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弟と番

 気絶したナタリアを抱え込んだままウトウトしていたら、いつの間にか東の空が白み始めていた。僕の身体は子どもサイズに戻っていて、抱えていたはずのナタリアの腕の中にある。成長促進の魔法はまだまだ改良の余地がありそうだ。少なくとも半日は持続しなければ欲求不満になりそうだ。


 ナタリアはぐっすり眠っている。この様子なら昼前まで起きないだろうから、今のうちにちょっと出掛けてこよう。ナタリアの寝顔を録画するためにチョーカーうさぎの縫いぐるみの置き場所を変えてから、僕は1人、転移で跳んだ。


「やあ、おはよう」

「……流石に早過ぎるだろう。まだ夜明け前ではないか」

「年寄りは早起きだから、もう起きてると思って」

「今起きた。わたしを永眠させるつもりでないなら、その刃を仕舞ってくれ」


 魔王の首筋に当てていた氷の刃を、一瞬で粉々にする。今のところ魔王を倒す予定はない。魔王が僕の邪魔さえしなければ。


「其方、前回の記憶があるのか?」

「無いよ。でもアンタは僕を知ってたみたいだね」

「其方自身ではなく、其方と同じ魔力の持ち主を知っている。先々代の魔王だ」

「ふーん、それが僕の前世?」

「たぶんな」

「もしかして、ナタリアのことも知ってた?」

「同じ気配の持ち主なら知っている。先々代の魔王が一目惚れして拐ってきた、人間の姫だ」


 僕の愛は前世からのものらしい。竜族でいう番のようなものなのか。だがあのトカゲも、ナタリアを番だとか言っていた。ナタリアの運命の相手は僕で間違いないけれど、如何してあのトカゲは勘違いしたんだろう。


「ねぇ、前の僕かナタリアと、トカゲ──竜族って何か関係があった?」

「ああ。簡単に言えば、三角関係だな」


 魔王はニヤリと愉快げに笑って、およそ500年も前の事だという昔話を語りだした。


 先々代の魔王は、一目惚れして拐ってきた姫と結婚した。拐ってきたと言っても、実家で虐げられていた姫にとっては救われたようなもので、夫婦仲は良好だった。だが魔王領の空気が姫の身体に合わなかった。だから先々代の魔王は退位して、姫と2人で転地療養する事にした。それが魔王領との境目の街の始まりだ。

 元魔王と姫は2人、仲良く幸せに暮らしていた。それなのに、元魔王の留守中に竜族の青年が姫を拐った。拐われるのはお姫様の宿命だが、当然元魔王は怒り狂った。自分の過去を棚に上げて、竜族の国で暴れ回った。その混乱の最中に姫は死に、嘆き悲しんだ元魔王は竜族の大半を道連れにして爆死した。


「……説明の仕方に悪意を感じるんだけど」

「気のせいだ。先々代の魔王はとても情熱的な方だったよ。たった1人の人間のために、竜族を滅亡の縁に追い込む程に。お陰で竜族には恨まれるし、姫を拐ったせいで人間にも嫌われるし、先代の魔王様は苦労なさってた」

「やっぱり恨み言が混ざってるよね。僕に言われても困るんだけど」

「そうだな。魂を受け継いでいたとしても、其方と先々代の魔王は別の存在だ。だが、同じ魂を持つだけあって、其方と先々代の魔王は似ているのではないか?」

「そうかもね。ナタリアに危害を加えられたら、魔族だろうと殲滅するかもね」

「そうならぬよう、ありとあらゆる守護を付与した最高の魔導具を作ってやったろう?」

「ナタリアのネックレスはね。でも、僕のネックレスに魔力抑制の付与がこっそり混ざってたのは、如何してかな?」

「細君のご希望だったよな?」

「キャンセルしてたはずだけど?」

「そうだったか、それはすまなかった。近頃年のせいか、物忘れが酷くてな」

 

 500年前に死んだ先々代の魔王を直接知っているなら、魔王は500歳以上の年齢だ。でも長命な高位魔族は何千年と生きる者もいる。少なくとも目の前の魔王は若々しく、物忘れが酷くなるような年齢には見えない。


「まあ良いや。魔力抑制の魔法だけは解除したから。でも今度余計な事をしたら、僕また遊びに来るからね」

「もっと常識的な時間に来るなら歓迎しよう」

「もう二度と来たくないんだけど。ナタリアと過ごす時間が減るじゃないか」

「夫婦揃って来れば良い。其方の国とは国交を結ぶ事にしたからな。近いうちにこちらからも挨拶に行くと、兄君に伝えておいてくれ」


 どんなに威圧を放っても、魔王は飄々としたまま、余裕綽々といった態度を崩さなかった。今のところナタリアには関心が無さそうだが、僕に対して含みがあるようだから油断は出来ない。僕への嫌がらせの一環で、ナタリアにちょっかいを掛けそうだ。


 今はまだ魔王と敵対するのは避けなければ。でも大人になれば魔力も増えて、互角以上に戦えるようになるはず。成長促進の魔法を急いで改良しよう。


 帰宅した僕は、まだ眠っていたナタリアの隣に滑り込んだ。寝惚けたナタリアの細い腕に囲われて、またウトウトと微睡む。眠っている間に悲しい夢を見た気がするが、目覚めた時には忘れてしまっていた。


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