第6章 タイの夢①
一
口に入れてみたケーキの味、意外と言っては何だが、とても美味しかった。とはいえ、こんな不思議な場所だから、もっと特別で、特殊な味を期待していた自分もいて、そういう意味では『普通の味』だった。
「あ、シロー。おいしいじゃん。よかった、普通に食べられるケーキで」
アキコさんの評価は高いようだ。
「エッヘン。オイ、ナンデモデキルバイ」
「このイチゴおいしいね? 」
「ソイハ『イチゴサン』トイウイチゴバイ」
「へえ、何か面白い名前だね」
ケーキを食べながら、アキコさんが先ほどの続きの話を始める。
「私の人生の話の続きから話すね。そう。中学校のころは、とにかく『田舎から出たい』って思っていて、念願叶って、中学を卒業してから、ちょっと都会の方の学校に進むことになったんだ」
「トカイデビューヤネ」
女子会にシローも入ってきた。
「そうそう。都会に出てみると、やっぱり何だかんだ楽しくってね。そのまま高校を卒業して、就職も都会の方でしたよ。仕事も楽しかったし、色々刺激にもなったなぁ」
「仕事はどんな仕事をしていたのかしら? 」
マーサさんが仕事の内容を尋ねる。私も気になっていたところだ。
「あ、そうだね。そこ言ってなかったね。デザイン系の会社に入ったよ。あ、『デザイン系』っていうのはね、昨日もちょっと話したかもしれないけど、色々な会社のポスターとか、ホームページとか、広告全般の制作をするっていう感じの仕事かな」
「……」
何となくわかるようなわからないような。そんな表情の私を見て、アキコさんが話を続ける。
「そうだねぇ、たとえば、その会社のポスターを作るっていうのは、学園祭とかの『看板作り』って見るとわかりやすいかなぁ。ケーキ屋さんの出店をするときに看板とか作るじゃない。それを『どうやってお客さんが集まるようにできるか』ってのを考えて、作る。デザインを依頼する会社さんからすると、多くの場合、自分の会社の売上だったりお客さんだったりを増やすためにポスターとか広告を作るでしょ。そのためのかっこいいデザインだったり、キャッチーなデザインを考えるわけだ」
「なるほど」
何となくイメージができてきた。
「そう。それで、その『デザイン』っていうのは、必ずしも絵だけで見せるわけでもなくって『言葉』だったり『形』でもいいんだよね。さっきのシローが作ったケーキで考えると『素材』で見せようとするのか『作り手』で見せようとするのかでも違ってくるよね」
「どういうことですか? 」
「うん。そうね。『イチゴサン』ていう素材に魅力があるなと思ったら、そこを全面的に出すキャッチコピーを考えたりするかな。「イチゴサン」のゆるキャラみたいなキャラクターを考えたりして『私を食べてね』って言わせてみたり……まあ、これはちょっとボツネタかな。あと『作り手』であるシローを活かすなら『ロボットパティシエシローにお任せ』とか、シローのキャラクターに言わせたりしてね。うん。まあ、これもお客さんに提案できるレベルじゃないけど……」
「『パティシエシロー』ヨカケドネ」
「何となくわかりました」
どうやらデザインの仕事というのは、単純に「絵を描く仕事」ということではないようだ。
「うん。まあ、そんな感じの仕事だったんだけど、最初は結構色々失敗したなぁ。上司の人や、お客さんに提案してもダメ出しされるばっかりで」
「何がそんなにダメだったのかしら? 」
「根本的に仕事に向かう心構えとして違うなと思ったのは、やっぱり『自分を表現しようとしちゃってた』ってところかな。『デザイン』っていうのは、やっぱりそのお客さんあってのもので『その商品』であったり『その会社』の中にあるものをいかに引き出して魅力を伝えるのか、ってところが大事だって気が付いたんだ」
「うん。それは確かにそうかもね」
「『自分を表現するものではない』けど、全く自分がないわけじゃなくって『自分の技量を使って、自分なりにこれをどう表現するか』ってところで考えると、その融合なのかな。そこに気が付くと、急に仕事が楽しくなってきた。『誰かや何かの魅力を引き出すんだ』って思うと、自分で自分を表現する以外の面白さも見つかってきたんだよ」
「なるほど、自分で好きに絵を描いていたときと、また心境も変わってきたってことかしら」
「うん。そうそう。そんな感じ」
そうか。単に自分のためじゃなくって、誰かのために絵を描いたりする面白さもあるのかな。「デザイン」っていうのは、絵を描くだけじゃないんだろうけど、やっぱり近い部分もあるのかな。人生の先輩が考えたことは、確かに自分の中でも新しい発見だった。
「色んな会社のデザインをするようになって、それなりに自分でも力が付いてきた実感が湧いてきたんだ。そして、そんなある日、ふと、田舎に帰ることになったんだ」
「他のご家族は、まだ故郷の方にいたの? 」
「そう。まあ、一時的な帰省で、すぐまた都会に戻るつもりだったんだけど、久々に田舎に帰ったら、何か随分寂れてて、悲しい気持ちになったんだ」
「何がそんな風に思わせたのかしらね」
「うーん、景色とか、人の少なさとかは、元々いたときからそんなに変わっていなかったはずなんだけど、何ていうのかな……直観的にピンと来たというか……一時的な帰省のつもりが、やっぱり田舎に帰って自分の力で何かできないかなって思うようになっちゃったんだよね」
「随分な心境の変化ね」
「何となく心にグサッとくることがあって。田舎では、昔から椿油の生産をしていたんだ。暮らしていた頃は、昔から当たり前に椿の木があって、そこから椿油を生産している人がいて、まちの産業として成り立っているってことはわかっていたんだけど。ある人からこう言われたんだ。『やっていて空しい』って」
「それ、なかなかショッキングな言葉ね」
「うん。そうでしょ。昔から当たり前に田舎にあったもの。それはきっと大切なものなんだろうと何となく勝手に思っていたんだけど、そこに『誇り』とか『楽しさ』とかを見出せていないって知ったんだ。それはすごく悲しいことのように思えたし、その言葉を聴いた時、何となく『故郷のために、何かできないかな』っていう想いが湧いて出てきたんだ。『デザイン』で学んだこと。自分の故郷の良さを見つけて、表現して、引き出してあげられないかなって」
「誰かのために、想いが湧いてくるって、すごく素敵なコトだと思う。誰でもできることじゃないと思うわ」
本当にその通りだ。私は、まだ自分のことばっかりで精一杯だ。
「そう。そんなことを思って、田舎を後にして都会に戻ってきたのが実は最近の話。そして、昨日、ナオさんの学校で自分の仕事の話をしてきたところよ」
「ええ、そうだったんですか!? 」
「そう。さっきデザインがどうのこうのって話をしたけれど、あんなような話を学校ではさせてもらったわ」
「やっぱりそっちに行っておけばよかった! 」
「まあ、いいじゃない。ここで聴けたんだし。でも、帰省してからのことは話してないし、これから話すことも、学校では話していないんだけれど……」
「え、そうなんですか? 」
アキコさん、どうするんだろ……
「私、明日、会社辞めます! 」
「ええ!!? 」




