兄と弟妹
ナタリアが地下室を出ていったので、ボクは潜んでいた別の柱の陰から出た。直後に転移装置の上にナルサスが現れる。といっても、装置を使って帰ってきた訳ではない。ナルサス自身が、単身なら転移魔法を使えるのだ。
先程姿を消したのも実は転移魔法だが、事前に話を聞いていたボクでも転移装置を使ったと見紛うものだった。今現れた時のような魔力の揺れが全く無かった。芸が細かい。ナタリアのためなら、それがナタリアの計画の裏をかいて驚かせるためだとしても、ナルサスは決して手を抜かないのだ。
「まだ時間はあるよね?」
「ああ。ナタリアは今出て行ったばかりだからな。ニーナが来るまでは大丈夫だ」
「もう少しウサギの様子を見てても良かったね」
転移装置を使わずとも、ナルサスは転移されたウサギがきちんと役目を果たしているか確かめてきたようだ。満足そうなナルサスの表情から、ウサギ達は良い仕事をしているらしい。
ナタリアは知らないが、あの6羽は叫びウサギという珍しい種類のウサギだ。極度の寂しがり屋で、複数でいれば大人しく固まっているが、単体にされると名前通り叫んで仲間を呼ぶ。その叫び声が凶悪で、大音量なだけでなく衝撃波を発生させるのだ。転移先が如何なっているのか聞くのが怖い。
「これで、転移装置を闇取引とか、刺客を送るのに使おうなんて馬鹿な連中は懲りただろうね。転移先の承諾が無ければ転移出来ないようにした、改良型が出せるよ」
転移装置を開発したのはナルサスだ。試作品をあくどい商家や暗殺者と繋がりのある貴族にわざと渡し、生物兵器を送り込んで壊滅させるなんて、どこのダークヒーローだよ。
「だけど、ウサギを送ったのはナタリアだって、バレたら如何するんだ」
「何処にそんな証拠が有るの?」
あ、こいつ今転移装置の記録情報を消去したな。製作者なら証拠隠滅も朝飯前か。
「ナタリアが送ったのは、ごく普通の可愛いウサギだよ?今頃チョーカーを着けたウサギが、王弟殿下の屋敷や魔法局でピョンピョン跳ねてるはずだよ?」
代わりのウサギも手配済みか。こういう所が本当に抜かり無い。
まだ7歳とは思えないナルサスの手腕に驚くというより呆れていると、ニーナが地下室にやって来た。彼女にはナタリアが館を出たら知らせるよう、頼んであったのだ。
「ナタリアは誰にも見つからなかった?」
「ええ。お姉様は無事誰にも見られず外に出たと、思っていらっしゃるはずよ」
「ありがとう。ああ、お礼にこれを」
ナルサスの手には、同じデザインの6つのチョーカーが握られていた。
「ナタリアが用意したのだから」
「わかったわ、手元に置いて誰にも渡さないから」
ナルサスはニヤリと笑い、魔力を揺らして消えた。
「なぁ、同じチョーカーが6つもあっても無駄なんじゃないか?その魔石、売ったら良い値が付きそうだし」
目を細めてチョーカーを眺めるニーナに言うと、鼻で笑われる。
「分かっていませんわね。お姉様がお求めになったものですわよ、他の者に譲ったり、ましてや売るなんて言語道断ですわ」
「そうか?でもナルサスも、ウサギにはもったいないと思ったから回収して来たんじゃ」
「貴方って心底愚かですのね。でも、だからこそ今まで五体満足で生きてこられましたのね」
如何して突然そんな物騒な話に跳ぶんだ。
「ナルサスは、たとえウサギであってもお姉様から贈り物をされるのを許せないだけですわ。あの子達、6羽とも雄でしたし」
「ああ……」
「お姉様が貴方に贈った物も、いつもすり替えられていたでしょう?え、まさか気づいていなかったと?」
そのまさかだ。でも気づいて文句の一つでも言っていたら、ナルサスに何をされていたか。
「良かったですわね、鈍感で注意力散漫で恋愛経験に乏しくて恋愛感情に疎い朴念仁で」
「そう言うニーナも、ナルサスに同族嫌悪されなくて良かったな」
軽口を叩き合いながら、地下室を出て館の外へ向かう。使用人達の生暖かい視線が集まるが、気付かない振りでやり過ごす。
ニーナとの婚約が正式に受理され、ボク達は婚約者となった。だが恋人同士の甘い雰囲気は皆無だ。それでも仲が悪くはないし、近しい者達はナルサスのナタリアへの偏愛を知っているから、薄っすらと事情を察してボク達をそっとしておいてくれている。
そして何も知らない世間からも、ボク達が厳しい目を向けられる事は無い。ナルサスが情報操作でもしたのだろう。夜会での婚約解消なんてバカをやったにしては、ボクもニーナも平穏に暮らしている。
しかしナルサスは何処を目指しているんだ?敵対勢力を潰し情報操作でナタリアとの純愛を印象づけて、国王陛下を始め城の上層部を掌握している。国でも乗っ取るつもりか?
庭の木立から垣間見ると、隠してあった地味な馬車にナタリアが乗り込むところだった。御者台に座るのは、フードを目深に被って顔を隠した小柄な男の子。転移魔法で先回りした我が弟だ。
行ってらっしゃい、ナタリア。束の間の自由を楽しんで。




