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いつもの朝とウエディングドレス

 その日はなんてことの無い、いつも通りの朝だった。目が覚めるとナルサスは既に起きていて、バッチリと目が合う。毎朝必ずナルサスが先に起きるので、私はここ数年彼の寝顔を見ていない。どうやら私が目覚める気配を察知して、瞬時に目が覚めるらしい。


「おはようナルサス」

「おはようナタリア。今日も可愛いね」


 サラリと甘い言葉を吐かれるのもいつも通りだ。寝起きの涎がついた顔が可愛く見えるなんて、ナルサスの視力は大丈夫だろうか。魔導書ばかり読んでいるから、眼鏡が必要になっているのでは?


 寝起きの悪い私がモタモタしているうちに、ナルサスが濡らしたタオルで私の全身を拭い、服を着せようとしてくれる。しかもナルサスは下着1枚で私の世話を焼くのだ。


「ナルサス、いつも言ってるでしょ。風邪を引くから、先に自分の服を着て」

「ナタリアが着せてくれる?でもナタリアも裸のままだと風邪引くよ。だから僕が先にナタリアに服を着せなきゃ」


 いつものように言いくるめられ、着替えさせられる。貴族令嬢は着替えも侍女に手伝わせるものだが、辺境伯家では有事に備え、必要最低限のことは自力で出来るように教育される。だから私も自分の事は自分で出来ると言っているのに、ナルサスは頑としてやりたがる。それも私が寝惚けてぼんやりしている間に手早く済ませてしまうので、あまり文句も言えない。


「次、僕の番ね」


 私の支度が終わると、ナルサスは私を拭いたタオルを差し出してくる。使いっ放し、そのままのタオルだ。一度洗いたいところだが、洗ってはいけない。すぐそこにお湯の入った桶があっても、濯いではいけない。あの桶は罠だ。

 私は受け取ったタオルでナルサスの身体を拭いてゆく。


「あー、ナタリアのエキス……」

 

 何か呟いているが、聞かなかったことにする。ナルサスは、私の涎や汗や何やかんやで、自分をコーティングしたいらしい。前にうっかりタオルを濯いでしまった時は大変だった。涙目で縋られて、


「僕に直接擦り付けるのと、僕の全身舐め回すの、どっちか選んで」


 との究極の選択を迫られた。どちらも選べなかった私は、もう一度服を脱いで全身くまなく拭いて見せ、事無きを得た。二度と同じ轍は踏まない。


 共に身支度が終わると、1階の食堂で朝食を取る。アンが給仕をしてくれるので快適だ。王都の侯爵家では、誰もが私達に近づくのを怖がったので、食事はいつも弁当にして届けられていた。美味しかったが、たまには温かい食事が食べたくて、私がスープを作ったりしていた。

 ここでは隣の厨房で作った料理がすぐに運ばれてくるので、スープはまだ湯気が立っているし、パンも料理も温かい。それに、毎日ではないが私の両親やニーナと顔を合わせることもある。今日は私とナルサスの二人きりだったが。


 朝食を食べたら、ナルサスと一緒に辺境伯領についての勉強だ。両親や家令に教えてもらったり、図書室で資料を見たり、視察に行ったりと色々やる。今日はナルサスが教会に行きたいと言うので、馬車に乗って少し離れた教会まで出掛ける事にした。丘の上に古くからある格式高い教会で、辺境伯一族の冠婚葬祭は大抵ここで執り行われる。


 到着すると、ナルサスは私をエスコートしながら裏手の建物へと入った。さっき館を出る時に見送ってくれたアンが、何故か迎えてくれた。


「ナタリア、ちょっとだけ別行動だけど我慢してね」

「え、うん、良いけど」

「やっぱり僕が我慢出来ないから一緒にお風呂に入ろうか」

「うん?わざわざ教会に来て、お風呂に入るの?」


 私が首を傾げて、うん?と唸ったのを都合よく了承と捉えたナルサスに、浴室に連れ込まれる。状況が飲み込めないまま流される私と、幸せいっぱいなナルサス。上機嫌な印に鼻歌まで飛び出している。天使の歌声だ。

 浴室から出るとアンが待ち構えていて、別室に連れて行かれる。そこで初めて、私は今日という日が特別な日なのだと知った。


「……これ、ウエディングドレス?」

「うん。ナタリアのためのウエディングドレスだよ」


 白地に銀糸の縫取り、胸元や裾に空色のレースをあしらわれた、ナルサスの独占欲たっぷりのウエディングドレス。テキパキとアンに着せられると、サイズもぴったり。私、試着とかした覚えが全く無いんだけど。如何してこんなにフィットするのか不思議だ。


「ナタリア、すごく綺麗……。え、女神?ナタリア実は女神なの?」


 私がウエディングドレスを着せられるのをずっと凝視していたナルサスが、ウットリと見詰めてくる。恥ずかしい。どう頑張ってもナルサスの美少年っぷりには敵わないと分かっているので、ほどほどにして欲しい。私を見詰めるナルサスの方が神々しいよ。見惚れちゃうよ。


「ナルサス様、花嫁へのキスは式に取っておいてください」

「お化粧前だから、ちょっとくらい良いよね?ナタリアも嫌がってないし」

「ナタリア様は、ナルサス様に見惚れてポーッとしてらっしゃるだけです。半分夢の中にいらっしゃるのです」

「じゃあ現実に戻って来る前に、いっぱいキスしなきゃ」

「お式に間に合わなくなりますから。ナルサス様もそろそろお着替えください」


 婚礼衣装に着替えたナルサスは、妙に大人びて格好良かった。私はまたポーッとナルサスに見惚れた。


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