両親と花嫁斡旋
最近ナルサスが大人に変身しなくなった。相変わらずスキンシップは濃いけれど、それでも子どもの姿のままならば何とか耐えられる。7歳とは思えない色気があっても、ナルサスの事は赤ちゃんの時から知っているのだ。おしめだって変えた事があるのだ。だから、理性を総動員すれば対処は出来る。
だけど大人の姿のナルサスには、まだ免疫がない。ナルサスだと頭では分かっていても、ふとした瞬間に知らない誰かのような気がして萎縮してしまう。そんな私の態度から、ナルサスは大人になる魔法の研究をストップしたのだろう。そう思っていた。
「ああ、他に急ぎでやらなきゃいけない仕事が出来ちゃって。だから成長促進の魔法は後回しになってるんだ」
違った。ナルサスは急いで大人になるのを諦めていないようだ。やっぱり逃げるしかないかな。一気に大人になられたら、私の神経が持たない。ゆっくり時間を掛ければ、あのご尊顔にも耐性がつくかもしれないのに。いや無理か、あの顔に慣れられる気がしない。
「忙しいのね。ちゃんと寝てる?」
「うん、ナタリアが気絶したら、なるべく直ぐに寝るようにしてるよ」
「……もっと睡眠時間を確保したら?別々に寝ても良いのよ?」
「ナタリアは僕を不眠症にしたいの?」
寝室を分ける案は、やんわりと却下された。ナルサスは赤ちゃんの時から私と一緒に寝てるから、一人寝が寂しいのだろうか。
「でも、ナルサスももう7歳なんだから、一人でも寝られるようにならないと」
「如何して?どうせすぐに結婚して夫婦の寝室で寝るようになるんだから、一人で寝られなくても問題ないよ。ナタリアは僕と寝るの嫌?」
可愛らしく上目遣いに問われ、私は本音を飲み込んだ。ナルサスが一緒に寝るとクタクタになるから、せめて1日置きくらいに一人で寝たかったんだけど。
「嫌じゃないわよ。でも、急ぎの仕事で疲れてるんじゃない?何をしてるの?」
「害獣退治の準備」
「お父様に何か任されたの?ナルサスはまだ子どもなのに、無茶を言われてるんじゃない?」
「平気だよ。お義父上には良くしてもらってるから。父と違って勇猛な方だよね」
ナルサスの父親は侯爵家当主だが、ナルサスが赤ちゃんの時から領地に引っ込んでいる。表向きは自領での災害対策のためとなっているが、本当はナルサスを恐れて逃げたのだ。
ナルサスの母親は大分頑張っていたが、ナルサスが3歳の時に実家に行ったきりだった。私達がこちらに来てから王都の侯爵家に戻ったらしく、今度侯爵家で開かれる夜会で社交界に復帰予定だ。
手紙のやり取りだけで辛うじて繋がっているナルサスの両親に代わり、細々と気を配ってくれたのは私の父だ。辺境伯として死線を潜り抜けてきた父は、ナルサスの規格外の魔力も必要以上に恐れなかった。私が王都の侯爵家で暮らしていた時もたまに顔を出してくれたし、辺境伯領に帰って来てからもよくナルサスを訪ねてくる。ナルサスにとっては、実の父親よりも私の父の方が親しい間柄だ。
その父が、先日珍しく私に頼み事をしてきた。
「ねえナルサス、人間と竜族って結婚出来るの?」
「……ナタリアは僕を捨ててトカゲと結婚するつもりなの?」
ナルサスの気配が一気に剣呑になったので、私は急いで否定した。
「違うわよ!あのね、お父様が竜族と結婚したい女性を探しているみたいで、私に心当たりを当たってみて欲しいって頼まれたの。でも種族が違っても結婚出来るものなのかなって」
「ああ、数は少ないけど、異種族間での結婚もあるよ。国によっては禁止されてたり、子どもが出来なかったりで、問題もあるみたいだけど」
「そうなのね。お父様、お見合いの斡旋でも頼まれたのかしら」
父は顔が広いが、知人は騎士や戦士や傭兵などで、圧倒的に成人男性が多いだろう。結婚適齢期の、それも竜族との結婚を望む女性となると該当する人が居なかったのか。
「ナタリア、竜族の花嫁を探すの?」
「そうね、幼馴染みに何人か当たってみるわ。お父様が困ってるみたいだし」
「僕もついて行って良いかな?楽しそう」
「良いけど、珍しいわね。私が幼馴染みに会うの、いつもは嫌がるのに」
「だってさ、ナタリアに別の花嫁斡旋されて、トカゲがどんな顔するかなって思ったらさ」
よく意味が分からないが、クスクス笑うナルサスが楽しそうなので良しとしよう。
しかし、人間と竜族って結婚出来るのか。辺境伯領では男女共に強い人ほど尊敬されてモテるから、種族的に人間より頑丈で力もある竜族は、良い伴侶候補かもしれない。まあ私には関係ない話だが。
竜の国に行ったとしても、私は定住するつもりは無い。以前のように本気でナルサスから逃げたい訳では無く、あれこれ耐えられなくなった時の避難先が欲しいだけだ。
ナルサスはウチに婿入りするのだから、夫婦喧嘩しても私は実家に帰ることも出来ない。冷却期間を置くために旅行するのも躊躇われる。ナルサスが追い掛けてきてまた喧嘩になったら、他所様に甚大な迷惑が掛かってしまう。だけど竜の国ならば、被害が最小限に抑えられる。竜の国への旅券は、単なる心の拠り所だ。
ああ、でも旅券が手に入ったら、せっかくだから一度くらい竜の国に行ってみたいかも。竜族の人がお見合いに来るのなら、案内を頼んでみようかな。
暢気にそんな事を考えていた私は、隣に座るナルサスの笑顔がどんどん黒くなっていくのに気が付かなかった。




