという約束で、結構な量を包んで頂いた。
俺たちは新人研修の時にお世話になった先輩社員たちに連れられて、ホテルのバーラウンジに向かった。
伊刈社長や榊常務たちもおられて緊張したが、テーブルは別だった。
先輩社員たちは、俺たちを楽しませるようにと上から言われて連れて来てくれたらしい。
親切な方々で、配属先で何か困っていないかといろいろと聞いて下さった。
本当にいい会社に入社したと思った。
その後で俺以外の男性社員は先輩社員たちに「三次会」に誘われて街に繰り出して行った。
きっとその手の女の子がいるお店なのだろう。
御坂などが先輩に耳打ちされてメッチャ喜んでいたからだ。
俺は婚約者がいるからと誘われなかった。
残念。
俺は女性の新人たちに誘われたが、冴姫のことが心配で部屋に戻ると言った。
「神楽坂君ともっと喋りたかったけどなー」
「ダメだよ、婚約者がいるんだし」
「そうだけどさー、こんなにカッコ良くて期待のホープなんだよ?」
「期待のホープって、古臭いよ」
「なによ!」
「まあ、ごめんね。ちょっと冴姫が体調が優れないようで」
「夕飯にも来てなかったもんね」
「うん、ちょっと様子を見て来るよ」
「心配だね、なんかあったらいつでも呼んで?」
「ありがとう。みんなも楽しんでね」
みんな部屋で女子会をすることにしたようだ。
楽しそうで良かった。
まあ、明日も明後日もあるのだし、みんなと楽しむ機会はまたあるだろう。
俺は自分の部屋へ戻った。
俺の部屋のある8階のフロアを歩いていると、東洋人の女性が床に膝をついて何かを探しているのが見えた。
俺は思わず近づいて声を掛けた。
「何かお探しですか?(Can I help you find something?)」
女性がハッと気付いて俺を見上げて微笑んだ。
「シェイシェイ」
立ち上がって俺に頭を下げる。
若い女性で20代半ばだろうか。
美しい長い黒髪のロングが背中の中心まであり、身長は180センチもある。
痩せていて色が白く、顔は目の切れ上がった素晴らしい美人だった。
何か運動をしているのか、立ち上がる動作は優雅であり素早かった。
黒の半袖のサマーセーターを着て、下も黒の柔らかそうな綿のパンツだった。
今の言葉から、中国系の方だろうか。
綺麗な英語で話し始めた。
「コンタクトレンズを落としてしまって」
「それは大変だ。一緒に探しますよ」
「いいえ、御迷惑でしょう?」
「そんなことは! ここは毛足の長い絨毯なので探すのは大変だ」
「ありがとうございます」
女性は「虎蘭」と名乗り、俺も「宗三」と名乗った。
虎蘭さんはコンタクトレンズの位置を直そうとここで立ち止まり、思わず落としてしまったのだと言った。
俺は少し離れた場所から踏まないように探し始めた。
ホテルの廊下は毛足の長い絨毯が敷いてあり、透明な小さなレンズを探すのは苦労する。
虎蘭さんがいつから探していたのかは分からないが、さぞ不安だったことだろう。
10分も二人で探した。
「あ、ありましたよ!」
「本当に!」
俺が小さなレンズを拾い上げ、虎蘭さんに渡した。
「ありがとうございます!」
「いいえ、見つかって良かったですね」
「はい! あの、是非お礼を」
虎蘭さんが笑顔で俺からコンタクトレンズを受け取った。
大事そうにポケットから取り出したケースに入れる。
「とんでもありません、こんなことで!」
「いいえ、是非お礼をさせて下さい」
「困ったな。今は連れが待っているので。またどこかでお会いしたらその時に」
「分かりました。お優しいんですね、ウフフフフ」
「そんな。じゃあこれで」
「はい、本当にありがとうございました」
虎蘭さんがまた深く頭を下げていた。
俺は別れて自分の部屋へ戻った。
冴姫はいなかった。




