第4章 にんげんみたいな猫
一
「にんげんみたいな猫」
ある日、おいらはひとりぼっちで小さな箱に入っていた。
どうしておいらはひとりぼっちでここにいるんだろう……
そうか、おいらは、人間のご主人様に捨てられたんだ。
どうしておいらは捨てられたんだろう。
そうだ、おいらはネコだから、ご主人様に捨てられたんだ。
おいらは、ネコの自分が大嫌いになった。
おいらは、人間になろうと思った。
人間になって、おいらをすてたご主人様に、仕返しをしてやるんだ。
おいらは、ネコの自分が大嫌いだから、ほかのネコたちも大嫌いだ。
ネコのままじゃ、人間に仕返しができない。
ネコたちは、四つの足で歩く。
人間は、二つの足で歩く。
四つ足で歩くなんて、原始的で、かっこわるい。
だから、おいらは、後ろの足で、立って歩くことにした。
ネコたちは、いつもゴロゴロ昼寝をしている。
そんなんだから、よく働く人間に「あー、ネコになりたい」なんてバカにされる。
だから、おいらは、昼寝をやめることにした。
ネコたちは、たまにホントの自分を隠して、妙に大人しい。
でも、ホントはどんなやつかって、見破られているから、人間たちに「ネコを被っている」なんて言ってバカにされる。
だから、ホントのおいらのことはだれにもわからないように、お面を被ることにした。
ネコたちは、目の前に鰹節があると、すぐに飛びついてしまう。
人間に「ネコに鰹節」なんて言われてバカにされる。
食べたい物をがまんできないなんて、理性のかけらもない。
人間になるためには、ダイエットだって必要だ。
こうして、おいらは、何年も何年も、人間になることを目指した。
猫背も直して、背も高くなった。
ダイエットもしたからスタイル抜群だ。
ネコなのに額は大きくなって、随分賢くなった。
老後のお金の計算だって、ばっちりだ。
こうして、おいらは、人間みたいなネコになった。
おいらが人間みたいなネコになると、他のネコたちは、だれもおいらに近づかなくなった。
ネコたちから見ると、人間みたいなおいらは、ちょっと変なやつらしい。
でも、おいらは、ネコが大嫌いだから、へっちゃらだ。
猫背の友達なんて、かっこわるい。
頭の悪い友達なんて、役には立たない。
お金の計算もできない貧乏なやつなんて、一緒にいたくもない。
ひとりぼっちなんて、へっちゃらさ。
でも、ある満月の夜のこと。
おいらは、とても不思議な気持ちになった。
言いようもなく、寂しい気持ちになった。
ひとりぼっちで寝るのが、とてもとても寂しくてて、涙が止まらなかった。
その夜、おいらは、ひとりぼっちで眠った。
不思議な夢を見た。
夢の中で、おいらは、ご主人様だった。
夢の中のご主人様は、いつも大好きな子ネコと一緒だった。
「おはよう。きょうもむぞうかね(かわいいね)」
「いってくっけん、そいぎね(いってくるから、それじゃあね)」
いつもほっぺたをすりすりしながら、子ネコを抱き寄せていた。
眠るときも、いつも一緒だった。
ふたりでいると、いつの間にか、とても安らかな顔で眠っていた。
ある日、夢の中のご主人さまは泣いていた。
「ほんなこつ、離れとうなか! (本当に、離れたくない! )」
大粒の涙と鼻水が溢れていた。
ご主人様のせいでも、子ネコのせいでもない、だれにせいでもない、どうすることもできない大きななにかがあった。
子ネコはどこかへ行ってしまった。
ゆめのなかのご主人様の胸に、ぽっかり大きな穴が空いていた。
大きな穴の奥をのぞこうとした。
でも、暗くてなにも見えない。
暗い暗い穴の中……
いつか光がさすことを願っていた。
ふと目を覚ました。
目を覚ますと、おいらの目は、涙に溢れていた。
人間みたいなネコになったから、人間の気持ちがわかるみたい。
人間は、ネコが大好きなんだ。
ご主人さまも、ネコが大好きだったんだ。
ネコが大嫌いな気持ちは、いつの間にか、どこかへいっていた。
人間になりたいという気持ちも、どこかへいっていた。
おいらは、人間みたいなネコをやめて、ネコに戻ることにした。
ネコの自分が嫌いではなくなっていた。
ネコの自分が大好きになっていた。
ネコたちみんなのことが大好きになっていた。
そうだ。今日はのんびり、みんなとゴロゴロ昼寝でもしよう。
二
私をこの場所に導いてくれた猫……なんだか変なやつだなぁと思っていたけれど、そんなことがあったのか!
「にゃあ」
ちょうど本を読み終えたくらいのところで、この物語の猫が私の足元にやってきて体をすりすりこすりつけている。
「お前も色々あったんだねぇ」
思わず声をかける。猫が題材になっている本はたくさんあるし、この本は親しみやすかった。先に「主人公」と面識があったからだろうか?
「この本も誰か元になった人がいるんですか? 」
「そうね。ここにある本は、全部何かしら誰かの人生から生まれた物語なの。この本の元になったのは、陶器や木彫りの猫を創っているアーティストさんね」
「猫のアーティスト! 何かもうそれだけで絵になりそうですね」
アーティストっていうことは、絵も描いたりするのかな。
「そうね。その方は、ものすごく猫とご縁があって、猫を題材にしたアート作品を創るようになったそうよ」
「どんな作品か、見てみたいですね」
「あ、ちょうどここにあるわよ」
マーサさんがカウンターの方から、猫の置物をいくつか持ってきてくれた。大きさは、手のひらに乗っかるくらいだ。
「わあ、すごい! かわいらしい! 」
「ええ、すごく人気らしいわ。陶器でできているの。焼き物で、お皿とかを作るのと素材は一緒みたいよ」
そして、その猫たちには共通する特徴があった。
「なんか、全部人間みたいですね」
「そうね。立ち上がっていたり、釣りをしていたり……猫って人間っぽいところがあるからかしらね。実は人間が猫っぽいのかしら? 」
「どっちがどっちかわからなくなりますね」
「ああ、それと、こんなものも作っているらしいわ」
マーサさんは、カウンターの奥から割と大きな何かを取り出してきた。
「これは、猫の被り物ですか? 」
「そうね。結構重たいけれど、顔も頭も全部隠れるから、猫になりきれるかも」
「『猫みたいな人間』になれるわけですね! 」
「そうね。色々面白いものを創っているでしょう。このアーティストさん、猫と深い関わりがあって、たくさんの猫たちと出会ってきたらしいけれど、その分たくさんの猫とのお別れも経験したらしいわ」
「そうなんですか」
自然と、家で飼っているマーブルのことが思い起こされた。マーブルは、今家で何をしているだろうか。。
「途中、女の子が鼻水と涙を流しながら猫との別れを惜しんでいるこのシーンが印象的ですね」
マーサさんに該当するページの絵を開いて見せながら、感想を伝えてみた。この絵が一番インパクトあるシーンだった。このページでは、女の子が顔面をくしゃくしゃにしながら涙と鼻水を垂らしている。いつか私もマーブルとお別れしなければならない時が来るんだろうな。頭ではわかっても、まだなかなかイメージが湧かない。その時は、私もこんな風に顔をくしゃくしゃにしているのかな。
「そうね。このシーン、絵にインパクトがあって、こっちも泣きたくなっちゃうわよね。実際、私もあの子と別れることになってしまったら、こんな顔になるんだろうなぁ」
「マーサさんがあの二本足の猫を飼っているんですか? 」
「あの子は絵本のとおりだから、誰かに飼われているわけじゃないんじゃないかな。たまにここに遊びに来てくれるだけよ。でも、しょっちゅう遊びに来てくれて、話し相手にもなってくれているから、いなくなってしまったら、友達がひとりいなくなってしまったように感じると思うの」
「え、この猫、しゃべるんですか? 」
「ううん、私が何となく話しかけているだけで、何か答えてくれることはないわよ」
「ああ、そうなんですか。『にんげんみたいな猫』だから、しゃべるのかと」
「そうね。絵本のとおりだから、もしかしたら私の言っていることはわかってくれているし、私の気持ちもわかってくれているのかな。でも、この子から話してくれることはないわ」
「絵本のとおりなら、ずいぶん頭も良さそうですけどね」
「そうね。老後のお金の計算もしているくらいだからね! フフッ」
そういえば、老後のお金の計算なんて、考えたことすらない。老後どころか、私の目下の悩みは社会人になる前の進路であったり、高校受験だ。やっぱり猫を見習って、将来に備えて勉強しないといけないのかな。この本は、背伸びして人間を目指した猫が、結局最後は「猫のままでいい」という結論を出していた。私も背伸びして、無理に大人になろうとしなくていいのかな。でも、現実に大人には近づいているし、そんな甘えてばかりもいられないのかな。
「あなたも猫飼っていたりするの? 」
「あ、はい」
「いいわね。大事にしてあげてね」
「マーサさんも、猫とお別れしたことがあるんですか? 」
「あるわよ」
マーサさんが、ちょっと寂しそうな表情になって続けた。
「私が七歳くらいのころから飼っていた猫がいたんだけど、ちょうど私が二十歳になった年だったかな。老衰で死んじゃったんだ。白と黒とマーブル模様が印象的な猫で、想い出も色々あったから、悲しかったなぁ」
マーサさんは、本当に寂しそうな顔をして、ちょっとだけ目を潤ませていた。咄嗟に「うちのマーブルと似ている」と思ったけれど、言葉には出せなかった。
ちょっとしんみりした空気が流れてしまったところで、ちょっと元気のいい扉の開ける音と共に、誰かが店に入ってきた。
「ごめんなさい。ちょっと遅れちゃった。あれ、あなたは……」
私をこの『木になる絵本屋さん』へ導いてくれた、松尾アキコさんだった。
「やっぱり来てくれたんだ。よかった。早速本読んでみた? 」
「はい。『ロボットのシロー』と『にんげんみたいな猫』を読ませていただきました」
「お、ここの定番の本だね。面白かった? 」
「あ、はい」
「というか、ここに絵本から出てきたシローとか猫ちゃんがいるところに驚いてたところ、かな? 」
「え、あ、はい」
元気な女性の登場で、さっきまでちょっとしんみりしていた雰囲気が一変した。
「そうでしょ。驚いたでしょ。私も最初は驚いたもん。でも、面白いところで、気に入ったでしょ? 」
「はい。とても……」
「うん。よかった。あなたなら、初対面だけど気に入ってくれると思ったんだ」
「ヤクシャモソロッタトコロデ、オチャデモドガンデスカ」
「え、お茶?」
「そうね。ここはカフェもにもなっているのよ。私たちもいただこうかしら。せっかくだから、お庭に行きましょうか」
「いいわね。行きましょう」
実はこっそりまだその場にいた超高性能人型ロボットのシロ―が、高性能AIで気を効かせてくれたのか、おやつタイムになった。




