兄と怒れる弟
ナルサスにガッチリ腕を掴まれて、ボクはニーナの部屋から連れ出された。暢気なナタリアは、兄弟仲良しで微笑ましいなんて顔で見送ってくれたが、気分は囚人護送だ。如何してボクはいつもこんな目に合うんだ。ボクの方こそ逃げ出したい。
でも、ナルサスがそんなの許すはずがない。右腕を捕獲されたまま、ボクは応接室へと連行された。
「兄さん、ナタリアに求婚したトカゲのこと、知っててボクに隠してたのかな?」
さっきの縫いぐるみウサギとよく似た顔で、ナルサスが尋問を開始する。
「知らないよ、ボクだって初めて聞いたんだ!」
「嘘を吐くのはためにならないよ?」
「本当に知らなかったんだって!10年前ならボクがナタリアと出会う前だ、知らなくてもしょうがないだろ?」
「じゃあ、これに見覚えは?」
ナルサスは上着のポケットから、手のひら大の薄板を取り出した。扇型で半透明な水色のそれは、窓からの光を反射してキラリと光る。
「見た事無いと思うけど。何だそれ?」
「竜の鱗だよ。ナタリアには必要無いものだから、回収してきた」
「おい、流石にそれは……」
「平気だよ、魔法の氷で同じ形状の物を作って置いてきたから」
ナルサスがニッコリと笑うので、それ以上は何も言えない。ナタリアは大人のナルサスの美貌が凶器だと言っていたが、今現在だって十分凶器だ。ナルサスに黒い笑顔を向けられると、首筋によく切れる刃を当てられたようにゾクリとする。
ボクは首筋を手で擦った。
「その鱗、如何するんだ?」
「んー、そうだなー、ナタリアに求婚なんかした身の程知らずなトカゲを、誘き出すのに使おうかな」
「まさかナタリアに噛じらせるのか?」
「そんな気持ち悪いこと、ナタリアにやらせる訳ないよ。トカゲの身体の一部だよ?ナタリアが口にしても良いのは僕だけだから」
カニバリズムは止めとけ。ナルサスなら腕の1本や2本ナタリアに差し出しそうだけど止めとけ。
心の内でそっと祈る。ナルサスの感性だと、竜族の求婚に似たことをナタリアとやりたいとか言い出しそうで怖い。
話題を少しずらして、ナルサスの興味を軌道修正する。
「鱗で持ち主を誘き出すなんて可能なのか?」
「そこは今から考えるよ。でもこれ、持ち主らしい魔力が残ってるし、鱗を噛ると持ち主が迎えに来るなら、魔術的な繋がりがあると思うんだ。そこから辿っていけば、可能だと思う」
ナルサスは目を眇めて、鱗に残る魔力の流れを見ているようだ。ナルサスが可能だというなら可能なのだろう。ボクの弟は天才だ。
「ま、無理なら竜の国に行って、トカゲを全滅させれば良いだけの話だし」
「おい、何をあっけらかんと」
「大丈夫大丈夫、トカゲは変温動物だもん、寒さには弱いよね。だから兄さん、ナタリアの分と一緒に僕の旅券も発行しておいて」
ナルサスは竜の国を滅ぼす気満々だ。勘弁してくれ、戦争とか侵略とか、ここ100年平和に穏やかに過ごしてる我が国には無理だから。
「ん?ナタリアの旅券も発券して良いのか?」
「うん、新婚旅行に行こうと思って」
「新婚旅行に行った先で、ジェノサイドとか嫌過ぎる」
「そう?ナタリアが二度と僕から逃げようなんて思わなくなるなら、有意義なことじゃないかな」
ナルサスは子どもの残酷さで、竜族を絶滅させようなんて簡単に言う。実際ナルサスにとっては簡単な事なのかもしれない。でも、一度でも許してしまったら、歯止めが効かなくなりそうだ。
「ナルサス、殺したら駄目だからな。ナタリアは殺さなきゃいけない時もあるって知ってるけど、お前がナタリアを逃さないために殺したら、二度と愛してはくれないぞ」
「だったら僕は如何すれば良いの?顔を焼けば良い?醜くなれば、ナタリアは負い目に感じて僕から逃げずにいてくれるかな?」
「それも駄目だ、炎を仕舞え!」
今にも炎を顔に押し付けようとするナルサスを、羽交い締めにする。ナルサスの身体能力は人並みだ。純粋な力勝負ならボクに分がある。
「ナルサス、お前は焦り過ぎなんだ。もっとゆっくり進めろ、成長促進の魔法も逆効果だから止めておけ」
「でも僕、早くナタリアとの赤ちゃんが欲しい」
「だから焦るな!お前は子どもが欲しいんじゃなくて、子どもが出来ればナタリアが逃げられなくなるから、子どもを作りたいだけだろ!」
ナルサスが居心地悪そうに顔を背ける。やっぱりそうか。ナルサスはナタリアに重りを付けたいだけだ。父親になる覚悟とか、子どものナルサスに持てるとは思えなかった。ボクだってまだ持てないのに。
「ナルサス、よく考えろ。子どもなんて出来たら、ナタリアは子どもに掛かり切りになって、お前を構ってくれなくなるぞ」
「……そうなの?」
「ああ。赤ん坊の世話は大変なんだ。ナルサス、お前が赤ん坊の時だって、ニーナがナタリアに遊んでもらえなくなったと愚痴ってた。お前、自分の子どもだとしても、ナタリアの1番を奪われて良いのか?」
ナルサスがイヤイヤをするように、激しく首を横に振る。ナルサスはとてもアンバランスだ。今は子どもっぽい面が強調されている。
「だったら、もっと時間を掛けろ。焦らず、ゆっくりだ」
「焦らずゆっくり、確実に外堀を埋めて囲い込むんだね」
ちょっと違う気もするが、まぁ、誤差の範囲だろう。
「分かったよ兄さん。確かにちょっと焦ってた。まさかナタリアが、竜族の鱗なんて時限爆弾抱えてるなんて思わなかったから。でも兄さんのお陰で冷静になれたよ。ゆっくり確実に、トカゲを排除することにするね」
これもちょっと、いやかなり違う気がするが、気にしたら負けだ。ボクは晴れ晴れとした笑顔のナルサスから、そっと視線を逸した。




