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兄とドラゴン

 ナタリアとナルサスの結婚式は、粛々と恙無く執り行われた。バージンロードを歩くナタリアのエスコートが辺境伯からナルサスに変わっていたり、誓いのキスが長過ぎてナタリアが酸欠になって倒れかけたりと、多少のハプニングはあったが概ね予定通りだ。

 新郎側の出席者はやはりボクだけになってしまったが、新婦側は親族が揃って出席し、皆さん微笑ましげに式を見守っていた。豪傑揃いの辺境伯一族だけあって、ナルサスのテンションが爆上がりして魔力が会場に充満していようと、どこからどう見ても7歳児のナルサスが新郎だろうと、細かい事は誰も気にしていない。


 結婚式が終わると、次は教会が建つ丘でのお披露目会だ。ここでも辺境伯一族は流石で、今朝見た時には何も無かった丘に天幕が建ち並び、料理の良い匂いが漂っている。野外演習で天幕やかまどの設営には慣れているらしい。

 それに、辺境伯家の使用人や私兵に混じって、近隣の領民達も飾り付けや調理に参加していた。ナルサスが歓迎されているようで、ひとまずは安心だ。


 辺境伯やニーナと軽食を摘んでいると、少し離れた所でワッと歓声が上がった。見ると、お披露目会用の衣装に着替えたナルサスとナタリアが、手を繋いでやって来るところだった。


 ナタリアは紺色のドレスに空色のショール。ナタリアが身に着ける装飾品にはこれでもかとプラチナや空色の魔石が使われていて、全身で『ナルサスの妻です!』と主張している。ナタリアはもう一生、空色の入ったコーディネートしか出来ないかもしれない。

 ナルサスの方は珍しく騎士服で、ナタリアの瞳と同じ紺色を基調としたものだ。普段は魔術師っぽいゆるっとした服が多いが、今日は特別な日だ。ナタリアが王宮の近衛騎士が格好良いと言っていたのとは、特に関係ないと思いたい。


 主役の登場を合図に、次期辺境伯である新婚夫婦のお披露目会が始まった。ナルサスとナタリアが簡単に挨拶し、辺境伯が乾杯の音頭を取ったら後は無礼講。貴族も平民も入り混じって、皆勝手に飲み食いしている。

 ボクも新郎の兄として、たまに挨拶されたり紹介されたりはあるけれど、それだって、


「やあ、よろしく」

「どうも、こちらこそ」


 程度で終わる。王都の揚げ足取りあい裏読みあいの面倒くさい社交とは大違いだ。やたらとバシバシ肩を叩かれたり、際限なく酒を注がれたりはあるが、とても気が楽だった。胃に優しくて嬉しい。


 ただ、このまま何事も無く終了する訳もなく。


「おい、何だあれ?」


 参加者の一人が指差した上空の黒い点は、見る間に大きくなり、1匹のドラゴンの形となった。巨大なドラゴン襲来に、瞬く間に会場は混乱する。辺境伯一族は武器をとり、領民達は慌てて逃げる。慌てながらも、ご馳走の載った皿を抱えて逃げているのが逞しい。


「迎えに来たぞ、我が花嫁」


 ドラゴンは空中でホバリングしながら、迷わずナタリアを見つけたようだ。ナタリアと、彼女の脇腹にべったり張り付いているナルサスの前に着地した。ナルサスを殺気の篭った目で睨んでいるが、当のナルサスはどこ吹く風。ドラゴンに睨まれても平然としていられる胆力を、ボクにも分けて欲しい。


「貴様、オレの花嫁から離れろ。幼いとはいえ他の男がオレの花嫁に密着しているなど、我慢ならん」

「僕が僕の奥さんにくっついて、何が悪いのさ」

「奥さんだと?ナタリア、まさかその餓鬼と結婚したなんて言わないよな?」

「結婚しましたけど……」


 ナタリアは困惑しているが、ドラゴンを恐れてはいないようだ。だが完全に不審者を見る目だ。


「そんな!だがナタリア、オレの鱗を食べただろう?そうか、その餓鬼との結婚から救い出して欲しいんだな?任せろ!」

「いいえ、結婚には納得、してるようなしてないような微妙な所ですが、貴方に助けて欲しいとは思ってません。だいたい貴方、誰ですか?」

「そうか、この姿では判らぬのも無理はないな」


 巨大な黒竜は、シュルシュルと縮んで人型になった。艷やかな黒髪に浅黒い肌、黒い瞳に金の瞳孔、黒衣を身に纏った全体的に黒っぽい男だ。背が高く、がっしりとした美丈夫。大人の男の色気が漂っている。


「ああ、もしかしてリュウさんですか?」


 ナタリアがポンと手を打って破顔する。リュウと呼ばれた竜族の男は、パッと顔を輝かせた。大人の魅力と少年のような無邪気な笑顔。これは強い、ナルサスは勝てるのか?


「そう、リュウだ。会いたかったぞナタリア」

「お久しぶりですね、リュウさん。私も会いたかったです」


 おいナルサス、大丈夫か?ボクの心配を他所に、ナルサスはまだ余裕がありそうだ。手にしたグラスのシャンパンに氷が張るくらいで済んでいる。


 やきもきするボクの心情など知らず、ナタリアはリュウと旧交を温める。


「あれからどちらに?」

「国に帰っていた。色々とやる事があって」

「傭兵は辞められたんですか?」

「ああ、今は竜の国の城で働いている。だから暮らしも安定している」


 こいつ、ナタリアとの結婚生活を見越して転職したのか?そこまでナタリアに惚れてるのか?いやでもナタリアがこいつに出会って鱗をもらったのは7歳の時だ。7歳のお子様相手にそこまで……でもナルサスも7歳だけど結婚したしな……。

 自分の中の常識が揺らぐ。しかもナタリアが、更にボクの良識を揺さぶる情報をぶっ込んできた。


「そうですか、良かった。これでリュウさんの奥さんや息子さんも安心ですね」


 え、こいつ結婚してるのか?


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