兄と竜族
「え、この人結婚してますの?」
ボクの側で成り行きを見守っていたニーナが、思わずといった調子で呟いた。良かった、ボクの良識は間違ってなかった。既婚者が他の女性に求婚するのはおかしな事だった。
ニーナの呟きを聞き咎めたらしく、リュウがこちらに胡乱げな視線を向けてくる。
「ナタリアがオレを呼んでくれたから、妻とは先程離縁してきた。何の問題もない、番の方が大事だ」
リュウの言う理屈が理解不能なのはボクだけだろうか。竜族にとって番は唯一無二で、たとえ結婚していても番と出会ったら最後、離婚して番と一緒になるとは聞いたことがあるが。ナタリアが鱗をもらったのは、何年も前の話だよな?
ナルサスが不愉快そうに顔を顰め、ナタリアを守るようにギュッと抱き寄せる。時折ナタリアの周りで虹色の光が反射して見えるのは、結界なのだろう。きっとドラゴンブレスも跳ね返すような強力なやつだ。
ナルサスは、声だけは無邪気な子どもそのもので、ナタリアに尋ねる。
「ナタリア、長年連れ添った妻と子を棄てて、若い女性に乗り換えようとする男ってどう思う?」
「最低のクズ男ね」
「ナタリアは、そんな男と結婚したい?」
「絶対にお断りだわ。それに私、もうナルサスと結婚してるし。どうしてそんな事聞くの?」
ナタリアは未だに状況がよく分かっていないらしく、怪訝そうに首を傾げている。そういえば、ナタリアは竜族の習性を知らなかった。彼女にとっては、久しぶりに会った知人が何故か自分のせいで離婚したらしい、しかも自分の事を救い出すとか我が花嫁とか訳がわからない、といった所か。
「あのね、ナタリア。あのトカゲはナタリアと結婚したいんだって。そのために妻子を棄ててナタリアを迎えに来たんだって」
「え、何それ最悪」
ナルサスの状況説明を、ナタリアが一刀両断にする。ナルサスが満足そうな笑顔でナタリアに擦り寄る。その頭を撫でながら、ナタリアが絶対零度の瞳でリュウを凍り付かせた。似た者夫婦だ。
「リュウさん、私、貴方と結婚する気なんてありません。お引き取りください」
「いやだがナタリア、オレの鱗を食べてくれたろう?」
「いいえ」
「そんな筈はない、確かに感じたんだ。オレの魔力が取り込まれるのを感じたから、わざわざ」
「竜鱗を食べたのはナタリアじゃないよ」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたナルサスが、口を挟む。リュウが金の瞳孔をキュッと縦長くして、眉間に皺を刻む。
「適当な事を。竜の鱗は硬いのだ、番にしか噛み砕けない」
「確かに硬かったけど、凍らせて加熱してを何度も繰り返したら粉々になったよ?それを竜族と是非お近づきになりたいって人にあげたんだ。これを飲めば迎えに来てもらえるよって」
「そんな馬鹿なこと……」
言いながら、どんどん顔色が悪くなるリュウ。自分の魔力がナタリア以外から感じられるのに、今更気付いたのだろう。リュウは会場に残っていた何人かを順繰りに見遣る。筋骨隆々の戦士とひょろりとした学者とナヨナヨした吟遊詩人。全員男性だ。
「竜族の花嫁になりたいって女性は、残念だけど見つからなくて。でも竜族は同性婚も有りだったよね?」
「まさか本当に……。だがあの鱗はナタリアに渡したのだ、オレの番に!」
「勝手なこと言わないでよ。ナタリアは僕のだから」
「横取りなんて許さない。こんなに良い匂いがする番を、貴様なんぞに渡すものか」
「匂いで番かどうか判別するの?気持ち悪いなー、ナタリアの匂い嗅がないでよ」
ナルサスがサッと手を振ると、極小の炎が2つ真っ直ぐにリュウ目指して飛んだ。振り払おうとしたリュウの手を掻い潜り、炎はリュウの鼻の中へと飛び込む。
「ギャッ!」
「大袈裟だな、嗅神経を焼き切っただけじゃないか。これで匂いが分からないから、番だとか如何でも良くなるよね」
万事解決、と清々しい顔でナルサスが言い切るが、当然リュウが納得するはずも無い。怒ったリュウは咆哮を上げ、再びドラゴンの姿に変身する。そしてナタリアへと、鉤爪の生えた前脚を延ばすが。
リュウはその姿勢のまま、瞬間冷凍された。一瞬の出来事だった。瞬きする間にドラゴンの氷漬けが出来ていた。周囲の気温はそのまま、小雪がちらつくこともなく。
「え?だって来るって分かってるんだから、罠くらい仕掛けとくよね」
何かは知らないが絶対にまともじゃない魔法を幾つもリュウに掛けながら、ナルサスがことも無げに言う。そりゃそうだ、ナタリアを攫いに来る輩に対し、ナルサスが無策で応じるはずが無い。
「ナルサス、ほどほどにしとけよ」
「うん、ちょっと乗り物になってもらうだけだから」
あまり安心出来ない答えが帰ってきた。でもドラゴンステーキにするとか言い出さないだけまだましか。
魔法で雁字搦めにしたリュウに、仕上げとばかりに鞍を乗っけるナルサス。満足そうに仕上がりを眺め、ひょいと鞍に跨った。そして、ナタリアに手を差し出す。
「お待たせ!ナタリア、今から竜の国へ新婚旅行に行こう!」
急展開について行けていないらしく、ナタリアはポカンと呆気に取られている。助けを求めるようにボクを振り返るが、すまん、ボクもついて行けてないよ。




