第5章 はねのいろ②
二
「はねのいろ」
もぞもぞもぞ……いもむしは今日も元気に動いている。
いもむしは、いつかさなぎになって、チョウチョになる。
見上げた先の空で、色鮮やかな羽のチョウチョたちが舞っている。
「いつかぼくにも羽が生えて、空を飛ぶんだ」
どんな色の羽になるのかな。
いもむしたちは、知っている。
だれから教わったわけでもないけれど……
「自分の羽の色は、自分で決めるんだ」
いもむしは、色を巡る旅に出た。
いもむしは、青い世界に行ってみた。
青い海、青い空。
ラムネにブルーハワイもあるね! 青い鳥は幸せ運ぶ?
青い羽は、冷静でとっても賢そう。
でも、たまにちょっと憂鬱なのかな?
赤い炎、赤い夕陽。
リンゴにトマト! 消防車も出発だ!
赤い羽は、エネルギーがあって、とっても勇気が湧く。
でも、ちょっと怒りっぽいのかな?
いもむしは、緑色の世界に行ってみた。
緑の森に、広い草原。
メロンにレタス! いっつも食べてた葉っぱの色だ。
緑の羽は、バランスがとれていて、とっても安らか。
でも、ちょっとはっきりしないかな?
いもむしは、黄色い世界に行ってみた。
黄色いひまわり畑、暖かい日の光。
バナナにパイナップル! 蜜蜂ブンブン元気そう!
黄色い羽は、明るくて楽しそう。
でも、ちょっぴり軽はずみかな?
いもむしは、白い世界に行ってみた。
白い雪、白い雲。
アイスクリームにショートケーキ! うさぎさんぴょんぴょんどこ行くの?
白い羽は、汚れがなくてとっても純粋。
でも、ちょっと近寄り難いかな?
それから、いもむしはたくさんの色の世界を旅した。
そして、ついにさなぎになるときがきた。
いもむしは、眠りについた。
眠りの中で、自分の色を決めるんだ。
赤、青、緑、黄色、白……
たくさんの色。
どれも素敵な色。
青と白を混ぜてみたら、水色になった。
赤と黄色を混ぜてみたら、橙色になった。
「どんな色だって作れるぞ」
色んな色を混ぜていたら、色んな色ができた。
紫色、茶色、クリーム色……
山吹色、茜色、虹色……
「ぼくの色を作るんだ。
ぼくだけの色を作るんだ。
ん? ぼくの色って、どんなだろう……」
どんどん色んな色を混ぜていたら、だんだん色がわからなくなってきた。
最後に出来上がったのは、真っ黒だ……
真っ黒な影、真っ暗な夜……
なにものにも染まらない強い色。
でも、ちょっぴり寂しげかな。
黒い世界を旅していたら、遠くにきらきら光りが見えた。
赤、青、黄色に白……?
まるで星みたいだ。
「そうか、黒にだって、色で模様が描けるぞ! 」
夢中になって描いていたら、光が差してきた。
夜明けのときがきたんだ。
どんな色が出来たんだろう。
どんな模様が描けたんだろう。
「ぼくが描いたのは、こんな羽」
目覚めると、そこには一匹のチョウチョがいた。
世界にひとつだけの色、世界にひとつだけの模様を携えたチョウチョは、まだ見ぬ大空へと旅立って行った。
三
「この絵本……」
「そう、この絵本は、最後のページが塗り絵になっているのよ」
なるほど、シローが色鉛筆とクレヨンを持ってきた理由が読み終えてやっとわかった。
「せっかくだから、私も塗り絵やってみたくってさ」
アキコさんが、この絵本のことを思い出したのは、こういうことだったらしい。
「せっかくだから、みんなで童心に帰って、塗り絵でもしてみましょうか」
塗り絵なんて、いつ以来だろうか。そういえば、昔は塗り絵も好きで、たくさんの塗り絵で遊んでいた。上手に塗れたときは、自分でも嬉しかったし、お父さんもお母さんも褒めてくれていた。昔はそんなことで簡単に褒めてくれたのに、最近は学校の成績がそこそこでも、あんまり褒めてくれない。塗り絵より、はるかに難しいことをしているはずなんだけどな……
アキコさんは、赤い色の鉛筆を手に持っていた。描く模様なんかも考えてきているようだった。手の動きに迷いがない。
「こういうのは、フィーリングが大事よね。フィーリング」
私は、何となく青い色鉛筆を持っていた。マーサさんは、緑を基調にしているようだ。
童心に帰りながら、さっきの話の続きをアキコさんが語り始める。
「そう、私、絵描くのは昔っから好きで、何でか辞められなかったんだ。だから、周りのみんなが受験やら何やらで変わり始めても、私は絵を描くことを辞めなかった。周りにあんまり見せなくはなったけどね。結構スケッチブックに色々描きためていたよ」
その話にマーサさんが反応する。
「すごい。いいわね。実は私も絵描いていた時期があったんだ。でも、ある時から辞めちゃった。スケッチブックも捨てちゃったことあったなぁ」
「……」
胸が締め付けられるような想いがした。マーサさんも、スケッチブック捨てちゃったんだ。今朝の自分のことが思い起こされた。
「マーサさんも絵描いてたんだ。さすが絵本屋さんの店長さんだね。でも、スケッチブック捨てちゃうって、もったいないなぁ。というか、私はできなかったよ。自分を捨てるみたいで、とてもできなかった。まあ、確かに取っておいても仕方ないし、他人から見たらゴミかもしれないけどね」
「……」
ますます胸が締め付けられる想いがした。『自分を捨てる』なんて言われたら……まさに私は今朝、自分を捨ててきたのだろうか。
「そういえば、この物語も誰かの人生が元になっているのかな? 」
「ええ、もちろん、そうよ」
「どんな人だったの? 」
「そうね。この方は、『カラーボトル』っていう、占いみたいなことをしている女性だったわ」
「『カラーボトル』って何だろう。知らないな。ナオさんは、知ってる? 」
「いえ、知らないです」
「『カラーボトル』っていうのは、三色のボトルを選んで、それによって、現在・過去・未来のことがわかるっていう心理診断みたいなものかな」
「へえ、そんなのあるんだ」
「その方は、人のオーラみたいなものが色で見えるっていう話をしていたわね」
「『オーラ』って、そんなのあるんですか? 」
私自身は、そんなの見たことはない。でも、そういったものが人間に秘められているのだとしたら、面白そうだとは思ってしまう。
「うーん、私も自分で見たわけじゃないから何とも言えないところはあるんだけど……その方も最初っからそういうのが見えていたわけじゃなくって、きっかけがあったそうよ」
「どんなきっかけですか? 」
「木の枝が目に当たって、眼球に傷ができちゃったんだって。それで、完治はできなくって、もしかしたら失明するかもしれないっていう程悪くなってしまったらしいわ」
「失明……」
仮に『オーラ』とやらが見えるようになるとしても、失明するような経験はしたくないな……
「でも、最後の最後は開き直りというか、『なるようになる』って思ったら、結局失明にまでは至らなかったそうよ。それで、その後くらいから、なぜか人を見るとその人のオーラみたいなものが色で見えてくるようになったんだって」
「不思議体験ですね」
「オーラが見えるかどうかは置いておいて、『あの人、何となく色で喩えると赤色だよね』とかっていうのは、何となくわかる気がするなぁ」
「あ、そうね。それわかる」
確かにそうだ。自分の友達で言うなら、ミドリは、名前はミドリなんだけど、赤かピンクっぽい気がする。アキコさんも、赤っぽいかな。マーサさんは、何となくミステリアスで……紫? 私は……何色だろう?
「言葉でも『自分の色を出す』なんて言ったりするものね。色それぞれにイメージがあるのは確かかもね」
そんな話をしていたら、それぞれのチョウチョの塗り絵が完成していた。
「お、赤、緑、青と、それぞれ使う色が分かれたね。たまたまだけど、R、G、Bで光の三原色だ。どれもいい味出してるんじゃない」
「ナオさんの青、なんかいいなぁ。『青春』て感じがする」
マーサさんが褒めてくれた。
「そうですか? たまたま青を選びました。マーサさんの緑色のチョウチョも、キレイですね」
「そうね。木を見ている時間が長かったからかな。緑にしちゃった。アキコさんは、赤が鮮やかね。情熱を感じるわ。それぞれ選んだ色合いに、何か意味があるのかもね」
「そうね。昔から赤は好きな色なんだ。今やろうとしていることに情熱燃やしているっていうのもあるかなぁ」
「情熱? なにをしようとしているんですか?」
「そうね。さっきの話の続きも兼ねて、私のことをもう少し話してみようか。シローが作ってくれたケーキもまだ食べてなかったし、食べながら『女子トーク』といきましょうか」
そういえばまだ手付かずだったシローお手製のケーキ。見た目はイチゴが乗った普通のショートケーキに見えるけど……
ケーキを食べ始めながら、絵を描くのが好きだったというアキコさんが、今、大人になって、何に情熱を燃やしているのか、とても気になる自分がいた。
「あ、もう来てくれた」
テーブルの横に、鮮やかな赤、緑、青色をしたチョウチョたちが舞い降りた。
「これって……? 」
「そう。私たちが塗り絵で描いたチョウチョたちだね。これを体験してみたかったんだ」
「キレイ……」
この場所の理を体験することができた。なるほど、アキコさんは、この体験をしてみたかったわけだ。塗り絵とはいえ、自分の描いたものが現実にそこに現れるという体験は、静かに、そして、じんわりと私の胸を高鳴らせた。舞い降りたチョウチョたちは、やがて、あの絵本のラストシーンと同様、自分の空へと舞い上がっていった。




