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包囲網と未来

 我が国と魔王領との国交が結ばれることになった。人間の国としては初めてのことであり、ニコラスが窓口となって対応に追われている。宰相補佐としてただでさえ多忙なニコラスが更に忙しくなり、ニーナとの結婚はまだ暫く無理そうだ。侯爵夫人が今のうちに侯爵家で花嫁修業をと誘って下さったが、当のニーナはのんびりしたもので、


「ずっと侯爵家でナルサスを育てていたお姉様が、やっと家に帰って来たのに。せっかくお姉様と同じ家で暮らせる幸せを、また奪われるなんてあんまりですわ」


 なんて言って、辺境伯家から移る気は無さそうだ。


 調印式に訪れる魔王様が辺境伯領にも立ち寄る予定なので、ニコラスは我が家にも頻繁に訪れている。と言うより我が家が自宅かのように、毎晩泊まって翌朝転移装置で出勤してゆく。安全性を高めた転移装置が王宮近くにも設置され、侯爵家に寄るより時間の節約になるのだそうだ。というのは建前で、ニコラスは王都に戻ってきた母親と顔を合わせたくないのだろう。


「ボクも辺境伯家に婿入りしたいよ。侯爵家を継いだら確実に胃だけじゃなく髪までやられる」

「侯爵家の跡継ぎは如何するのよ」

「親戚から誰か引っ張ってくればいいだろ。ボクはこれ以上働けない」

「素敵ですわ!ニコラスもウチに来れば、お姉様と一生一緒に居られますわね!」

「ニーナ、ナタリアは僕のだからね」

「そこは弁えてますわ。でも、わたくしがウチの仕事を手伝えば、貴方がお姉様と過ごす時間も増えますわよ」

「……一考の価値はあるね。むしろニーナが辺境伯家を継いで、僕とナタリアが軍事を引き受けても良いかも」


 3人は乗り気なようだが、そうなると国王陛下の心労が増えそうだ。ただでさえ魔王様との会談を控え、緊張で眠れないとの愚痴めいたお手紙が届いたばかりなのに。周辺諸国からの探りや牽制も多いらしく、ニコラスによれば、めっきり頭髪が寂しくなられたそうだし。魔王様、髪の毛を増やす魔法とかご存知ないだろうか。


 ニコラスは、他人の毛髪を思いやる余裕は無いようで、侯爵家を継げそうな親戚をリストアップしている。本気でウチに来る気なんだろうか。それとも忙し過ぎて現実逃避しているだけなのか。目の下にクマが出来たニコラスの横顔を、気の毒に思いながら眺めていると、横からずいとナルサスが頭を割り込ませた。


「ナタリア、何で僕から目を逸らすの?」

「だって……ナルサス、如何して大人の姿になってるの?」

「兄さんより僕に、見惚れてもらいたくて」

「別にニコラスに見惚れてないわよ」

「そうだとしても、僕以外を視界に入れないで」


 難しい要求だ。特に大人の姿のナルサスの前では困難だ。ナルサスは最近また、成長促進の魔法を使うことが増えた。そして私に尋ねるのだ。魔王様とナルサス、どちらが私の好みかと。私の答えは毎回決まっているのに、何度も繰り返し尋ねるのだ。


 格好良すぎて直視出来ない大人ナルサスから逸した視線の先、柵に囲まれた一角でウサギが跳ねる。ニコラスが王都の侯爵家で飼っていた子達を、先日連れて来たのだ。癒やされる。美形を至近距離で見てしまったせいで騒がしい心臓を、落ち着かせてくれる。


「……ナタリア、僕はあのウサギ達と同類なんだ。1人にされると寂しくて悲しくて、ナタリアを呼んで泣き叫ぶ声で周囲を壊滅させるんだ」

「ウサギの鳴き声は可愛いわよ。凶器にはならないわ」

「ナタリアが居なくなったら、僕は大声で禁呪を叫びまくるからね。だから絶対に、僕を独りぼっちにしないで」

「分かったわ。ナルサスを1人にしないって約束する」

「ちゃんと僕の目を見て言って!」

「元の子ども姿に戻ってくれたらね」


 私はまだ大人ナルサスの美麗な顔に慣れない。成長促進の魔法はどんどん改良され、効果が長時間になってきている。でも大人ナルサスと過ごす時間が増えても、一向に慣れる気がしない。この麗しいお顔で甘い言葉を吐かれると、やっぱり逃げ出したくなる。

 でも、いったい何処に逃げられるというの?


 今やナルサスは我が国を完全に掌握し、帝国への道は断たれ、竜の国はナルサスの傘下に置かれている。魔王領は転移装置が運び込まれて行き来が簡単になったけど、ナルサスは魔王様と仲良くなったらしく、先日魔王城に遊びに行ったと聞いた。唯一ナルサスと互角に渡り合えそうな魔王様が、ナルサスの味方になったのだ。もうこの世界の何処にも逃げ場なんて無い。


 あとは妖精界とか精霊界とか異世界とか?


「僕ね、成長促進の魔法が完成したら、今度は別世界への転移魔法を研究しようと思うんだ。それと並行して死者を生き返らせる魔法も」


 逃げ道がどんどん塞がれる。いや流石にあの世に逃げようとは思わないよ?


「冥界の神は男らしいから。ナタリアが拐われても取り返しに行くからね。僕は誰にもナタリアを渡したりしないし、ナタリアを逃がすつもりもないから」

 

 グイと顔を近づけられ、視界いっぱいをナルサスに占領される。まともに目を合わせてしまったら、もう逃れられない。惹き付けられて逃げられない。

 私はもう、永遠にナルサスに身も心も囚われて、逃げられそうにない。


これにて本編完結です。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。


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