第7章 エピローグ 三原色の鳥①
一
「本当に、ごめんなさい!! 」
家に着いて、開口一番、お父さんとお母さんにこう言った。この言葉は、そう。「ロボットのシロー」から拝借した。全然気が付いていなかったけれど、携帯電話にLINEやメールや着信がたくさん入っていた。
「もう。帰りが遅いから心配したのよ。学校にも連絡したんだから」
いつもより帰宅時間が遅くなってしまった。深夜というわけでもなく、それほど心配される時間だったというわけではないけれど、昨夜の出来事があったので、お父さんとお母さんにとても心配させてしまったようだ。
「こんな時間までどこにいたの? 」
「ええっと、初めて行く喫茶店? みたいなところかな」
「誰と行っていたの? 」
「昨日キャリアアップセミナーに来ていた講師の先生で、ちょっと追加で色々聞きたいことがあって? 」
「昨日のセミナーって、弁護士の先生? 美容関係のっていう人? 」
「いや、そっちじゃなくって、話を聴きたかったけど、聞けなかった人にたまたま会って……」
「大丈夫なの? その人? 怪しい人じゃなくって? 」
「いや、学校が呼んだ人だから、そんな人じゃないよ。女の人だし。すごくいいお話、聴かせてもらって、勉強になったんだよ」
「いや、それならそうと早く教えてくれればよかったのに」
「はい。ごめんなさい……」
「それはそうと、その手提げ袋は? 」
「あ、これは、お土産にもらったものでして」
「開けないの? 」
「うん。これは、私の部屋で開けないといけなくって」
「何で? 」
「ええっと、私も中身を知らないので……」
「???」
お父さんもお母さんも困惑している。まあ、そりゃそうだよね。
「今日はごめんなさい! 明日から『平常モード』になりますので、ご心配なく! 」
そう言って、自分の部屋に逃げるように駆け込んだ。
さて、問題の荷物だが……手提げ袋を開けて箱を出す。箱を振ってみると、ずっしりと重い……
「うーん。開けるしか、ないよね。やっぱり」
煙が出てきたら、一目散に逃げられるよう、机の上に箱を置く。窓は開けて、煙はすぐにどこかへ飛ばせるよう、扇風機も準備して……意を決して、箱を開けてみる。
「どうだ! 」
思わず目を背ける。何も反応がない。恐る恐る箱の中を覗いてみる。
「あ……」
そこには、さっき読んだばかりの「タイの夢」の絵本が入っていた。開いて読み進めてみると、最後のページに「絵本を創りタイ! 」と書かれていた。
「これ、私が書いたやつだ」
マーサさんが、プレゼントしてくれたのだろうか。一枚のメモ紙が挟まれていた。
「絵本を創るなら、いつか必要になるかもしれないので。あなたのお父さんとお母さんにも、見せてあげて。
マーサ」
箱の中には……嘘だ。どうしてこれが……目を疑いたくなったけれど、そこには、今朝捨てたはずの私のスケッチブックが入っていた。なぜだか、涙が溢れてきた。そういえば、マーサさんは、自分のスケッチブックを捨ててしまったと言っていた。「負けないで」っていうのは、こういうことだったのかもしれない。
「これ、お父さんとお母さんに見せてもいいのかな」
アキコさんが、何の躊躇もなく、私にスケッチブックを見せてくれたことを思い出した。恥ずかしいけど、これが私なんだ。自分の部屋を出て、まだお父さんとお母さんがそこにいるであろうリビングへ向かう。
「ねえ、お父さん、お母さん」
「ん、どうしたの? 急に」
「見てもらいたいものがあるんだけど……」
「急に改まって、変な子ね」
「うん。これなんだけど……」
その日、私は、生まれて初めて、お父さんとお母さんに、私のスケッチブックを見てもらった。
「ああ、スケッチブック。小さいころから描いていたよね」
「そうね。あなた、絵を描いているとき、すごく真剣で楽しそうだったの。よく覚えているわよ」
「え、知ってたの? 」
「ええ、でも、あまりこっちから見せてほしそうにすると、恥ずかしがって隠すから、途中から見ないことにしていたのよ。まさか、まだ持っていて、描いていたなんてね」
小さいころから描きためていたのをお父さんもお母さんも、実は何となく気が付いていたんだ。私の絵を見て、とても懐かしんでくれた。そうだった。私が絵を描き始めた時、お父さんもお母さんも、とても喜んでくれたんだった。私が絵を描くのが好きなのが、何となくわかった気がした。
「私ね。将来、絵本創ったりしてみたいんだ」
「え、そうなの? まさか、あなたがそんなこと言うなんてね……」
「え、どうして? 」
「実はお母さん、二十歳過ぎくらいだったかな。短大卒業してすぐ、出版社に行ったことがあるのよ。『絵本創りたいです』って」
「ええ!? 」
「それは知らなかったな。初耳」
お父さんですら、そんなことは知らなかったらしい。
「でも、出版社に門前払い。今考えると当たり前だけど。だって、絵なんてろくに描けなかったし。でも、ちょっとだけ、物語考えるのは、自信あったんだ。それだけで出版社に突撃するなんて、我ながら若気の至りだわ……」
「面白いね、それ! 」
お父さんが珍しく笑っている。
「ってことは、ナオがそんなこと言うのも血筋かな? いいんじゃない。親子世代を超えて、やりたいことやってみるって」
「そうね。勉強も大事かもしれないけど、やりたいことやるのも大事よね。若いときは、失敗したっていいんだから」
「そうだな。お父さんの若気の至りといえば……」
一冊のスケッチブックがきっかけになって、久しぶりに、親子で色々な話をした。お父さんとお母さんの人生にも、色々な物語があった。何だか、恥ずかしがって隠し事をしていた自分が滑稽だった。
それ以来、お父さんとお母さんは、相変わらず成績のことは気にしているみたいだったけど「絵なんて描いても食っていけないから」なんてことは言わなくなった。まだ絵本を創るなんてことはできる気がしなかったけれど、アキコさんみたいに、スケッチブックを持ち歩いて、描きたいことを描く。それだけは、続けることができそうだった。自分の色を否定して大人になろうとする必要なんて、なかったんだ。それだけは、わかった気がする。




