兄とお偉方
国王陛下主催のお茶会当日。ボクは衛兵の制服を着て王宮の一角にいた。茶会の会場は庭園の中でも寒さに強い植物が植えられたエリアで、残暑厳しい今の季節は花も咲いていない。おもてなしの場としては不適切だが、招待する側に客をもてなすつもりが無い今回に限っては相応しい場所とも言える。
ボクが立つ辺りには、招待客の子女が集められていた。それ程人数は多くないが、皆我儘で生意気そうだ。既にテーブル毎にマウントの取り合いが始まっていて、着けているブローチの値段や飼い犬の血統を自慢したり、格下と見た相手の容姿を貶したりといった、本人達にとっては楽しいのだろう、くだらない話題で盛り上がっている。
子どもは親の背中を見て育つものだ。さっき通過してきた保護者達のテーブルでも、似たような状況だった。向こうはもっと下世話な誹謗中傷が多かったが。
貴族の足の引っ張りあいはよくある事だが、今日は特に酷い。もっともそれは予想通り、計画通りだ。なにせ今日は、国に必要ないと判断された貴族ばかりが招待されているのだ。
ボクも招待客の選定には関わったが、国王陛下がとても楽しそうだった。宰相や大臣達もいい笑顔だった。席次表とかウキウキしながら作っていた。仲の悪い者達をわざと同じテーブルに着かせ、短気短慮な者達を隣の席にしてある。燻る火種に油を注いで団扇であおぐ念の入れようだ。
皆さん今日の招待客達に対して、余程ストレスが溜まっていたのだろう。それを纏めて処分する準備は和気あいあいと、精力的に進められた。普段は衝突する事の多い大臣達が、珍しく一致団結して事に当たり、冗談まで飛び交っていた。
「終わったら皆で良い酒でも飲むか」
「それは良い。陛下がご馳走して下さるので?」
「其方等は遠慮が無いうえに酒豪揃いだからな。ポケットマネーではとても足りんよ」
「では奴等のポケットマネーから出させては如何でしょうか」
「如何かな、ニコラスよ」
官吏ですらないボクに判断を委ねないで欲しかったが、お歴々の無言の圧力に負けた。
「押収された物は国庫に入れるべきですが、保管が杜撰で悪くなっている酒があるかもしれませんね」
「そうじゃな、あるに違いない」
「古くて美味い酒ほど管理が大変ですから」
「さすがはニコラス、次期宰相」
「それはお断りしたはずですが」
「まあまあ」
まあまあじゃない。ボクは侯爵家を継ぐだけで十分だ。宰相職は絶対にお断りだ、過労死する未来しか見えない。どうせ一生ナルサス関連で忙しいのだ、他は勘弁して欲しい。
そのナルサスはというと、ボクなんかよりもずっと忙しくしていた。国内のあちこちを転移で飛び回り、碌でもない貴族達の横領や密輸や傷害といった犯罪の証拠を集めてきた。7歳の子どもとは思えない働きに、ちょっと心配になったほどだ。
今朝も早くから、茶会に出席するために主人がいないタウンハウスを順に捜索している。暗部が内偵して怪しいと感じた場所を魔法で調べ上げ、着々と証拠を積み上げているようだ。ナルサスが捜索を終え、貴族達を断罪する証拠が出揃ってからがお茶会本番だ。
にわかに辺りが騒がしくなった。女性の黄色い声が束になって近づいてくる。ナルサスが到着したらしい。
「遅れました」
短く告げて、遅刻したことを詫びもせず、ナルサスが空いていた席に着いた。疲れているのか目元に薄っすらクマが出来ている。それすらもナルサスの美しさを引き立たせ、物憂げな美少年に誰もが注目している。
老若男女問わず目を奪われるその美貌は天使そのもの。中身も見方によっては天使に近いかもしれない。純粋で、悪と断じたものに対しては容赦ない。その判断基準はナタリアに害をなすか否か。単純だが、それだけに苛烈だ。
王宮のメイドに扮したアンさんが、ナルサスの前に紅茶の入ったティーカップを置く。カチャリと小さく音を立てたのはわざとだろう。その音で、ナルサスが登場してから止まっていた周囲の時が動き始める。
「あ、あの……」
最初に口を開いたのは、この場で一番家格の高い、別の侯爵家のご令嬢だった。ナルサスよりも3歳年上で、何度断ってもしつこく縁組みを打診してきた家の子だ。ボクは何度か面識があるが、高飛車で、いつも取り巻きを連れ歩いていた。今日も同じテーブルに、見覚えのある取り巻き令嬢が一人いる。
ナルサスはチラリと侯爵家の令嬢を一瞥しただけで、返事もしなかった。それでもご令嬢は顔を真っ赤に染めて、ポーッとしている。我が弟ながら凄いな。
ナルサスはこれまで、全く社交界に出ていない。その魔力を恐れて親類縁者も近寄って来ないので、友人も皆無だ。だがその容姿の美しさは噂になっていて、だから子ども達もナルサスが誰だか分かったのだろう。
「おい、返事くらいしろよ」
我に返った子息の一人が、ナルサスを睨み付ける。ナルサスは今度はゆっくりと、その子息へと目を向けた。ちょっと胃が痛くなってきた。
ナルサス、頼むからあまりやり過ぎないでくれよ。ボクの胃にまた穴が開くから。




