兄と用意周到な弟
転移装置で旅立ったナタリアを涙ながらに見送ったナルサス。この所幼児化が著しかったが、ナタリアの姿が消えた途端に通常通りの態度に戻った。年齢に見合わない大人びた態度にだ。
「兄さん、離して」
要件だけを端的に口にして、ナルサスは身体を捻ってボクを睨んできた。ナルサスを羽交い締めにしていたボクは、はいはいと手を離す。
自由になったナルサスは、再び転移装置を起動させた。制御盤の前から本体の上へと移動しようとするナルサスに、待ったをかける。細い首根っこを捕まえると、ナルサスにまた睨まれた。今度は粉雪のおまけ付きだ。
「おい、何処に行くんだ」
「ナタリアを追い掛けるに決まってるよね?」
予想通りの答えに、ボクはゆっくりと首を横に振った。
「今回はナタリアの一人旅だろ?」
「うん、だから一緒について行くんじゃなくて、追いかける事にしたんだけど」
「お前が合流したら一人旅じゃなくなるだろ」
「残念ながら合流しないよ。兄さんが煩いから、不本意だし不満だらけだけど、こっそり内緒でついて行くだけ」
それはストーキングだ。本人の許可を得ていない時点でアウトだ。盗聴盗撮といい、如何してそう犯罪紛いの事ばかりするんだ。
「大丈夫、認識阻害の魔法を作ったから、ナタリアには気づかれないよ」
「大丈夫じゃない。バレないように策を巡らすとか、余計たちが悪い」
「如何して?陰からナタリアを見守りながら、不審者を排除するだけだよ?ナタリアの安全のためだよ?」
不審者が不審者を排除するのか。ナルサスが見張っていれば、確かにナタリアの安全は確保されるだろうが、周囲への被害が甚大になる。親切に道案内してくれた人とか、下心が無くてもナタリアと接触しただけで排除される人が量産されそうだ。
「護衛ならアンさんが居るだろ。あの人は王家の影なんだから、任せて安心だろ」
「何事にも絶対は無いよね?万が一ナタリアに何かあったら、兄さん責任取れるの?ナタリアに血の一滴でも流させたら、この大陸ごと氷の海に沈めるけど」
我が国どころか大陸の命運にまで責任は持てない。既に天井から氷柱が下がっている部屋の惨状を見ても、ナルサスに程々とか順当とかいった匙加減は期待出来ない。ボクが折れるしかなかった。
「……分かった。ただし、お前がやり過ぎないようにボクもついて行く」
「了解。じゃ、転移しようか」
「待て、せめて王宮に言伝させてくれ!」
慌てて部屋の外にいた使用人に伝言を頼むと、ボクはナルサスに転移装置へと押し上げられた。
転移先は竜の国にあるナルサス達の別荘だ。ナタリアはここから、竜族であるリュウの元妻に乗って移動する。ドラゴン姿で魔王領との境目の街まで運んでもらうのだ。
別荘の転移装置の脇には、竜族の少年が控えていた。転移装置をこちらで操作していたらしい。ナルサスより少し年上くらいの男の子は、母親と共に別荘の管理を任されているリュウの息子なのだろう。ナルサスを見ると姿勢を正し、深々と礼をする。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ナタリアは?」
「先程母が、庭にご案内しました。そろそろご出立されている頃かと」
「分かった。僕達も行こう」
先に立って案内する男の子は、どうやらナルサスが来るのを知っていたようだ。ナルサスのストーキング行為は、思い余っての突発的犯行ではなく計画的犯行らしい。
「ナルサス、手ぶらだけど着替えとかは如何するんだ」
「空間魔法で持って来てるよ。ちゃんと兄さんの服も準備してるから」
ボクを巻き込んだのも計画のうちらしい。実に用意周到だ。
別荘の玄関扉を少しだけ開けて外を覗き見ると、ちょうど赤っぽいドラゴンが空へと飛び立つ所だった。背中に見覚えのある籠型の鞍が括り付けられている。あの中にナタリアとアンさんが乗っているはずだ。
ぐんぐん高度を上げるドラゴンが豆粒程の大きさになってから、ボク達は外に出た。前庭で男の子がドラゴン姿になり、ナルサスが吊り下げ式のゴンドラを取り出す。
「え、この子に運んでもらうのか?」
「そうだよ?」
それが何か?とでも言いたげな口調のナルサスだが、そもそもドラゴンは乗り物ではない。それも、まだ子どもの竜族にそんな事をさせるのは……リュウならいくらこき使っても良いかと思うが……。
「兄さん、早く乗って。ナタリアを見失っちゃうよ」
「あ、ああ」
ナルサスに急かされて、ボクは釈然としないままゴンドラに乗り込む。考えるのは諦めた。当のドラゴン君が納得しているのなら、それで良しとする。
念の為に認識阻害の魔法をドラゴン君含めて掛けられて、ボク達はナタリアを追跡するべく大空へと飛び立った。




