第6章 タイの夢②
二
思いがけない話になってきた。
「それは、随分思い切った話で、急展開ね」
「オイモビックリバイ」
ロボットにまで驚かれている。AIの予想を超えた行動ということだろうか。
「でも、仕事、面白いんじゃないんですか? 」
私としては、疑問だった。さっき、仕事が楽しいという話をしていた。確かに故郷が寂れていたのはショックだったのかもしれないけれど、仕事を辞めてまで、戻って来る理由になるのだろうか。
「それに、仕事辞めちゃったら、お金稼げないんじゃないですか? 」
「おお、痛いところを突いてくるね、中学生! うん。確かにお金の心配はあるね。サラリーマンだと、一応会社から安定した給料はもらえるからね」
そうだ。お父さんもお母さんも、たぶんそれを求めているんだ。だいたいの人は、そこが心配だから、普通に仕事しているっていうのは何となくわかる。
「でもまあ、そこは一応、これまで働いてきて、それなりに蓄えもあるからさ。いや、そんな、大金持ちじゃないけどね。しばらくは何とかなるし、いざとなったらまた就職すればいいからね」
うーん。就職って、そんなに簡単にできるものなのかな?
「都会での仕事も楽しかったし、今もそのまま仕事しても楽しいし、それなりに給料ももらえて、安定した生活はできると思うんだ。でも、何ていうのかな、それよりも『田舎で自分を活かしたい』っていうのかな。最後は、『魂の拠るべき自分に還る』っていうかなんというか。何となく、そんな感覚」
わかるようなわからないような感覚だった。
「人生の分岐点って、色々な場面であるものよね。大人になって就職したからそのまま安泰な人生で、何の選択肢もないってわけでもないし」
「そうね。むしろ大人になってからの方が、人生の分岐点は多いのかもしれないわね。何を選ぶのかは、大人になってからも、その人次第ってことなのかな」
「ドノセンタクガセイカイカ、ナンテ、ロボットデモワカランケンネ」
「そうそう、ロボットがこう言うんだから。人生、AIとかで計算してどうにかできるもんでもないんだよ。そんなわけで、私はちょうど今、人生の別れ道にいるって感じかな。こんなんで、物語になるのかな? 」
「わからないわ。でも、木があなたをここに導いてくれたんだから、何かしら惹かれるものがあったのよ。完成するのをちょっとだけ待っていて」
どうやら、今日アキコさんがここに来た目的は果たされたようだ。「誰かの人生から絵本ができる」というここの理からすると、この後いずれ絵本が生まれるのだろうか。
「そうだ。これから新しい人生の船出をしようとしているアキコさんに、ぴったりの絵本があるわ。新しくできたばっかりなんだけど」
そう言うと、マーサさんは、本屋さんの方へと戻っていった。
「オイモ、カタヅケセンバトヤッタ」
ちょうどケーキも食べ終わったところで、シローはお皿を片付けて戻っていった。アキコさんと二人っきりになった。
「どうだった? 私の話」
「はい。とっても面白かったです。でもまさか、会社を辞めるところだったなんて」
「ハハッ、そうだね。そんな話は学校でするつもりはなかったんだけど、ここではね」
「絵は、まだ描いているんですか? 」
「うん。描いているよ。仕事で描くこともあるけど、相変わらずスケッチブックに描いたりしている。マーサさんは、スケッチブック捨てちゃったとか言っていたけど、私はできないなぁ。自分で見返して恥ずかしくなるときもあるけどね」
「見せてもらいたいなぁ」
「あ、見せようか」
「え、あるんですか!? 」
「うん。パッて何か風景描いてみようかなとか思うこともあるからね。何となく、ここに来てくれたご縁もあるし、特別ね」
「ありがとうございます」
アキコさんのスケッチブックは、鞄にも入るくらいの小さいサイズだった。鉛筆で描かれた絵や、ペンで描かれた絵、色々な絵が描いてある。写実的に描かれたものもあれば、落書きみたいにラフに描かれたものもある。でも、心なしか鳥の絵が多いかな。
「昨日渡した名刺ね。実は、これから新しく立ち上げようとしている会社の名刺だったんだ」
「そうなんですか? 」
「うん。だって、もう辞めちゃう会社の名刺挙げても仕方ないでしょ。田舎には結構色々な種類の鳥がいたし、昔から鳥が好きだったから、鳥のロゴデザインを自分で創ったんだ。これも『デザイン』かな。自分で自分のデザインするって、ちょっと新鮮だった」
「すごい……」
「進路、悩んでるんでしょ? 」
「え、どうしてわかるんですか? 」
「それくらいの年頃の子って、そこで結構悩むもんね。悩んでないやつもいるし、私はどっちかっていうとそんな悩まなかったかもしれないけど。というか、ナオさんの場合『顔に描いてある』ってやつかな」
「え、そ、そうですか!? 」
急に顔が熱くなった。そんなにわかりやすかったかな、私……
「わかりやすくてかわいいね! うん。そこら辺は性格もあるだろうけど、私からひとつアドバイスできるとしたら、誰に何を言われても『好きなことを手放す必要なんてないよ』ってことかな。私も田舎出るって時は周りに色々言われたし、今度また仕事辞めるとか言ったら、結構周りから色々言われるだろうけど……」
「アキコさんは、強いんですね」
「そうでもないよ。ああだこうだ、悩んで後悔することだって多いよ。でもさ。最終的に間違いないなって思うのは、やりたいことやってる時が、一番幸せってことかな」
「『やりたいこと』って、私の場合何なんだろう……」
「それも結構難しいよね。でも、それは自分の中にしかないから、自分で見つけるしかないんだよ。でも、本当は見つけるんじゃなくって『最初っから知っている』っていうのが本当なのかもね」
「最初っから……? 」
そんな話をしていると、マーサさんとシローが戻ってきた。
「これ。『タイの夢』っていうんだけど、ぜひ読んでみて」
「お、新作ですか。読ませて頂きますよ」
三
「タイの夢」
ここは広い広い海。
青い青い世界。
そこに一匹のいきのいいタイが生まれた。
「おれには夢があるんや! それはな……」
「でっかくなりたいんや! 」
うーん、シンプルでいいね!
でっかくなるためには……たくさん食べる!
自分の体ほども大きな米つぶを……パクリ!
タイの体は少しだけでっかくなった!
たくさん米つぶを食べていたら……
「よーし、こんどはあれをたべたるわ! 」
大きなゆで卵を……パクリ!
タイの体は、また少しだけでっかくなった!
たくさんゆで卵を食べていたら……
「よーし、今度はあれを食べたるわ! 」
大きなトロトロチャーシューを……パクリ!
タイの体は、またまた少しだけ大きくなった!
大きくなってくると、今度はあれを食べたくなった。
あれって、なにかって……?
「どんぶりいっぱいのラーメンを食べたんねん!」
えー! ラーメン!?
「てんこもりでたのんます!」
お腹いっぱいラーメンを食べた。
「もうしばらく食べれへんわ……」
なんて思っても、やっぱりまた食べたくなっちゃうね!
夢中なってくる日もくる日もラーメンを食べた。
すると、いつの間にかタイの体はクジラみたいにでっかくなっていた!
「夢かなえたったわ!」
でっかくなったタイは、たくさんのタイの仲間を背中に乗せることにした。
どんなタイがいるのかって……?
「サッカー選手になりタイ! 」
「世界一のプロゴルファーになりタイ! 」
「ボクシングでオリンピックに出場しタイ! 」
「キャビンアテンダントになりタイ! 」
まだまだいるよ!
「ポンコツの星になりタイ! 」
「猫を飼いタイ! 」
「感謝を伝えタイ! 」
「海外旅行をしタイ! 」
「みんな、おれと一緒に夢叶えよな!」
夢を叶えたタイは、旅に出た。
つるつるうどんの滝を越え、パイタンスープのお風呂で一休み。
キャンピングカーであちこち巡って、世界のビールを飲みほすぞ!
ライブハウスでダンスを踊って、お笑い観たならおおいに笑え!
タイの仲間が世界に散らばり、世界は夢のテーマパーク!
「おれらはまだまだでっかくなるで!」
でっかくなったタイの背中には、たくさんの夢が乗っていた。
ふと見上げると、空は青かった。
広い広い青い世界は、空にも広がっていた。
空は、タイたちに語りかける。
「あなたの夢は、なんですか? 」




