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兄と姉妹

「で、何でそれをボクに報告するかな……」


 ニーナに侯爵家主催の夜会の招待状を持ってきたら、ナタリアがまた頭痛の種を投げつけてきた。ボクはナタリアが抱えるチョーカーウサギの縫いぐるみを見てしまい、慌てて視線を逸らせた。

 ウサギの縫いぐるみにはナルサスが魔法を掛けている。盗撮とか盗聴とか、そんな碌でもない奴だ。もちろんナタリアは知らない事だし、ボクも知らせるつもりは無い。


「だって、逃げるなら旅券が必要になるじゃない。ニコラスは宰相補佐になったんでしょ?発券出来るわよね」

「出来るよ、出来るけどな?」


 ウサギの目がギラッと光ったような気がして、ボクは生きた心地がしなかった。


「そもそも逃げる必要なんて無いだろ?ナルサスとは上手くいってるじゃないか」

「そうだけど……ニコラスも、あの姿を見れば納得するわよ。あの美しさは凶器だから!私みたいな地味女が並ぶなんて許されないのよ!」

「お姉様はお綺麗ですわ!」


 ニーナが力強く宣言する。ボクもナタリアは美人だと思うが、下手に同意するとウサギに滅されそうなので黙っておいた。

 ナルサスは今、辺境伯に頼まれて軍事演習に参加している。ここでの会話をリアルタイムで聞いているのだろうが、演習が殺戮にならないことを祈るばかりだ。


「ありがとう、ニーナ。でも私なんて大人のナルサスと比べたら、苔の生えた石ころみたいな物なのよ。宝玉と並べたら汚れが移ってしまうわ」

「お姉様が石ころなら他の女は馬のフンですわ!それにお姉様は、石は石でも宝石の原石です!磨けば光り輝いて、宝玉と並べても遜色なくなりますわ!」

「それは私が垢抜けないって意味かしら」

「お姉様はお洒落に興味が無さ過ぎなのです!いい機会ですわ、ワタシがお姉様を磨き上げますわ!」


 ニーナが張り切っているから、ここは任せることにする。ニーナの言う通り、これまでナタリアは自分の見た目に無頓着だった。それがナルサスと並んだときの見映えを気にするようになったのだから、大変な進歩だ。

 対してニーナはお洒落が大好きで、自分でドレスのデザインをする程だ。ニーナには是非とも本領を発揮して、ナタリアを美しく仕上げてもらいたい。


 逃げ出す算段については立ち消えになったと踏んで、ボクは胸を撫で下ろした。ナタリアがまた面倒なことを言い出す前に、さっさと退散することにする。


「じゃ、ボクはこれで」

「待った!旅券、準備してくれるのよね?」


 チッ、忘れて無かったか。

 

「ニーナに磨き上げてもらうなら、旅券は要らないだろ」

「それとこれとは話が別よ。竜の国への旅券は必要なの。いざという時の保険だから」

「だいたい何で竜の国?」

「竜族には魔法が効き難いっていうから。ナルサスに対抗できるでしょ。それに竜族の知り合いが居るから、匿ってもらえると思うのよ」

「その知り合い、男じゃないよな?」

「男性も女性も居るわよ」

 

 聞くんじゃ無かった。ウサギ縫いぐるみからの圧が凄い。ある程度情報を聞き出すまで帰れなくなった。


 仕方なく水を向けると、ナタリアは竜族の知り合いとやらについてペラペラと喋ってくれた。なんでも十年前の隣国との小競り合いの時、辺境伯家で雇った傭兵達らしい。その中の一人と特に仲良くなって、鱗までもらったのだとか。


 恐ろしい話を聞いてしまった。ナタリアの腕の中で、ウサギが凶悪な顔をしている。縫いぐるみの癖に如何して表情が変わるんだ。そして何故ナタリアはウサギが発する殺気に気づかないんだ。ナタリアには感じ取れない仕様になってるのか?


「ナタリア、竜の国は止めておけ。場合によっては戦争になる」

「如何して?竜の国とはあまり国交も無いでしょ?地理的にも離れてるし」

「そうそう、竜の国は遠いよな?旅券があったって、如何やって行くつもりだよ」

「そこは大丈夫。迎えに来てもらうから」


 絶対大丈夫じゃない。嫌な予感しかしない。


「鱗をくれた人がね、大人になって困った事があったら、鱗を囓れば迎えに行ってやるって。だから旅券だけあれば良いのよ」


 のほほんと説明しているが、ナタリアは知らないのだろうか。自分の鱗を渡すのは竜族の求婚、貰った鱗を食べたら求婚を受けたことになると。

 竜族は伴侶をとても大切にする。だから鱗をくれた竜族は、ナタリアが望めば喜んで匿ってくれるだろう。そして二度と手放さないだろう。ナルサスと竜族でナタリアを取り合って、確実に血を見る事になる。それは阻止しなければ。


「あのな、ナタリア。鱗を渡すのは──」

「ただいまナタリア!僕が居なくて寂しかった?僕は寂しかったよ!」


 ボクの話を遮って、部屋に突入してきたナルサスがナタリアに飛びついた。ソファに座っていたナタリアが、ナルサスを抱き留める。ナタリアの視界を塞ぎながら、ナルサスが視線でボクの口も塞いだ。


「おかえり、ナルサス。予定より早く終わったの?」

「途中で抜けて来ちゃった。兄さんと話し合わなきゃいけないことが出来ちゃって」


 綺麗に弧を描くナルサスの口から、ボクの神経をゴリゴリ削る言葉が紡ぎ出される。


「兄さん、軍事について思い付いた事があるから相談に乗ってくれるかな?国の未来に関わる事だから、兄さんも力を貸してくれるよね?戦争とか嫌だよね?」

 

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