兄と王
今日ボクは国王陛下に呼び出され、王宮に来ていた。普通なら爵位も継いでいないただの侯爵家子息が国王に呼び出されるなど有り得ないが、ボクにとってはそう珍しい事でも無い。何故ならボクがナルサスの兄だからだ。
ナルサス絡みの国王陛下のお小言は、親であり侯爵家当主である父に言うのが筋だと思うが、父は真っ先に逃げ出して領地に篭っている。そのためボクは10歳の頃から、定期的に国王陛下に呼び出されてきた。今では城門はもちろん、王族専用スペースへの出入りもフリーパス。近衛騎士や重臣達とも顔馴染みだ。
国王陛下の私室に案内され、出された最高級の茶菓子を摘んでいると、顔色の悪い国王陛下が入室して来た。
「やあ、待たせたな。元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます。陛下はお疲れのようですね」
7年も定期的に顔を合わせていると、相手が国王陛下だとしても多少は気安くなってくる。特にここ数年は、小言を言われるよりも愚痴を聞く頻度が高くなっているので、ボクは陛下に親近感さえ覚えていた。
「──でな、ナルサスに潰された商家と繋がりのあった貴族共が五月蝿くて五月蝿くて。ついでにそ奴らも纏めて貴族籍を剥奪してやろうと思って、その証拠固めで暗部は今人手不足なのだ」
「裏社会を牛耳っていた組織もナルサスが壊滅させたのでしょう?そちらの対応をしていた人員を回しては?」
「それが、上から抑えつけていた組織が無くなったせいで、小悪党共が騒がしくなってなぁ……」
今日の話題も国王陛下の愚痴が大半だ。王ともなれば気苦労が絶えないものなのだろうが、その原因を、一部とはいえ弟が作っているのだから申し訳ない。平凡なボクに出来ることは愚痴を聞くことくらいだが、誠心誠意務めよう。
「小悪党程度なら、暗部でなくとも取り締まれるでしょう」
「数が居ればな。実は騎士団も人手不足でなぁ」
この国は大丈夫なんだろうか。他国に比べて平和だからか、騎士団があまり強くないとは聞いた事があるが。辺境伯領の一族郎党の方が、よほど手練揃いらしい。
「なぁニコラス、ちょびっとで良いからナルサスの手を借りれんか?問題のある貴族共を、少しばかり脅してくれるだけで良いんだが」
「ボクよりナタリアにお願いされたら良いのでは?ナタリアの頼みでしたら、ナルサスは二つ返事で引き受けますよ」
「そんな事にナタリア嬢を利用したら、わたしが王位を降ろされるよ」
「あー、やりかねませんね」
退位だけなら御の字で、最悪暗殺されかねない。ナルサスにとっては、ナタリア以外の人も物も国も、全て如何でもいいのだ。
その証拠とも言えるのが、先日ナルサスに壊滅させられた反社会組織。こいつらは何をとち狂ったのか、ナルサスとデート中にナタリアを襲ったという。幸いナタリアを狙った矢は魔導装置による結界で阻まれたが、当然ナルサスは大激怒。即座に襲撃者を割り出して、復讐を始めたのだ。
組織そのものだけでなく、組織と繋がりのある者も片っ端から潰された。それもナルサス本人が出向いて、完膚無きまでに叩きのめす念の入れよう。
「逆恨みされてまたナタリアを襲おうなんて考えないように、丁寧に身体も心も折っておかないとね」
そう言って笑うナルサスは、ボクでさえチビリそうなくらい恐ろしかった。ガチ切れしていた。だから、いつもナタリアに隠れて暗躍していたナルサスが、珍しく取り繕う余裕もなかったらしく。
「そういえば、最近ナタリアがナルサスの浮気を疑っているらしいんです」
「なっ……それは我が国存亡の危機では」
ますます顔色の悪くなった国王陛下。この世の終わりのような、悲壮感を漂わせている。
「なんて事だ。わたしがこの国の最後の王になってしまうとは」
「陛下」
「ご先祖様に申し訳ない。せめて国民が無事他国に逃げられるよう手を打たなければ」
「陛下、落ち着いてください。まだ何とかなりますから」
「本当か?本当に何とかなるのか?だったら早く如何すれば良いか教えてくれ、これ以上ストレスでわたしが禿げる前に!」
7年前にはフサフサだった国王陛下の御髪が、現在はかなり心許なくなっている。重ね重ね申し訳ありません。よく効くと評判の育毛剤を献上しますので許してください。
「陛下、国王主催のお茶会を開いて頂けませんか?」
「茶会など開いて如何するのだ。それで我が国が救われるなら、安いものだが」
「上手く行けば、国家滅亡を免れるうえに、小煩い貴族達も黙らせられます」
「そうなのか?ニコラス、其方を信じて良いのだな?」
「ボクだって、祖国が弟に滅ぼされるのは嫌ですから。死力を尽くしますので、どうかご協力頂けますか?」
国王陛下はウンウンと何度も頷きながら、ボクの両手を握り締める。
「ニコラス、やはり其方は頼りになる。無事局面を乗り越えた暁には、其方を次期宰相として取り立てよう!」
「あ、それはお断りします。弟関連で手一杯ですので」




