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躊躇い

「しっかし、まあよぅく下がったわねぇ」

 金曜日の放課後、かわいい先輩が部室でネットを見ながら、声を上げた。

 日経平均株価が史上最高値を更新しただの、初めて4万円を超えただの、新NISA開始とともに大騒ぎしてたのに、今週の下げ方は酷かった。

 思えば月初は4万円を超えていた。

 それが金曜日の終値は37,000円、半月余りで3,000円の棒下げだ。


 株安の原因は、いろいろ語られる。

 ただ、イランとイスラエルの激しい対立が、背景にあるのは疑いないと思われる。

 原油価格の高騰、戦争による自由な経済活動の阻害。

 こうした想定が先々の業績不安につながり、株価を下げる。

「と、聞けばわかりやすいんだろうけど」

 かわいい人は笑う。

 たぶんそれもただの理由づけにすぎなくて、株価を動かしたい人たちの格好の材料になっているだけ

「って思うんだよなあ」

 株価の変動要因などわからない。

「ぐらいに思っておいたほうがいい」

 とも言った。


「じゃあ、なにを根拠に投資するんですか?」

 おおぞらと名乗る新入生が銀縁眼鏡を光らせて陰気に尋ねた。

「それはおいおいね。ただ、ひとつ言えるとすれば、絶対なんてことはないってことかな」

「え、そうなんですか?」

「そだよー。いくら利益が増えても株価が下がることもあるし、逆に利益が減ってるのに上がることだってある。どーなるかなんて誰にもわかんないんじゃないかな」


 顧問は新入生二人に、株価の方程式を説明した。

 株価=EPS×PER

 EPSは企業の実力

 PERは市場の人気

 だから、株価=企業の実力×市場の人気


「気をつけなければならないのは、EPSもPERも変化するってことです。去年まで絶好調でも、ブームが過ぎて売上が激減すれば、当然EPSは下がります」

 顧問の説明を聞きながら、そのとおりだとは思うものの、この説明を新入生がどう聞いているのか、理解という観点から甚だ怪しいものだとも思った。男のほうは律儀にノートに取っているが、変化の意味を肌身に感じているとは思えない。気をつけなければならないと言われて、なにをどう気をつけなければならないのか、この説明でとても理解できるとは思えない。しかし、これ以上に口で何かを加えたところで、理解が深まるとも思えない。学習とは聞くことや読むことから入るしかないにせよ、実際に自分でやってみなければ理解も体得もかなわないということであろう。


 などと考えていると

「一年経験したことから、なにか言うことはありますか?」

 と顧問から直々に指名された。なにかとは、あまりに漠然とした質問だと内心苦笑したが、

「経験が様々なことを教えてくれる。今は基礎を習得し、実践で学習したことを復習すればよいと思われる」と回答した。顧問はなぜか苦笑した。


「今、経験が様々なことを教えてくれるとの発言がありましたが、これはまさにそのとおりで、株式投資に限らず、人生すべてに通じることだと思います」

「例えば、あなたたち高校生は学校で勉強しますが、ただ授業を受けたからといって、あるいは教科書をひととおり読んだからといって、身につくものではありません。数多くの問題を解けば、理解できていないことがわかりますから、学校の成績を伸ばしたければ、クイズだと思って問題を数多く解くことです」

「他にもいろいろありますよ。世の中には、誰かのために、誰かがやらなきゃいけないことがいろいろあります。学校で言えば、風紀係などクラス委員のように。これって、大抵は面倒だから、誰もやりたがらないものですが、やってみないことには、どういうことがあるのか理解できない。やってみると、意外な人間関係ができたり、自分の中に新しい視点が生まれたりすることもあるかもしれない。面倒だからといつもいつも拒否ってる人がいますが、案外、貴重な経験の場を自ら放棄してるのかもしれないですね」


 経験が様々なことを教えてくれる。

 わたしの場合、目先の話は、後輩の指導がそうだろうし、自分のポートフォリオに何を加えるのかもそうだろう。

 進級して投資元本が100万円追加されたはいいけれど、ぼやぼやしているうちに、ゴールデンウィークが目前だ。さっさと決めなければならない。部活引退という時限爆弾を抱える身には、資金を遊ばせておくことは投資機会をみすみす逃すことになる。


 ところが、新年度になってから、日経平均株価がかくの如き下げを見せた。

 はたして今買っていいものかとの迷いが生まれた。

 日経平均株価が上がり続けるときには、いわゆる優良株の株価が上昇した。買える水準を超えた銘柄が少なくなかった。

 しかし、売りが売りを呼ぶような状態になれば、優良株の株価も妥当な水準まで落ちる可能性がある。それは優良株を得るチャンスと言える。

 ならば、市況の様子を見た上で、安値で買える頃合を待つのもひとつ。と考えたのだ。


 未来のことはわからない。

 実に些細な話ではあるが、ここで優良株が下がるほどの暴落があるかどうか、態度を決めかねる自分がいる。これは、これからの人生において、貴重な投資経験になるのではとも考えた。ときどきにおいて判断をしなければならない。それをギャンブルと呼ぶのか、意志と呼ぶのか、選択と呼ぶのか、ともあれ、逡巡する今があり、決断を下すまでそう多くの時間をかけられない立場にある。


 たとえば、3769 GMOペイメントゲートウェイ。

 高成長の実績と、今後の継続的成長期待から、人気ある銘柄のひとつだが、買うには金額的にも、PERの数値的にも、手を出しづらかった。

 しかし、今週の暴落はこの銘柄にも及び、かなりのところまで落ちてきた。これがもう一段下がるようなら、優良株を適当な水準で拾えるかもしれない。


 2024年4月19日現在 わたしのポートフォリオ

 ・1678 NEXT FUNDS インド株式指数 Nifty50 連動型上場投信 1,400株 買値300円 株価350.9円 時価491,260円 含み益71,260円

 ・2579 コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス 200株 買値1,530円 株価2,126円 時価425,200円 含み益119,200円

 ・5888 DAIWA CYCLE 200株 買値1,800円 株価2,041円 時価408,200円 含み益48,200円

 ・6623 愛知電機 100株 買値3,615円 株価4,035円 時価403,500円 含み益42,000円

 ・8306 三菱UFJフィナンシャルグループ 400株 買値1,067円 株価1,500円 時価600,000円 含み益173,200円

 現金 1,146,903円

 時価総額 3,475,063円 含み益475,063円 含み益率16%


 仮想運用分

 ・6758 ソニーグループ 買値14,540円 時価12,530円


 市場が下がったほどには、ポートフォリオの打撃は少なくて済んだ。

 ひとつには、PERが高い銘柄を選ばなかったからだと考える。市場人気がもともと低い銘柄の場合、全体が下がったところで、もともと高いところにいないだけに、下げ幅に限度がある。と認識する。

 無論、それとて、前提はEPSが見込みどおりに推移すればの話。

 仮に市況悪化が保有銘柄に直接的な影響を及ぼし、EPSの低下を招くなら、人気ない水準だったはずのPERも買われすぎだったとなる。さすれば、株価は底を抜けざるを得まい。


 ともあれ、わたしには躊躇いがある。

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