第6章 タイの夢③
四
この絵本も、最後のページに描かれているタイが白地になっている。吹き出しが付いていて、何か言葉を書けるようになっている。
「なるほどなるほど。ここの本は読者に何かさせるのが好きだねぇ」
アキコさんが笑っている。
「そうね。でも、面白いでしょ? 」
「確かに確かに。そういうことなら、書かせて頂きますよ」
「『〇〇タイ!』ッテ、ジブンノユメヲカクトヨカヨ」
「ナオさんも、ぜひ書いてみて」
「はい。でも、私はまだ夢っていう夢は……」
ちょっと消極的になっている私に、マーサさんがアドバイスをくれる。
「『夢』っていうと、ちょっと気恥ずかしくなっちゃったりするかもしれないけれど、この絵本の元になった方は、こんな話をしていたわ。『ラーメン食べたい』だって、立派な夢だって」
「ええ? ラーメン? 」
「そう。この物語はね、あるラーメン屋さんのお話が元になっているのよ。そのラーメン屋さんは『ラーメン食べたい』って思ってラーメンを食べまくっていたら、それがだんだん『ラーメン作りたい』になるかもしれない。『ラーメン作りたい』を叶えていたら『ラーメン誰かに食べてもらいたい』になるかもしれない。そしてそれを叶えていたら『ラーメン屋やりたい』になるかもしれないって。小さい夢とも言えないような願いを追いかけていったら、最後は自分の中にある大きな夢にたどり着けるかもしれないって。そんな風に言っていたわよ」
「うん。それ、言えてる」
アキコさんが頷いている。さっき「最初っから知っている」って言っていたのは、こういうことなのかな。夢は自分の中に、最初からある……?
「だから、自分の中で『何だ、そんなこと』って思っちゃうようなことでも、小さな『〇〇タイ』を見つけて書いてみるだけでいいのよ」
「私はできたよ」
私が書けずに悩んでいると、隣のアキコさんはもう書き上げていた。
「田舎を元気にしタイ!」
「お、いいじゃない」
「ウン、ヨカヨカ」
「ま、私も何ができるかわかんないし、どうなるかもわかんないけどね」
アキコさんは、自分の想いに向かって素直に進んでいこうとしている。その姿に、少し背中を押されたような気がした。
「じゃあ、私は……」
私らしく、私らしく……そう思っていたら、何となく筆が進んだ。気が付けば、いつも描いている鳥のイラストを交えてこう書いていた。
「絵本を創りタイ! 」
自分でも、そう書けたことが不思議だった。ここで色々な絵本に触れたからだろうか。
「お、いいじゃん」
「ヨカヤンネ! 」
アキコさんもシローも褒めてくれた。
「うん。そうそう。負けるな負けるな」
マーサさんも、嬉しそうな顔をしていた。「負けるな」って、何でそういう言葉になったのか不思議だったけど、すごく後押ししてくれているように感じた。
ちょうど私が書き終えて、みんなでちょっと笑い合っていると、信じられないような光景が目の前に現れた。
「オオオオオン……」
大きな龍が大きな声を上げながら大きな木の上空を飛んでいる。あの龍も、絵本の中から現れたのだろうか。いや、ロボットのシローに登場した龍だろうか。でも、あの絵本の龍は、緑色だったけど、この龍は全身が真っ白だ。
「あら、もうこんな時間。あの龍が出てきたということは、そろそろ閉店の時間ね」
「あ、龍が。そういうこと」
「オイモ、ソロソロ、シンサマノトコロヘ、カエランバ」
「ごめんなさいね。突然。でも、すごく楽しい時間を過ごさせてもらったわ。よかったら、また来てね。お店が開いているかどうかは、この大きな木の気まぐれになるかもしれないけれど」
マーサさんは、「また」って言ってくれたけど、何となく察していた。ここは、いつでも来られるわけじゃない。きっと、そういう場所なんだ。
「今日のお話から、また絵本ができると思うから、しばらく待っていてね」
「私、会社に辞表出して、しばらくしたら田舎に帰っちゃうから、その前にできてるといいなぁ」
そんな話をしながら、大きな木と龍を眺めながら「木になる絵本屋さん」の店舗の中に戻っていく。店の中に戻ると、青色の表紙の中に、薄っすらとあの白い龍が表紙に描かれた本も置かれていた。やっぱり、絵本に描かれている龍のようだ。その他にも、色々な本がある。もっとたくさん見てみたいけれど……
「ごめんね。こんなに突然お別れの時間になっちゃって」
後ろ髪惹かれる思いだったのを、マーサさんが察したのか、声をかけてくれる。
「あ、いえ、そんな。でも、またここに来てみたいです」
それが叶うのかどうかはわからなかったけれど、本音だった。
「うん。そう言ってもらえて、嬉しいわ。あ、そうだ! 最後にナオさんに渡すものがあるんだった」
「え、何ですか? 」
「はい。これ、あの木が渡してほしいって」
手渡されたのは、ちょっと厚みのある箱だった。箱のままじゃ持ち運びにくそうだということで、マーサさんが手提げ袋に入れてくれた。
「家に帰って、自分の部屋で開けてほしいんですって」
「木が、そう言っているんですか? 」
「そうね。そういうことにしておいて」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
そう言いながらも、ちょっとした恐怖心もあった。異世界で渡される箱、といえば……玉手箱? 開けたら……おばあさん??
「それじゃあ。またね」
「マタ、オマチシトルバイ」
「ありがとうございました」
アキコさんと二人、店の外に出た。お店の前の扉には、そっけなく「本日営業終了」と書かれている。一度出てしまうと、ノックしてももう反応もないし、中に人がいる気配も感じられない。
「何か、怒涛の勢いで追い出されちゃったね」
「はい」
「渡されたそれ、何か怪しいね」
「はい……」
「開けたら……おばあさん?? 」
アキコさんも同じ想像をしていたらしい。
「開けて、大丈夫でしょうか……」
「私なら……」
ちょっと考え込んで見出したアキコさんの答えは……
「いや、やっぱ、開けるしかないでしょ」
「えー、じゃあ、アキコさん、開けて下さいよ」
「いや、ナオさんがもらったんだから、自分で開けてよ」
「えーー!! 」
「こういう時は、言いつけを守らないといけないはずだから、『あなたの家のあなたの部屋であなたが開ける』以外の正解はないはずよ、きっと! 」
「うう……」
確かにそうだと思った。
「そういえば、アキコさん、どうやってここを知ったんですか? 」
「いや、それなんだけど……実は私もよく覚えてないんだよね」
「ええ! そうなんですか!?」
「うん」
「だって、『木になる絵本屋さん』の名刺、くれたじゃないですか」
「うん。確かにそうなんだけど、何で名刺なんて持っていたか、思い出そうとしても思い出せないんだよね。私が最初にあそこに行ったときは、ちょうど会社を辞めようか辞めまいか真剣に悩みまくっていたんだけど…」
「ええ! そんなことって……」
「うーん。感覚的には、眠っている時に夢を見て、夢の中でははっきりしているはずだったんだけど、朝起きて時間が経つにつれて、だんだん夢の中の出来事を忘れちゃう、みたいな感じかな……ここに来ることになったきっかけも、名刺を持っていた理由も、そんな感じではっきり思い出せないのよ。ただ、今日ここに来るっていう約束だけははっきり覚えていて、ナオさんのことも誘ってみたんだけど」
「そんなこと言われると、ますます怖くなるじゃないですか」
「そうねぇ。私が巻き込んでおいて今更なんだけど、実際そうなのよねぇ。あ、でも、私の名刺に書いてある連絡先とかは、本物だから、また何かあったら連絡してね」
「私に何もなければ、ですね……」
「うん。大丈夫よ。そんな怖いこと、ないはずよ。ちょっとそれ、貸してみて」
アキコさんが、手提げ袋をちょっと振ってみる。
「何か、ずっしり重いわね……」
「ホント、何でしょうね……」
「わからないけど。あとはあなたに任せるわ! 」
「はい……」
「ひとりで帰れる? 」
「はい。それはまあ、そんなに遠くないので」
「うん。じゃあ、ここでお別れね。今日はありがとう」
「はい。ありがとうございました。アキコさんも、新しい仕事、頑張って下さい」
「あなたもね。面白い絵本作ってね。焦らなくっていいはずよ」
「はい。いつか」
こうして、私は、学校終わりの放課後、「真っすぐ帰りたくない」という気分を紛らわせるには十分過ぎる程の出来事を経て、帰路についた。




