兄と不機嫌な弟
「で、何を企んでるの?」
王都の侯爵邸の門を潜るなり、ナルサスに捕まった。結界内で小雪が舞っていたのは見間違いじゃなかった。今日はナタリアと二人でデートの日だと聞いていたのに、何故ここに居るんだ?
「急に雨が降って中止になったんだよ。楽しみにしてたのにさ。だから天候を操る魔法が無いか、王宮の禁書庫を漁りに行ったんだ」
ナルサスはボクの心を読んだのだろうか。読心術が出来る奴がここにも居た。ボクの周りはハイスペック人間が多過ぎる。
そしてサラッと禁書庫への侵入を暴露したナルサス。王族にしか入れないはずだが、また国王陛下から権利をもぎ取ったのか?
そもそも天候を操る魔法なんて存在するんだろうか。ナルサスなら可能か?吹雪を発生させるのも、天候を操っていると言えなくもないからな。
「そうしたら、楽しそうな話が聞こえてきてさ。ナタリアが、僕の、何を、疑ってるって?」
ひぇー、寒過ぎて息をするだけで肺が凍りそうだ。ただでさえデートが中止になって機嫌が悪いところに、あんな話を小耳に挟んで最悪の気分なんだな。これ王国が終わる前にボクの人生が終わりそう。
「まさかナタリアに、あんな嫌疑を掛けられるなんて思えなくてさ。アンの報告は誤報だと思ってたんだけどな。兄さんまで知ってるってことは事実なのかな。だとすると、もうお終いだな……」
「いや誤解なんだろ?お前がナタリア以外を好きになるなんて、想像も出来ないし」
「兄さんがどう思おうと、そこは如何でも良いよ。ナタリアに、僕が兄さんと同じ浮気者だと思われるなんて」
「ボクは浮気してた訳じゃないからな!?お前だって知ってるだろ?」
「如何でも良いよ。ああ本当に、何もかも如何でも良い……」
ここにはまだ魔導装置が設置されたままなのに、既に地表は氷で覆われ、門の脇の門番詰め所が雪の重さで軋んでいる。結界がピシピシと悲鳴を上げる音に気づき、血の気が引いた。結界が壊れたら大惨事だ。
「ナルサス、本当に如何でも良いのか?ナタリアに誤解されたままでも?」
「だってナタリアは、僕の愛を信じてくれないんだ。僕はこんなに、ナタリアだけを愛してるのに!それなのにナタリアは、僕を弟みたいだって。ねえ、いっそナタリアと僕の二人だけになれば、ナタリアは僕を男として見てくれるのかな?」
まずいまずいまずい、ナルサスの魔力が目に見えるほど濃く滲み出てきている。このままでは結界が壊れた瞬間に、王都が氷の都に早変わりだ。
「魔力を抑えろ!浮気を疑われるってことは、多少はお前を男として認識してもらえてるってことじゃないのか!」
「……え、そうなの?」
「……たぶん」
「兄さん、命が惜しくて適当な事言ってるんじゃ無いだろうね」
「命は惜しいが、言ってる事は適当じゃない。多少なりともお前を気にしてなきゃ、お前の外出先なんて気にも留めないだろ?」
濃く垂れ込めていた魔力が、少しだけ薄まった。よし、もう一押しだ。喋れるうちにたたみ掛けないと、寒さで唇がくっついて開かなくなりそうだ。
「ナルサス、これはチャンスだ。お前は今までナタリアにベッタリし過ぎだったんだ。恋愛は駆け引きも大事だぞ、これまで押しまくってばかりだったから、ここで一旦引いてみるんだ」
「それでますます疑われたら?」
「大丈夫だ、挽回出来る。ナタリアが疑ってるのは、お前の外出先が教えられないからだろ?」
「正直に言ってナタリアに嫌われるのも嫌なんだけど」
「分かってる。それにナタリアに嘘をつくのも嫌なんだろ?」
ナルサスは神妙な顔で頷いた。既に吹雪は止んで、結界の向こうに青空が見えてきている。
ナタリアはナルサスの良心だ。人とは思えない魔力を持つナルサスが、曲がりなりにも人としていられるのはナタリアのお陰だ。ナタリアに手を離されたら、ナルサスは簡単に人としての領域を踏み越えて、人から外れてしまうだろう。そうなると我が国どころか世界が終わる。
だからナタリアにはナルサスの側にいて、ストッパー役を担ってもらわなければならないのに、それを理解していない連中が多過ぎる。ナタリアを襲撃したのも、ナルサスに娘を充てがって力を得ようという馬鹿な貴族の依頼だったのだ。
先日の黒幕だった貴族はナルサスが復讐済みだが、今後もこの手の案件は後を絶たないだろう。だから、二度とナタリアに手を出そうなんて気を起こさないように、愚かな貴族達には痛い目をみてもらおう。
「ナルサス、ボクの計画が上手くいけば、ナタリアの誤解を解くだけじゃなく、お前とナタリアを引き裂こうとする馬鹿も減るぞ?」
「失敗したら?」
「それでもお前の浮気疑惑は晴れる。乗ってみる価値はあるだろ?」
ナルサスの氷色の目に見据えられる。芯から凍りつきそうだ。それでも目を逸らさず耐えていると、ナルサスがフッと笑って、夏の日射しが届くようになる。
「分かった、兄さんを信じるよ」
ナルサスの協力を取り付けて、ボクはやっと全身の力が抜けた。自由に息が出来るって素晴らしい!
だがまだ気は抜けない。計画を話すために、ボクは更に魔導装置でガチガチに護られている離れへと、ナルサスを誘った。




