第7章 エピローグ 三原色の鳥②
二
それから、私はごくごく普通の生活を送っている。放課後、思い立った時にあの「木になる絵本屋さん」のあった場所を訪れてみる。でも、思い出そうとしても、どうやってたどり着いたのか、思い出すことができない。人間みたいな猫に出逢って、そこからどういう道を通って、どうたどり着いたのか…家に帰ってこられたんだから、何となく道はわかるはずなのに…アキコさんが言っていたように、眠っている時に夢を見て、夢の中でははっきりしているはずだったんだけど、朝起きて時間が経つにつれて、だんだん夢の中の出来事を忘れちゃう、みたいな感覚だ。
それと、あの日以来、アキコさんとは少し年の離れた友達だ。アキコさんは、田舎に帰って、椿油を使った新しい石鹸や化粧品の開発と、そのブランディングに力を入れているそうだ。今でもあの日のことを話題にすることはあって、アキコさんは、あの日の「木になる絵本屋さん」にいたこと、話したことをしっかりと覚えているそうだ。やっぱり、ふたりとも覚えているのだから、あの日あった出来事は、夢なんかじゃない。そう思って、今日もあそこを訪れてみようとするのだけれど、どういうわけか道がわからない。「あの名刺があれば行けるはずだ」と思ったけれど、なぜか名刺はどこかにいってしまって、いくら探しても見当たらない。
「木になる絵本屋さん」を探して商店街を歩き回った帰り際、商店街の中にある小さな書店が目に留まった。この書店は、いつもそこにあったけど、正直、ちょっと寂れていて、入ってみようと思ったことはない。でも、今日は不思議と、入ってみようという衝動にかられた。
おもむろに、絵本の置いてあるコーナーへ行ってみる。「絵本を創りタイ!」という想いを文字にして、形にしてから、色々な絵本が気になって、本屋に立ち寄っては見てみたり、買ってみたりしている。
「鳥さんの絵本ほしい! 」
小さな女の子が、カラフルな鳥が描かれた絵本を手に取って、母親にほしいとせがんでいる。
「ほんとだ。きれいな絵の絵本ね」
私も、何かに導かれるみたいに、その本を手に取る。
「この絵……」
そこに描かれている絵は、初めて見るような、昔から知っているような、そんな不思議な絵だった。立ち読みもできたけれど、お店の人の目が気になったので、買って帰ることにした。
家に帰って、開いてみると、そこに綴られていたのは、こんな物語だった。
三
「三原色の鳥」
深い深い霧で包まれた山奥に、青い色をした鳥たちが住む静かな谷がある。
青い鳥は、昔々のころから「見つけたら幸せになる」とか「幸せを運ぶ」なんていわれている。
ぼくは、静かなこの谷で生まれた。コバルトブルーの翼をもって。
でも、ぼくのことを見つけた誰かが幸せかなんて、これっぽっちもわからない。
谷の青い鳥たちは、みんな誰かに幸せの種を運ぶのが役割なんだって。
谷に生まれた青い鳥たちは、みんな青い翼に誇りをもっている。
でも、最近こういう話もよく聴くようになったんだ。
「私たちに出逢って、本当にみんな幸せなんだろうか。」
「せっかく届けた幸せの種も花開かないことが多くて…ちょっと空しいね」
ぼくは、元気で明るいのが取り得だ。
「青い色に似合わず、落ち着きがないね」なんて、いつも言われている。
歌うのも、踊るのも、大好きだ。
元気がない谷のみんなを見ると、少し悲しい気持ちになるんだ。
だって、誰かに幸せを運ぶだなんていいながら、谷の青い鳥たちは、ぜんぜん幸せそうじゃないんだもん。
誰かが幸せかどうかなんて、どうせ誰にもわからない。
だからぼくは、ぼく自身が明るく楽しく幸せに生きていたいんだ。
ある日、谷でこんなうわさ話を耳にした。
赤い鳥たちが集まる山では、毎日楽しいダンスパーティが開かれているんだって。
赤い鳥たちの集まる山にいけば、きっと毎日ダンスを踊って、楽しい日々を過ごせるはずだ。
ぼくは、ちょっとだけ青い鳥をやめて、赤い鳥たちのいる山に行くことにした。
赤い鳥たちと一緒に踊るため、絵具でコバルトブルーの羽をサファイアレッドに染め上げて。
山では、そこかしこで、楽しいダンスをみんなが踊っていた。
赤い情熱に包まれて、大地も熱気に包まれていた。
ぼくは、赤い鳥たちに混ざって、得意のダンスをたくさん踊った。
毎日楽しく踊っていると、いつのまにか、たくさん赤色の仲間ができた。
赤色の仲間たちと踊る日々は、とっても楽しい日々だった。
ある日、踊りに明け暮れていると、こんなうわさ話を耳にした。
緑の鳥たちが集まる森では、毎晩楽しい歌が歌われているんだって。
緑の鳥たちの集まる森にいけば、きっと毎晩楽しい歌を歌って、もっと楽しくなるにちがいない。
ぼくは、夜の間は、赤い鳥をやめて、緑の鳥たちのいる森に行くことにした。
緑の鳥たちと一緒に歌うため、絵具でサファイアレッドの羽をエメラルドグリーンに染め上げて。
森では、そこかしこで、優雅な歌をみんなが歌っていた。
緑色の風にのって、森中がやさしさに包まれていた。
ぼくは、緑の鳥たちに混ざって、得意の歌をたくさん歌った。
毎晩楽しく歌っていると、いつのまにか、たくさん緑色の仲間ができた。
緑色の仲間たちと歌う夜は、とっても楽しい夜だった。
こうして、ぼくは、朝日が上ると、赤い仲間たちと一緒に情熱的に踊った。
月夜になると、緑の仲間たち優雅に歌った。
赤と緑に彩られた、楽しくて幸せな毎日を過ごした。
すると、ぼくの翼は、半分がサファイアレッド、半分がエメラルドグリーンになっていた。
ぼくは、いつのまにか、踊りと歌を愛する、赤と緑の鳥になっていたんだ。
ある時、赤い鳥と緑の鳥の仲間たちは、ぼくにこう言った。
「キミみたいに踊りも歌も上手な鳥は、他にいないよ。」
「キミのコンサートを開いたら、きっと赤い鳥たちと緑の鳥たちみんなが楽しく幸せになれるよ!」
ぼくは、仲間たちに後押しされて、コンサートを開くことになった。
たくさんのお客さんの前で、歌と踊りを披露するんだって!
ぼくは、赤い鳥たちと、緑の鳥たちみんなに、楽しい気持ちになってほしかった。
赤と緑のぼくは、いつにもまして、踊りと歌に明け暮れる日々を過ごした。
いよいよ、コンサートの日だ。
観客席は、緑と赤で染まっている。
ここにいるみんなが、ぼくの踊りと歌を楽しみに待ってくれている。
ちょっとドキドキするけれど、なんとなく「きっとできる」って思った。
ぼくは、できる力の限り、精一杯の踊りと歌を披露した。
赤い羽根を羽ばたかせると、情熱が躍動する。
緑色の翼にのって、やわらかな歌声が響き渡る。
みんな、最高に楽しんでくれていた。
ぼくも、赤い熱気と緑の風に包まれて、最高の気持ちだった。
この時間が永遠に続けばいいと願わずにはいられないほどに……
すると、突然、雨が降り始めた。
忘れていた何かを思い起こさせるような、不思議な雨だった。
雨の音は、少しずつ大きくなっていった。
どうしてだろう…
雨に打たれると、ぼくの羽から、赤色と緑色がどんどんぬけていった。
雨の水と音に流されるように、ぼくは青色の鳥にもどっていた。
赤い情熱は、水でかきけされて熱気を失った。
緑の風は、雨音にかきけされ、歌うのをやめた。
緑と赤の仲間たちは、言葉を失った。
コンサート会場は、水であふれ、雨の音だけが静かに響いていた。
青に戻ったぼくの体は、怖くて動かなくなっていた。
青に戻ったぼくの歌声は、暗闇の中に消えていった。
「がんばれーー! 」
「まけるなーー! 」
突然、声が聞こえた。
よく見ると、緑色と赤色に交じって、ほんの少しだけ、青い色があった。
青い鳥の谷の仲間たちも、コンサートを見に来てくれていたんだ。
ほんの少ししかないのに、鮮やかな青い色は、勢いよくぼくの目に飛び込んできた。
何かがはじけるように、忘れかけていた青い色は、昔のことを思い起こさせた。
ぼくは、小さなころ、父さんと母さんが大好きだった。
ぼくの大好きな父さんは、踊るのが大好きだった。
ぼくの大好きな母さんは、歌うのが大好きだった。
ぼくは、夢中になって、ふたりのまねをしていた。
ふたりのまねをしている、小さな小さなぼくは、とても幸せな笑顔をしていた。
青は、そんな昔の光景を、思い出させてくれた。
幸せの種は、いつのまにかぼくの心にも息づいていたんだ。
青は、勇気をくれた。
青い羽をもつ、青い鳥のぼくは、大雨にも負けない踊りと歌を披露した。
踊りは、大空を舞うように、みんなの心を夢中にさせた。
歌声は、よせては返す波音のようにみんなの心に染みわたった。
いつしか、コンサート会場は、すべての色を巻き込んでいた。
いつしか、すべての色は、ひとつになっていた。
雨雲の隙間から光がさして、すべての色は、美しく輝いていた。
コンサートは、終演を迎えた。
赤と緑の仲間たちは、ぼくの本当の色を知って驚いていた。
「こんなに踊りと歌が上手な青い鳥を初めて見たよ! 」
「また一緒に踊って、歌おう! 」
羽の色なんて、関係なかったんだ。
ぼくは、青い鳥たちの住む谷に帰ることにした。
青い鳥のまま、これからも踊りと歌を続けることにした。
ぼくの踊りと歌で、誰かに楽しい気持ちと笑顔を届けたいから。
本当の羽の色を隠すことなんて、ないんだ。
コバルトブルーの翼をもつ一羽の鳥は、誰かの幸せを願う青い鳥になっていた
四
この青い鳥、なんとなくアキコさんに性格が似ている気がする。それに、「ちょっと空しいね」という言葉は、アキコさんが故郷で聴いて、ショックを受けたときの言葉だ。故郷を離れたけれど、最後には戻って、そこからまた新しい一歩を踏み出そうとする主人公の鳥の姿は、アキコさんの生き方と重なった。そして、三つの色が出てくるのは、私たちが一緒に塗ったチョウチョたちとつながっているのかもしれない。
偶然かもしれないけれど、なぜだか、あの日あの場所で過ごした時間のことが思い起こされた。それは、確かに私とアキコさんがマーサさんとそこで出会い、人生を語り合った証なんだと思えた。
(おしまい)




