兄と義父
主役であるはずのナタリアには何も知らされぬまま、準備は着々と進められていた。主にナタリアの両親とニーナが中心となり、ナルサス監修の元で結婚式の準備が整ってゆく。式もお披露目も辺境伯領で行われるため、ボクが手伝えることは殆ど無かった。
とはいえボクの役割が皆無という事ではない。今日のように王都で婚礼衣装を仕立てるナルサスに付き添ったり、細々としたことはやっている。それに、ボクの最も重要な役割は、ボクにしか出来ないことだった。婚姻許可証に、関係者のサインをもらう事だ。
「ニコラス君、サインはここで良いのか?」
王都の侯爵家に仕立て屋を呼んで、ナルサスは婚礼衣装の仮縫い中だ。その横で、同じように幾つもピンの刺さった礼服を着たまま、ナタリアの父親である辺境伯が書類を指差す。
「はい、ここにフルネームでお願いします」
辺境伯が署名しようとしている婚姻許可証には、既にナルサスの父親である侯爵の署名も入っている。ボクが領地まで行って父にサインさせた。その時に結婚式への出席も打診したが、そちらは断られた。
「ありがとうございます。後は国王陛下に、承認印を頂いておきますので」
「済まないな、一番大変なことを任せてしまって」
「いえ、こちらこそ何のお手伝いも出来ず申し訳ありません。それに、ウチからは結局、ボクだけしか式に参加しない事になってしまいましたし、母は挨拶もせず」
こちらに戻って来た母も、今日は外出して本邸に居ない。ナルサスだけでなく辺境伯も来ると事前に伝えておいたのにだ。挨拶くらいしてから出掛ければ良いものを。
「構わんさ。侯爵夫人ともなればお忙しくて当然だ」
ガハハと豪快に笑う辺境伯は、全く気にしていないようで安心する。辺境伯には、子どもの頃から世話になりっぱなしだ。
「ボクとニーナの結婚の時は、きちんとさせますので」
「そうか、じゃあ次回は楽させてもらおう」
新郎新婦両家の当主が署名した婚姻許可証を、ボクはクルクルと巻いてリボンで結んだ。仮縫いに戻った辺境伯に、ナルサスが声を掛ける。
「義父上、ナタリアとの結婚の許可を頂き、感謝します」
「もうちっと先の事だと思ってたんだがなぁ。まあ、ナタリアも落ち着きのない子だから、ガッチリ捕まえとかんと不安なんだろ。ナルサス、あんな子だがナタリアを宜しく頼むな」
「はい、命懸けで大切にすると誓います」
「ニコラス君、ナルサスのことは我が辺境伯家の次期当主として大切に遇すると、ご両親に伝えておいてくれ」
「はい、必ず」
辺境伯は信頼出来る大人だ。ナタリアの父親がこの人で良かった。
「ところで、ナタリアの婚礼衣装なんだがな。本当に本人が衣装合わせをしなくて良いのか?妻も心配しているんだが」
「大丈夫です。ナタリアのサイズは完璧に把握していますから」
ナタリアには結婚式について秘密にされているので、ウエディングドレスを如何するのかは一番の問題だった。でも、ナルサスが自分に任せろと言うので、ボクは余計な口を出さずに静観していた。だが新婦の両親としては気になるところだろう。
「ナルサス、ただ大丈夫ってだけじゃなく、如何やってドレスを準備してるか説明しとけ」
「分かったよ。ええと、まずナタリアの等身大人形を作って──」
その場でナタリアとよく似た氷人形を作り出し、説明をするナルサス。辺境伯の顔が若干引き攣っている。ナルサス、氷の人形とはいえ裸は駄目だろうが。男親に年頃の娘の裸は色々まずいだろうが。
ボクがそこら辺にあった布を被せてナタリアの裸像を隠すと、辺境伯はあからさまに息をつき、苦笑いした。
「兄さん、説明中なんだけど」
「口だけで説明出来るだろ。お前、ナタリアの裸を人前に晒して良いのか?仕立て屋達も居るんだぞ?」
「あ……。ピンポイントで記憶消せるかな?」
「皆さん!お仕事中だから、さっきの氷像なんかろくに見てませんよね?」
その場の男性陣が全員、高速で首を縦に振る。本人の裸を見たなら記憶消去も仕方がないが、チラッと氷像が視界を掠めただけで記憶を操作されるのは免れたいだろう。
「ほら、ボクが直ぐに隠したし、皆見てないってさ。それに今のはナタリアとまったく同じって訳じゃないだろ?」
「ウエディングドレスを作る時のは、ナタリアと寸分違わぬ大きさにしてるよ。じゃないとサイズが合わなくなるから」
「ああ、だけどさっきの氷像は、ナタリアのジャストサイズじゃないんだよな?」
「……うん、説明するだけだから、手を抜いたよ」
よし、それで良い。こう言っとけば丸く収まる。
だが、若干1名納得がいかない人がいた。辺境伯は布で覆った氷像に目を遣りながら、ナルサスに問い掛ける。
「ナルサス、寸分違わぬ氷像が作れるほど、ナタリアの身体のサイズを把握しているのか?」
「はい。婚約者ですから」
「いや当然みたいな顔をされてもな……。今時の若いもんは、これが普通なのか?」
ボクに聞かないでください。ナルサスのせいで、ボクの普通の定義はかなりズレていると思いますので。




