第3章 ロボットのシロー②
二
本を閉じて、物語に想いを馳せる。シンは、ロボットに怒られて、自分のやるべきことを知ったみたいだ。私は王様じゃないけれど、私のやるべきことなんて見つけられるのだろうか。私のやるべきことって何だろう。結局それは、お父さんお母さんや学校の先生が何となく望んでいるであろう「受験勉強」なのかな?
そんなことを考えていると、こちらを見ているマーサさんと目が合った。「どうだった? 」と尋ねてみたい気持ちが顔に書いてある。「やるべきこと」の答えは思い当たらなかったので、当たり障りのない感想をとりあえず伝えてみる。
「何というか……絵本にしてはちょっと難しい内容でしたね」
「そうね。誰かの人生から生まれている絵本だから、ちょっと複雑なところもあるかもしれないわね」
「『ロボット王国』っていう舞台なのに、絵はすごく柔らかい雰囲気で描かれていて、でもそれが世界観と不思議とマッチしていたのが印象的でした」
「そうね。私もこういう柔らかい雰囲気の絵、好きだなぁ」
「途中、変な田舎の言葉みたいのも出てきますね? 」
「うーん、何でかしらね? この物語の元になった方がここでお話をしていたとき、そんなような話し方をしていたわよ。どこら辺の言葉なのかしらね? 」
「この物語は、どういう人の人生から生まれたんですか? 」
「そうね、設計事務所をしている二代目の方だったわ」
「王様が引き継がれてきたという舞台設定と、二代目というところが、ちょっと重なりますね。何で途中、龍が出てくるんでしょう? ロボット王国っていう未来的な場所に龍が登場するのが、ちょっと突然な感じもしました」
「ああ、それはもしかしたら、その二代目さんが龍の話をしていたからじゃないかしら。『願いを叶えてくれる龍の出てくる漫画が好きだ』みたいなことを熱心にお話していたもの 」
「その漫画って、私も知っているあれかな」
「願いを叶えてくれる龍の出てくる漫画」には、心当たりがある。世界中で大人気だし、学園祭のときに男子からキャラクターの絵を描いてって頼まれた。どちらかというと男子が好きそうな漫画だけど、実は私も大好きだ。
好きなことが共通だと、不思議なもので「ロボットのシロ―」の話の元になったという二代目になぜだか親近感が湧いてきた。どんな人なのか、もっと知りたい。
「その二代目さんは、どんな人ですか。マーサさんはご存知ですか? 」
「ええ、ここに訪れた方とは、だいたいいつも色々とお話させてもらっているから、わかるわよ」
「もうちょっと教えてください」
「そうね。その方は、設計事務所の二代目をされているんだけれど、ドローンっていう空飛ぶ機械なんかを使って、土地とか建物の測量をするっていうお仕事をされていたみたいよ。測量のお仕事っていうのがどんなものか、詳しく聴いているわけじゃないのだけれど、土地とか建物の広さを測ったり、土地と土地の境界線を引いたりするお仕事だったかしらね」
「へえ、ソクリョウのお仕事……」
そういえば、昨日のキャリアアップセミナーに「測量士」という人も来ていたっけ。そもそも「ソクリョウ」というのが何の仕事なのかいまいちよくわからなかったけど、何となく、数ある仕事の中のひとつで、そんなに遠い世界の人だとは感じなかった。少なくとも、芸能人とか、有名人とか、スポーツ選手とか、雲の上の人というわけでもなさそうだ。ドローンという比較的真新しい機械を使っているから、ロボット王国という舞台設定になったのだろうか。
「先代のお父様が創業された事務所らしいのだけれど、お父様の時はとても苦労があったらしいわ。なかなかお金がなくて、電気代を支払うのにも苦労された時期があったらしいわ」
「電気代……」
そういえば、電気を使うにもお金ってかかるんだよね。ニュースで電気代が値上がりするとか言っていたのを聞いたことがある。うちの電気代っていくらくらいしているんだろう?
「そんな先代のお父様とお母様の時代の苦労なんて知らず、その方は大人になって、二代目になったらしいわ。でも、偉い立場になると、色々と勘違いをしちゃうこともあったみたいで、色んなことを『やらかした』って言っていたわね」
「『やらかした』? 」
「そうね……とても大きな『やらかし』、大失敗が原因で、『事務所を潰してしまうかもしれない! 』っていうくらいひどい状態になったらしいの」
「事務所が潰れると、どうなるんですか? 」
「お金が稼げなくなって、生活できなくなっちゃうかも、って感じかな」
「死んじゃうってことですか? 」
「死ぬってことじゃないかもしれないけど、大変なことではあるわね」
そうだ。今はお父さんとお母さんが働いてお金を稼いでくれている。だから私は生活できているし、生きていられる。「食っていくために仕事をすること」それは、当たり前に大人になったらやらなければならないことなんだ。お父さんもお母さんも、私に「ちゃんと働いて自分で生きていける人になってほしい」と願っているはずなんだ。そのために、勉強しないといけないのかな。
「そうなったときにね。初めてお父様とお母様と向き合って、真剣にお話されたそうよ。そして、自分が小さかったころの知らなかった苦労話なんかも知って。それを知ることで、お父様とお母様に感謝して、事務所を潰してしまうかもしれないところまでにしてしまったことを心から謝ったそうよ。『本当に、ごめんなさい』って」
「それ、この本の最後のシーンですね」
「『親の心子知らず』って昔から言われているけれど、本当にその通りなのかもしれないわね。でも、その方は、心の底から謝って、ご両親やご先祖様に感謝して、真摯に自分の仕事と向き合ったら、『潰れる! 』っていうことはなく、うまくいくようになったそうよ。その方は『奇跡が起きた』って言っていたわね」
「親の心子知らず」か……何となく、耳が痛かった。昨日の出来事が思い起こされた。お父さんもお母さんも、決して悪気があったわけじゃない。私が私の都合で感情的になっちゃったんだ。お父さんとお母さんは、いつも私のことを心配してくれているし、今でも心配していると思う。帰ったら、私も謝らないといけないかな……
「そういえば、その本、最後に『エピローグ』っていう部分があるのよ。よかったら、そこもぜひ読んでみて」
「あ、そうなんですか」
マーサさんに促されて、まだ読んでいなかったエピローグにも目を通してみた。
三
【エピローグ】
この物語から遡ること百数十年前、シンのおじいさんのおじいさんのそのまたおじいさんの時代。王国では、AI化と機械化の進む社会にいち早く対応すべく、超最新型高性能人型ロボットを導入することとしました。巨額の開発費をかけて開発されたそのロボットの完成に、王国の人々はもちろん、国民全員が希望を抱き、明るい未来を確信していました。
年老いた国王は、その光景を見ながら、満足そうに微笑んでいます。
「息子をはじめとして、私の後を継ぐ者は育ち、王国は笑顔で溢れて活気づいている。今後、我が王国は、益々発展していくであろう」
そう思いながらも、国王の中には、わずかな不安がよぎっていました。
「もし、私の末裔が、道を誤ってしまったら……? 」
国王は、誰にも知られることなく、寝静まった真夜中、超最新型高性能人型ロボットに自らの魂と願いをプログラム化して封印しました。そして、国王は、夜明けとともに、静かに息を引き取りました。自分の分身であるそのプログラムが二度と動き出すことのないよう願いながら……
超最新型高性能人型ロボットは、誰からともなく、いつしか、国王の名である「シロー」と呼ばれるようになったのでした。
何となく、この物語の元となった人の人生に想いを馳せた。魂とか願いなんかをプログラム化できる世界が訪れるかどうかなんてわからない。でも、もしそうなったら、その人は、自分の孫子の世代に向けて、何を伝えるのかな……
一冊ここの本を読み終えてみると「木になる絵本屋さん」という名前の意味がわかってきた。誰かの人生を元にして、木の実みたいに絵本ができる。だから「木に生る」絵本屋さんということなのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると……
「オイノエホン、ドガンヤッタネ? 」
「ええ!? 」
思わずちょっと飛び上がって驚いてしまった! 変なロボットが、変な話し方と変な声で話しかけてきた! もしかして、これは……
「紹介するわね。ロボットのシロ―よ。フフッ、ちょっとびっくりした? 」
マーサさんが、ちょっといたずらっぽい笑顔で笑っている。
「びっくりしました! 何で絵本の中のロボットが!? 」
ついさっきまで読んでいた本の中の世界と現実がごちゃ混ぜになるのだから、驚かない方がおかしい……あたふたしている私を見て、マーサさんが、この「木になる絵本屋さん」の理について説明してくれた。
「このお店には、絵本の世界から誰かや何かが遊びに来てくれたりするのよ。最初はだいたいあなたみたいなリアクションになるお客さんが多いかな」
「そりゃあ、驚きますよ! 」
「オマンノリアクション、ヨカネ」
「……」
うーん、何か気恥ずかしい。説明してもらって、理解しても、絵本の世界の住人が目の前にいること自体、それはそれで不思議な出来事であることに変わりはない。お店に入って、丸窓の外の景色を見て思ったけれど、ここは普通の現実世界と何かが違う。
「もしかして、このお店って、異世界……? 」
「ドガンヤロ? オイハ、フツウバッテンネ」
「そうね。私も、フツウなつもりだけど。もしかしたら、あなたの暮らしている世界とはちょっと違うかもね」
「そうですか……」
何か、ちょっとはぐらかされた気分だ。でも、どうしてだろう。割とすんなりと受け入れている自分もいる。せっかくの貴重な体験だし、面白そうだったので、シローに話しかけてみた。
「今日は王様の側にいなくていいの? 」
「シンサマハ、オウサマヲシッカリヤットルケンネ」
確かに、立派な王様になると誓っていたし、頑張っているみたいだ。
「ソレニ、オイ、キョウ『ヒバン』デ、ヒマヤッタケン」
「『ヒバン』って『非番』のこと? ロボットにもそんなのがあるんだ」
「そうそう。『ヒバン』のときに、ちょっとお店のこととか手伝いにきてもらっているの。シローはすごーく、頼りになるのよ」
「エッヘン」
シローは誇らしげに胸を張っている。確かに「ヒバン」の日にまで仕事をするなんて、頼りになるのかな。私はまだ仕事してるわけじゃないけど、休みの日にまで仕事したいなんて、大人になってもきっと思わないだろうなぁ。
「休みの日にまで仕事するなんて、すごいね。自分なら、絶対しないなぁ……」
「『ビンボウヒマナシ』ヤケンネ」
「シロー、変な言葉知ってるね。でも、シローは、王様に仕えているんだから、貧乏じゃないでしょう? 」
「ソガンコツ、ナカデスヨ」
謙遜しているのだろうか。それにしても、絵本の中で読んでいたより、言葉遣いがきつい気がするのは、気のせいだろうか? 文字で読むだけよりも、実際の声となると、ニュアンスみたいのも入るからそう感じるのだろうか。
「オマンハ、『ヒバン』ノトキ、ナンシヨウト? 」
「ええっと『休みの日は何しているか? 』ってこと? 」
「ウン」
「ええっと……家でゲームしたり、ゴロゴロしたり……落書きしたり、かな? 」
「モッタイナカネ」
「うるさいなぁ! 」
いつもお母さんに言われていることだ。まさかロボットにまで同じことを言われるとは思わなかった……でも、確かにもったいないのかな……結構そういう人は多いと思うけど……本格的に受験生になったら、休日も勉強しないといけないのかな。
そんな他愛もない話をロボットのシロ―としていると、ふとここに至るまでに起きた不思議な出来事のひとつが思い出された。
「あ、シローみたいに絵本の世界から遊びに来てくれるっていうことは、もしかしてあの猫も!? 」
「ああ、そうね。あの子も、絵本の世界から遊びに来てくれているのよ」
「やっぱり! 」
この店の理が理解できて、ひとつの謎が解明された。あの二本足の猫、絵本の世界からやって来ているというなら、何となく納得できる。
「そろそろ、次の本を読んでみる? 」
「そうですね、せっかくなので、あの猫が登場する本を読んでみたいです」
「そうね。猫の作品は、とても人気よ。あの子のお陰かな。これ! 『にんげんみたいな猫』」
「オイモ、コノホン、スキバイ。チナミニ、オイハ『ニンゲンミタイナロボット』」
「そ、そうだね……」
ロボットにも性格があるようで、シローは愉快なやつだ。現実世界のAIやロボットにも性格なんて、あるのかな。
紹介された「にんげんみたいな猫」の本に目をやると、先ほどこの不思議な本屋に導いてくれ二本足で歩く不思議な猫が、まさに表紙に描かれていた。先ほど読んだ「ロボットのシロー」と絵のタッチは全然違う。油絵で描かれたと思われるその猫は、可愛いというよりも、やっぱり何だかちょっと浮世離れして見えた。
早速、本を開いてみた。




