兄と見守る弟
丸い屋根の建物、ゆったりと布を巻きつけたような服装の人々、明らかに人ではない住民、強い香辛料の香り。到着したのは、そんな異国情緒溢れる場所だった。少し歩けば屋台の売り子から声が掛かるような、活気のある街だ。
魔族が半数を占めるこの街では竜族や獣人なども数多く、人型ではない住民もあちこちで見掛ける。そのせいか、街の広場にドラゴン君が降り立っても、ほとんど見向きもされない。ナルサスが掛けた認識阻害の魔法は、対象の見た目の印象を変化させるだけらしいので、周囲にもドラゴンが見えているはずなのだけれど。
「あ、母が居ました」
ドラゴン姿から人型に戻った少年が、少し背伸びをしながら大きく手を振る。彼の視線の先では、同じように手を振る女性が小走りでこちらを目指していた。
「ナタリアは?」
基本ナタリアにしか興味の無いナルサスが、女性に尋ねる。彼女にもナルサスのストーキングは知らさせていたようだ。驚きもせずナルサスに答える。
「この通りを真っ直ぐ奥に、歩いて行かれました。アンは陰から警護しております」
「一緒じゃないの?」
「一人旅の名目で来ているのだからと、ナタリア様が仰いまして」
「ナタリアは変な所でこだわるよね……」
宿を取るのは母子に任せ、ボクとナルサスはナタリアを追う。ナタリアの事だから、店を覗いたり露店で買い食いしたりしながら歩いているのだろう。直ぐに追いつくはずだ。
思った通り、3ブロックも行かないうちにナタリアを見つけた。串焼き片手に露店の店先で品定めしているナタリア。アクセサリーの説明をしている売り子は、良かった、中年の女性だ。
「ナタリアには空色が似合うのに」
「ああいった深い赤も似合うだろ。それはそうと、随分あっさりとナタリアが見つかったよな。これだけ人が多いのに」
「僕は群衆の中からでもナタリアを見つけられるよ」
「居場所を知らせる魔導具でも渡してるのか」
「僕の魔力を幾らかナタリアに混ぜてるんだ。ほら、竜族が自分の竜鱗を食べた相手が分かる、あれの応用だよ。まだ有効時間が短いから、毎日食べてもらわなきゃいけないんだけど」
人間には鱗が無い、代わりに何を食べさせた?いや知りたくない。きっとナタリアも知りたくないはずだ。こいつは絶対にナタリアの許可を得ていないと確信が持てる。ナタリアは知らぬ間に、日々ナルサスの魔力を込めた何かを摂取させられているのだ。
着々と包囲網が敷かれ、例え逃げ出せたとしても即刻居場所を特定する手段を講じられているナタリア。知らぬが花とはよく言ったもので、一人の時間を満喫しているつもりのナタリアは、何処かウキウキしているように見える。でも全てがナルサスの掌の上だ。不憫だ。
「そういえばアンさんは?」
ナタリアに視線を固定したまま、ナルサスはナタリアが覗いている露店の脇を指差した。路地の日光が切れた辺り、建物の影に、更に濃い影がある。ボクが目を凝らすと濃い影が揺れ、薄っすらとアンさんが浮かび上がり、軽く会釈してくれた。陽炎みたいだ。
「暗部の人って凄いんだな」
「ナタリア、あれ買うんだ」
ナルサスと会話が噛み合わないのはよくある事だ。ナタリアは、勧められていた真紅の石がついたネックレスを買うようだ。その場で付けてもらっている。売り子が女性で、本当に良かった。
支払いを済ませたナタリアが歩き出したので、ボク達も尾行する。どう取り繕ってもこれは尾行だ。認識阻害の魔法のお陰でナタリアに見られてもボク達だとは分からないので、尾行スキルが低くても何とかなる。
ナタリアはちょくちょく立ち止まっては進み、また立ち止まってを繰り返す。ナタリアが足を止めるのは圧倒的に食品を扱う屋台が多い。ナタリアが元々食い意地が張っているためもあるが、この街に充満するスパイシーな香りが食欲を刺激するのだ。
ただ、確かに美味しそうな匂いだが、この街の名物らしい香辛料たっぷりの料理は胃に負担が掛かりそうだ。万年胃薬のお世話になっているボクには向かない。でもナタリアは気に入ったようで、1つ食べては次を買いと、常に食べ物を手にしている。食べ歩きは楽しいけど、あれは食べ過ぎだろう。あの細い身体の何処に入るのか?
そうやって街を満喫していたナタリアは、小さな広場になっている場所に立ち寄った。大道芸人が集まって、演奏したり踊ったり、曲芸を見せたりしている。球乗りしていた若い男がナタリアに向けてウインクした。なんてこった。
「抑えろ!」
反射的にナルサスの肩を掴むのと、球乗り男が派手に地面に落ちるのとが同時だった。側で踊っていた踊り子が、球乗り男の手を引いて立たせ、二人で踊り始める。見物人達は、球乗り男がお調子者っぽく振舞っていたため、そういう演目なのだと思ったらしい。楽しげに拍手しながら見物を続けている。
でもボクは知っている。球乗りの球と地面の間に氷が張っていることを。球と地面を突然氷が接着したせいで、男は転がり落ちたのだ。
「ナルサス、あの程度のことで怒るなよ。サービスの一環だろ」
「怒ってないよ、不愉快だっただけ。だから、あの程度で済ませてやったんだ」
ナルサスに言い返される。反省する気は無さそうだ。
ボクはそっと胃のあたりを押さえた。やはり、この街の名物料理は食べられそうにない。




