第5章 はねのいろ①
一
庭に出ると、すぐ近くに丸窓から見えていた大きな木があった。外に出てみてみると、さらにその存在感を感じる。それに、ここに来るまでの商店街や路地とは雰囲気が全く違う。ここが普通の空間ではないことがさらに実感できた。でも、陽の光は温かく、とても心地いい。やっぱり、ここの世界そのものが、絵本の中の世界みたいに感じられた。
「ちょっと遅れてごめんね。それにしても、マーサさん、何かこの前会った時と、だいぶ雰囲気変わった? 」
「そう? 私はあまり変わってないつもりだけど」
「そうだっけ? まあいいや。細かいことは気にしない気にしない。そもそもここ自体、よくわかんない場所だもんね」
「松尾さんは、今日はどんな用事でここにいらしたんですか? 」
「堅苦しいのはあんまり好きじゃないから『アキコ』って呼んでよ」
「え、ああ、じゃあ『アキコさん』」
さすがにいきなり下の名前で呼び捨てには抵抗があったので、さん付けで呼ぶことにした。やっぱり、活発で元気な人だ。
「うん。まあ、それでいいか。ここがどういう場所かっていうのは、マーサさんから教えてもらった? 」
「え、あ、はい。何となく」
「今日、私の人生を絵本にしてみよっかなって思って、来てみたんだよ。それで、私のこれまでのいきさつとか伝えるつもりだったから、あなたも一緒にいてくれたら、昨日の話の続きにもなるかなって思って」
「ああ、そういうことで、教えてくれたんですか」
「そうそう。私がどうして今の仕事しているのかって、あなたの参考にもなればなって思って」
「ありがとうございます。そんなに気を遣って頂いて。ここ、来てよかったです」
「メニューハ、ドガンスルデスカ」
シローがカフェのメニューを渡してくれた。
「今日は私が奢るから、好きなの頼んでいいわよ」
「あ、そんな……」
「いいからいいから! 」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
メニューに目を移すと、そんなにたくさんの記載はなかった。「本日のランチ」「本日のディナー」「本日のケーキ」「本日のコーヒー」「本日の紅茶」だけ。アキコさんがシローに話しかけている。
「『本日のケーキ』って、どんなやつ? 」
「オイノオススメヤツバイ」
「何もわかんないじゃん。それじゃ『本日のコーヒー』は? 」
「オイニマカセテオケバ、ヨカゴツスルバイ」
「何もわかんないじゃん……紅茶は? 」
「ヨカチャババ、ツカウバイ」
「うん、やっぱりわかんないよ」
「シローにお任せってことで、いいんじゃないかしら」
マーサさんがちょっと笑いながら助け舟を出す。
「じゃあ、ケーキとコーヒーを二セットお願い……あなたも、それでいいかな? 」
「はい。大丈夫です」
「ていうか、シローが料理するの? 」
「ええ、今日は彼が担当の日よ。任せておけば、上手にやってくれるから、大丈夫。私もコーヒー淹れてもらおうかな」
「ウケタマワッタバイ」
シローは、そそくさと厨房があると思われる方へと向かった。
「アキコさん。今日はお時間取ってくれて、ありがとう。早速色々お話聴かせてもらえるかな」
「あ、いえいえ、こちらこそ。こんな面白そうな体験、なかなかできないから。どこから話せばいいかな? 」
「そうね。せっかくナオさんがいるから、ナオさんくらいの年齢の時、どうだったか、教えてもらおうかな」
私も、アキコさんがどういう子どもだったのか、興味がある。どうやったらこんな風に素敵な女性になれるのだろう……
「そうだね。私は子どものころ、めっちゃ元気だったかな。結構男子と外でドッジボールとかして遊んでたかな」
「意外……でもないかな」
「うん。友達にもこの話すると妙に納得されちゃうんだ。で、とにかく住んでるところが田舎だったから『早くここから出たい』みたいなことばっかり考えてたかな。あ、ナオさん……だったかな? 私に訊いてみたいことがあったら、遠慮しなくていいからね。マーサさんも、それで大丈夫? 」
「ええ、もちろん」
「あ、ありがとうございます」
「そんな感じで男勝りな感じだったんだけど、実は絵を描くのが好きで、ずっと絵描いたりしてたんだ。それもまあ、遊びと言えば遊びみたいだったんだけど、親も絵描いてたんだよね。そこは血筋だったのかなぁ」
昨日『絵は儲からない』とか『絵で食っていける人はほんの一握り』という話をしていたけど、アキコさんも小さいころから絵を描いていたんだ。
まるで誰かのインタビューみたいに話が進み始めた。そうして話が始まった矢先のこと、見たこともない色と模様をしたチョウチョが、三人で囲っているテーブルの上に留まった。
「あ、このチョウチョ。そういえば、一冊本読んでみたいと思っていた本があるんだった。チョウチョの本、こないだちゃんと読めなかったから、読んでもいい? 」
「ええ、もちろん、いいわよ」
そんな話をしていると、注文を取ったシローが戻ってきた。
「ヘイ、オマチ! ゴチュウモンノシナバイ」
「シロー、その言い方はここの雰囲気に合ってないんんじゃない? マーサさん、どう思う? 」
「そうねぇ。まあ、これはこれでシローっぽくていいんじゃないかな。個性は活かした方が面白いじゃない」
「寛大なオーナーでよかったねぇ、シロー」
「ソガンネ。ソレト、コンナホン、モッテキタバイ」
「お、さすがシロー。準備が早いね」
「そうそう。これを読もうって話してたんだ」
「はねのいろ」というタイトルの絵本の表紙には、今もテーブルに留まっている不思議な色と模様をしたチョウチョが描かれていた。
「サンサツモッテキタケン、ミンナデヨムトヨカヨ。イロエンピツ、クレヨンモジュンビシトルケンネ」
「色鉛筆とクレヨン? 」
何で本を読むのにそんなものが必要なんだろう?
「うん、ありがとう、シロー」
空気間は読めないのかもしれないが、先回りの予想能力に優れた高性能AIに勧められて、また一冊の本のページを開いてみることになった。シローが色鉛筆とクレヨンを持ってきた理由は謎のまま……




