姉と弟
「いいよ」
ナタリアの返事が予想外だったのか、ナルサスの反応は鈍かった。一瞬ポカンとして、恐る恐る顔を上げてナタリアを仰ぎ見る。笑顔で迎えられて更に戸惑いを浮かべるナルサスは、年相応の男の子に見えた。
「え、良いの?」
「うん、それでナルサスの気が済むなら、一緒に封印されるよ」
「どうして?ナタリアは僕が怖いんだよね?逃げ出したくなるほど嫌なんだよね?」
「ちょっと違う。ナルサスの魔力は怖いけど、嫌だとかじゃなくて、えーと、何て言えばいいかな……ナルサス、私は辺境伯家で慣れてるから、物理的な強さには耐性があるの。その延長で闘気とか覇気とかも、あまり怖いと思わない。だけど魔法は自力で対処出来ないし、効果が想像し難いものも多いから怖いのよ。これが大前提ね」
「うん」
「ナルサスは、感情的になると魔力が暴走するでしょ?この頃は人を凍らせたりしてるよね?しかもそれ、私が原因だよね。私のせいで何も悪くない人が被害を受けて、場合によっては怪我したり死んだり、それも怖い。私のせいだって非難されるのも怖い。私は人に憎まれるのが怖い。だけど、ナルサスと一緒に封印されるなら、誰の迷惑にもならないよね?だから良いよ」
「……だけど僕と氷漬けになったら、ナタリアはきっと死んじゃうよ?僕の氷魔法は息も出来るし即死したりはしないけど、ご飯は食べられないし体温も奪うから」
「私、死ぬのはあまり怖くないから大丈夫。それに凍死って、眠るように亡くなるって聞くし」
「本当に、このまま僕と氷漬けになってくれるの?」
ナタリアがゆっくりと頷く。見上げるナルサスは戸惑いつつも、喜びを感じているようだ。目がキラキラと輝き頬が上気してバラ色に染まり、美少年ぶりに拍車が掛かっている。
二人を囲う氷がビキビキと軋みながら、成長速度を加速させた。ナタリアを覆い尽くした氷壁はナルサスも取り込み、更に分厚くなってゆく。その様子を、ボクは如何することも出来ず、ただ見守っていた。
氷の成長が止まった。今はまだ、ナタリアもナルサスも生きている。だけどこのまま放っておいたら、二人とも死んでしまう。
「ど、如何しよう……」
閑散とした冬の庭でボクは一人頭を抱えた。ナルサスの魔法の氷は、そこら辺の氷とは違う。物理的強度も魔法抵抗も高そうだ。
辺境伯家から人を借りて、物理的に破壊してもらうか?高位の魔法使いに炎で溶かしてもらうか?ウチで飼ってる叫びウサギの超音波で粉砕出来るか?どの手段も、中にいるナタリア達にまで被害が及びそうだ。
いやそもそも、二人を救出するべきなのか?ナルサスは自ら望んでのことだし、ナタリアも了承している。それに国や人々のためには、ナルサスという脅威が無くなったほうが──いや馬鹿かボクは!何てこと考えてんだ!
こんなのは間違ってる。物語としては美しいのかもしれないが、自己犠牲とかクソ喰らえだ!
「ナルサス、まだ聞こえてるよな!?お前これで満足か?」
ボクは氷壁に近寄ると、冷たい壁に手をついて叫んだ。
「ナタリアがさっき言ったこと、あんなの綺麗事だからな!嘘じゃないけど建前だからな!ナルサスの魔力が怖いとか、人から非難されるのが怖いとか、そんなのは二の次だ。ナタリアがお前から逃げようとした一番の理由はな!」
氷越しにナタリアと目が合う。必死に何か目で訴えているが、知ったことか!ボクを巻き込んだのはお前だろ、こんな最低な気分にさせやがって!美談になんかさせるもんか、死んだ気になって乗り越えろ!
「自分が変態だと認めたくないからだ!ナルサス、ナタリアはな、お前みたいなお子様に欲情する変態なんだ!お前をエロい目で見てるって気付かれるのが嫌で、お前を襲う前に逃げ出そうとしてたんだ!」
バリンッ!
氷壁に大きくヒビが入り、壁が倒壊する。
「兄さん、今の話は本当なの?」
もうもうと烟る水蒸気の向こうから、ナルサスの声がする。
「ああ、本当だ。ナタリアはお前がもっと小さい頃から、そういう目で見てたんだと。親指サイズに興奮する変態さんなんだと」
「違うわよ!サイズがどうこうとかじゃないわよ!ニコラスのは平気だったもの!」
「ナタリア、兄さんの見たことあるの?」
馬鹿だなナタリア、穴があったら入りたいからって、墓穴掘ってちゃ意味ないだろ。あとナチュラルにボクを突き落とすな。
「子どもの時、一度だけ……」
「へーえ、そうなんだ。そこは後でじっくり聞くとして、兄さんが言ってたことは?」
「……」
「ナタリアは、例えばさっきの下僕達にも興奮するの?誰でもいいの?」
「そんな訳ないでしょ、ナルサスだけよ!」
「そっか、僕だけなんだね?僕のことだけエロい目で見てるんだね?」
7歳児がやたらと嬉しげに喋る台詞じゃない。しかもナルサスは、見た目だけはキラキラしい純粋無垢なお子様だから、違和感が半端ない。
羞恥心とか罪悪感とかに押し潰されて、ナタリアがしゃがみ込んで両手で顔を隠した。それを見つめるナルサスの目に、肉食獣のような光が宿る。
もういい加減に諦めろ。全身から湯気を出すナタリアに向かって、ボクはまた心の中で手を合わせた。ご愁傷さま。




