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兄と魔族

 大通りの突き当たりにあるお店にナタリアが入っていったのを確認し、ボク達はお店の丸窓に忍び寄った。壁際に身を寄せて店内を覗くと、女性店員がナタリアと話している。もう一人男性の店員が居たがカウンター内で作業をしているようで、ナタリアに近づく気配はない。ボクは緊張を解いて、ホッと一息ついた。


 ナルサスはというと、丸窓に貼り付いてナタリアを凝視している。認識阻害の魔法を掛けてはいるが、あまり見過ぎると不審に思われそうだ。気をつけろ、との意味を込めてナルサスの肩を叩いたが、煩わしそうに手で払われた。


「平気だよ。子どもが魔導具に夢中になっているように見えるから」


 傍から見ればそうかもしれないが、お前の視線は邪なんだよ。子どもが熱中する時のキラキラ感じゃなくて、ギラギラした感じなんだよ。ナタリアに気味悪がられるぞ。

 そんな本音を抱えたままで吐き出せなかったのは、ナルサスの視線が突然殺気を帯びたからだ。


「……おい、如何した?」


 ナルサスが纏った凍りつく殺気が痛い。低温やけどになりそうだ。

 ナルサスはボクには答えず、子どもらしさの欠片もない低く鋭い声で囁く。


「アン、裏口は見張ってるな?……ああ、気を抜くな」


 アンさんの応答があったようだが、ボクには聞こえなかった。アンさんはナタリアがお店に入ったと同時に、裏手に回っている。店の表側をボクとナルサスが見張り、裏側をアンさんの担当にしたのはナルサスだ。


「試着だとか別の商品があるとか言って奥に誘い、客を拐かす店も有るからね」


 との理由だが、そんな知識は7歳児が持つもんじゃない。ナルサスって本当に7歳か?時々分からなくなる。


 殺気立った店先とは裏腹に、店内のナタリアはとても楽しげに女性店員と話していた。店員は相槌をうちながらメモを取っていたが、そのメモを眺めながら何か悩んでいるようだ。一旦ナタリアから離れて奥へと下がっていった。

 暫くして戻ってきた女性店員が、二言三言言葉を交わし、ナタリアを店の奥へと連れてゆく。木製のドアの中へとナタリアを通し、パタンとドアが閉まった瞬間に、丸窓にかじり付いていたナルサスが弾かれたように動き出す。


「アン!ナタリアの気配が消えた!!」


 叫びながら店内に突入したナルサスに、ボクは一拍遅れて続く。ナルサスは奥の木製ドアのノブを回そうとしていたが、動かないようだ。


「代われ、ボクが鍵ごと壊してやる」

「待って!このドア魔導具だ、壊したらナタリアを追えないよ!」


 慌てて伸ばしかけた手を引っ込める。魔導具ならナルサスに任せた方が良いと判断し、ボクはカウンターから出てきた男性店内を牽制する。裏口から入って来たアンさんも合流し、ナルサスの背中を守って立ち塞がる。


「何ですか、貴方達。そこは関係者以外立入禁止で」

「さっきボク達の連れが中に入ったの、見てたんですけど。気配が消えたのは何故なのか、説明してもらえます?」

「それは」

「開いた!」


 ナルサスがドアを開けると、そこは明らかに店の建物には納まらない広さの空間だった。何かの工房のようで、魔導装置や工具が散乱している。左手奥にナタリアと、一組の男女がいた。女性店員と、もう一人も魔族の証の模様を顔に刻んだ、山羊角の男だ。

 その男が、突然の闖入者を目にしてナタリアを抱き寄せる。男にされるがままになっているナタリアに、ナルサスの魔力が一気に膨れ上がって爆発した。


「ナタリア!!」

「え、その声ナルサスなの!?」

「知り合いか?」


 山羊男がナタリアに尋ねる。美貌のうえに声まで麗しい。


「あ、はい、たぶん私の」

「僕の妻を返せ!!」


 またナルサスの魔力が爆発する。その度に、瞬間冷凍された魔導装置や工具が爆散する。凍りかけていたボクを、男性店員が部屋の外に避難させてくれた。ドアを出ると寒気は感じなくなった。


「ナルサスなのよね?その姿は魔法?」

「ナタリア、そいつ等から離れて!」

「ナタリアとやら、あんな子どもと結婚しているのか?」

「呼び捨てにするな!ナタリア、早くこっちに来て!」

「ええと、取り敢えずナルサス落ち着いて……」

「ナタリアを離せよこの人攫い!」

「貴方、今魔王様を侮辱しましたわね?」

「え、魔王なんですか?」


 ひっちゃかめっちゃかな工房内をドアの外から眺めつつ、ボクは幾分か冷静さを取り戻していた。冷静になんてなりたくなかった。これはたぶん、ボク達の勘違いからの空回りだ。

 あと魔王とか聞こえたのは気のせいだと思いたい。思いたいけど、山羊角の男は稀に見るガチ切れのナルサスの魔力暴走をものともせず、平然と防いでいるのだ。その点だけでも、魔族の中でも上位者だと推定出来る。むしろ魔王だと言われてしっくりきた。


「あちらの方は、魔王様ですか」


 嫌々ながら男性店員に確認すると、深ーく頷かれた。


「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。またご無礼のほどを、お詫び申し上げます」

「いえ、何か行き違いがあったのでしょう」

「弟が破壊した物は弁償いたします。皆様へのお詫びのぶんも含めて、お支払い致しますので──」

 

 シクシクと胃の痛みを感じながら、ボクは頭を下げる。


「──お手数おかけしますが、弟を沈静化させるのを手伝って頂けませんか?」


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