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兄と妹

「じゃ、準備が出来たら連絡してね、ニコラス。監視が厳しくなったから、ニーナづてでも良いから。ニーナ、面倒をかけてごめんね」

「いいえ、お姉様。お姉様のためならどんな困難でも乗り切ってみせますわ。ワタシにお任せください!」

「ありがとうニーナ、大好きよ!」

 

 チュッとニーナの頬に口づけたナタリア。頬を染めたニーナの頭を撫でた手でドアノブを掴み、薄く扉を開けて廊下の様子を窺う。誰もいないことを確認し、ナタリアは手を振りながら部屋を出ていった。


 手を振り返していたニーナが、ナタリアが居なくなった途端に顔を蕩けさせる。可憐な少女の顔面が崩壊するのを、ボクは残念な気持ちで眺めていた。この顔を、ニーナに想いを寄せている有象無象に見せてやりたい。女性に対する幻想を、粉々に打ち砕くことだろう。


 ボクの婚約者になる予定のニーナは、いわゆるシスコン、それもかなりの重症患者だった。婚約解消の場で口にしたボクへの好意も嘘っぱち、口から出まかせだ。ボクとの婚約を受け入れたのも、


「お姉様に頼まれたから貴方と婚約しますけど、ワタシの最優先は変わらずお姉様ですから。そこは勘違いしないでくださいね。まあでも貴方との結婚はお姉様の側にいるのに好都合ですし、跡取りの一人くらいは産んであげますからご安心を。お姉様はナルサスと結婚されるでしょうから、一緒に子育ても楽しそうですわね」


 という打算的な理由からだ。本人は戦略的婚約だと言っていた。


「で、もちろん阻止しますのよね?」


 ナタリアとの逢瀬の余韻に浸っていたニーナが、現実に戻ってきた。ボクは肩を竦める。


「特に何もしなくても、勝手に失敗するさ。あんな杜撰な計画が上手くいくとは思えない」

「そうですけど。間違ってもお姉様と離れ離れになりたくありませんもの」

「大丈夫だろ。下手に手を出してナルサスの邪魔になるより、言われた事だけやって後は静観するべきだ」


 まかり間違ってボクのせいでナタリアが国外に逃げたりしたら、ナルサスとニーナに殺される。ボクはまだ死にたくない、だからナタリアを裏切って、ナルサスに情報を流した。ナタリアがボクとの婚約を解消して国外に逃げるつもりだと、知らせたのだ。


 ナタリアの立てた計画では、婚約を解消された失意のナタリアが姿を消すことになっていた。わざわざ夜会で婚約解消するのは、その方がダメージが大きいからだと言っていた。傷付いて出奔するのに説得力が増すからと。

 それは裏を返すと、出奔するほどのダメージをボクがナタリアに与えた、という状況だ。そんなのナルサスが許すはずがない。最近身の危険を感じることが多くなっていたが、積極的に殺されにいくのとは訳が違う。だからボクは、我が身可愛さに保身に走った。ボクが知らせた時には、既にナルサスはナタリアの企みに気づいていたが。


 ボクからナタリアの計画を聞いた時、ナルサスはとても機嫌が良かった。


「可愛らしい計画だよね。こんな物まで用意して」


 ナルサスの手にした便箋には、ナタリアの流麗な字で『探さないでください ナタリア』と書いてあった。


「こんな物を残したくらいで、僕がナタリアを探すのを諦めると思ってるのかな?ナタリアはしっかりしているようで、ちょっと抜けてるよね。そこが可愛いんだけど」

 

 ここで同意してはいけないし、反対してもいけないとボクは経験上知っていた。ボクが沈黙していると、ナルサスはますます機嫌良く、実の兄ですら見惚れるような極上の笑みを浮かべた。


「正解だよ兄さん。やっと身の程を弁えてくれたんだね、嬉しいよ」

「ボクは今までも、身の丈に合った生き方をしてきたつもりだが」

「そうかな?兄さんはナタリアの理想的な婚約者だって評判だよね。僕から逃げ出すための相談をされるほどナタリアに頼りにされてるし。近頃僕は毎晩違う方法で兄さんを送る夢を見るんだけど、これって正夢なのかな」

「今ボクに話したから正夢にはならないよな?あと、ボクはあくまでも仮の婚約者だけど、婚約者の義務は果たさないとナタリアが可哀想だろ」

「分かってるよ。だから今までは見逃してきたんじゃないか。でもそろそろ、ナタリアを僕に返して欲しいと思ってたんだよね。そのためにナタリアの計画は丁度良いから、兄さんは最期まで当て馬役をよろしくね」

「最期までなんて言わないでくれ。最後まで当て馬頑張るからさ」

「さすが兄さん、危機回避能力は抜群だね。その調子で、あと少しの間だけ僕のナタリアを危険から守ってね」


 無理だ。一番の危険人物から守れていないのだから。そう思ったが、口には出せなかった。


 ナルサスが一人で隣国に行くという餌を撒くと、ナタリアはあっさり食いついた。ナルサスの掌の上で踊らされているとも知らず、ナタリアは夜会での婚約解消をボクに指示。そしてナルサスの予定通り、ナタリアにとっては予定外に婚約者が変更された。

 いやナタリア、少しは疑えよ。ナルサスが居ない時に都合よくウチで夜会が開かれたこととか、ナルサスとの婚約が即日通ったこととか。罠に掛かったって何故気付かないんだ?


「お姉様はしっかりしているようで、ちょっと抜けてますわよね。そこが可愛いんですけど」


 ニーナがナルサスと同じことを言っている。この二人は似た者同士だ。だから好みが似てるのか。

 ごめんなナタリア、ボクは小心者なんだ。この二人を敵に回すのは荷が重すぎるんだ。


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