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ベッドと新魔術

 恐怖のお茶会から1ヶ月ほど経ったはずだ。日にちが曖昧なのは、私が今日までずっとベッドの住人で、時間経過がはっきりしないからだ。


 身動きの出来ない私はナルサスにお世話されながら、この1ヶ月をひたすら耐え忍んだ。精神的にも肉体的にも限界に挑んだ日々だった。そろそろ通常に戻りたいのだが、ナルサスに言っても聞き入れてもらえそうにない。子どもの体力は侮れない。


 あの日からナルサスの激甘攻撃は続いていて、私は防御一辺倒だ。いや、もう防御する余力は無い。隅々までナルサスに攻略されてしまっている。


 ナルサスのせいで、私はもうお嫁に行けない。意識が朦朧とする中で、そんな意味合いの文句を言うと、ナルサスはとてつもなく綺麗な笑顔を浮かべた。見慣れているはずの私が見惚れるナルサスの笑顔、美人は3日で飽きるっていうのは、ナルサス相手だと当てはまらない。


「ナタリアは僕をお婿さんに取るんだから、何処にもお嫁に行く必要なんてないよ」


 そうだった。ナルサスは辺境伯家に婿入りしてくれるんだった。でも良いのかな。辺境伯家の家風は、ナルサスには合わないんじゃ。


「そんな事ないよ。言っても無駄なら拳で身体に叩き込め、だっけ?凄く共感できるよ。それに、あの時のナタリアはめちゃくちゃ綺麗で格好良かった。惚れ直したよ」


 そっか、ナルサスは私の暴力沙汰にも引かなかったのか。あれを見て惚れ直すとか、ナルサスも変わってる。普通ならドン引きだよ。


「僕はどんなナタリアでも愛してるよ。特に変態なナタリアが大好き」


 止めて。このひと月で自分が如何に変態か思い知ったから。そこは弄らないで。あ、駄目、そこも弄らないで。


「ナタリアは可愛いなぁ。僕の可愛いお嫁さん、このまま誰の目にも触れさせないよう閉じ込めておきたいなぁ」

 

 また監禁生活はお断りだ。だけど私には、ベッドから下りる体力さえ残っていない。こうして今日も、一日が無為に過ぎてゆく。

 このままナルサスと二人きりで過ごすのも悪くない、そう思えるほど、私はこの生活に毒されていた。自分が変態だと受け入れてしまえば、一気に楽になった。私、如何してナルサスから逃げようなんて思ったんだろう。そんなの不可能だし、逃げても無駄だったのに。


「ねぇナタリア。ちょっと見て欲しいんだけど」

 

 微睡みから目覚めたら、目の前にナルサスの美しい顔が迫っていた。私はまだ少し寝惚けていて、欠伸混じりの返事をナルサスに返す。


「……何?」

「今研究してる新しい魔術なんだけどね。骨組みだけ組み上がったから、一度試してみようかと思って」

「私、魔法も魔術もさっぱりだよ」


 魔法の素養が無い私では、ナルサスが組んだという高度で緻密な魔術の片鱗すら理解出来ないだろう。


「難しいことは考えなくて良いんだ。ただ、この魔術を使った僕を見て、どう思ったか教えて欲しいだけだから」

「それだけで良いの?」

「うん。ナタリアの反応次第で、このまま研究を続けるか別のアプローチをとるか決めるから」

 

 そういうことなら責任重大だ。私は力の入らない身体を無理やり起こし、ナルサスに向けてドンと胸を叩いてみせた。


 ナルサスの魔力がふわりと広がり、小声で唱える呪文が帯になってナルサスに絡みつく。十重二十重にナルサスを囲んだ呪文の帯が光り、キュッと一気に絞るようにナルサスの身体に密着する。と、そこにはもうナルサスの姿は無く、代わりに私より年上の美青年が突如現れ、私を見つめている。


「え、ナルサスは?」


 私がキョロキョロとナルサスを探していると、美青年がクスリと笑う。その笑い方は、私がよく知ったものだった。


「ナタリア、僕だよ」

「ナルサスなの?本当に?」

「うん。身体を成長させる魔術を使ったんだ」


 確かに色彩はナルサスのものだし、面影もある。だけど美形過ぎて直視出来ない。声も良い。甘くて低過ぎず艶っぽい声。ゾクゾクする。


「どう?大人になった僕はナタリアの好みかな?」


 好みなんてもんじゃない、ドストライクです。

 ナルサス成長したらこんな風になるの?良い男過ぎて引くレベルなんだけど。これ絶対私じゃ釣り合わないよ。こんな美形と並んで歩くとか無理。逃げたい。


「ナタリア?如何して僕から離れようとしてるの?」


 大人ナルサスの美しさと色気に耐えられないからです。目が合っただけで妊娠しそうだよ。


「ナタリア、この僕は好きじゃない?子どもの僕の方が良ければ、成長を抑制する魔術を研究するけど」

「そ、それは駄目」

「だったらこのまま、成長促進の魔術を研究するね」

「そ、それも駄目」

「如何して?やっぱりこの姿は気に入らない?」


 ハイともイイエとも言えず、私はひたすら縮こまっていた。ナルサスが返答を迫ってくるが、気を失わないようにするので精一杯だ。


 幸い直ぐに魔術の効果が切れたため、大人ナルサスとの接触は避けられた。あの姿で触れられたら、鼻血を吹いて倒れる自信がある。あれと結婚とか無理。結婚式の誓いのキスで心臓発作を起こすに違いない。


「うーん、まだ安定しないな。あれこれ改善しないと」


 ブツブツと呟きながら魔術の構造確認をしているナルサスの隣で、私は密かに決意した。

 ナルサス、ごめんね。私やっぱり、貴方から逃げ出すことにするよ。


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