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時と魔法と  作者: 牡丹
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15/21

第15章 遅れて届く音

 写真を提出してから4日後の午前8時13分、透の端末へ短い連絡が届いた。


『本日午前10時。西側搬入口。榊原先生の到着を待って入校すること』


 送信者は神代だった。


 訓練の日時を当日の朝まで決めないという、新しい保護手順が始まっている。


 透は確認したことを示す記号だけを返した。


 行き先も、経路も、家族には学長室の資料整理だと伝えてある。


 嘘ではない。


 実際に資料を運ぶ日もあった。


 けれど、本当の目的を言えないことには変わりなかった。


 午前9時48分、透は学校から1つ手前の停留所でバスを降りた。


 住宅街を抜け、普段は使わない西側の道へ回る。


 夏の日差しはすでに強く、道路の白線が眩しかった。


 背後から近づく足音や、停車したままの車へ意識が向く。


 警戒しながら歩くことに、少しずつ慣れ始めている。


 慣れたくはなかった。


 西側搬入口の向かいには、部活動用の駐輪場がある。


 写真部の生徒が3人、日陰で話していた。


 その中に彩花がいる。


 首からカメラを下げ、上級生らしい女子生徒へ撮影した画面を見せていた。


 1人では行動しないという約束を守っている。


 少し離れた場所には、彩花の母親が運転する車も見えた。


 透に気づいた彩花が、小さく手を上げる。


 カメラは向けなかった。


 透も手を上げて返す。


 安全のために変わったことはある。


 それでも、彩花は写真部を続けていた。


 その姿を見ただけで、胸の奥に残っていた重さが少し薄くなる。


「久世君」


 搬入口の内側から榊原が呼んだ。


「周囲に気になる人はいましたか」


「いませんでした。見落としているかもしれませんけど」


「それで構いません。不審者を探すために立ち止まらないことも、手順の1つです」


 榊原は職員用の札を読み取り機へ触れ、扉を開けた。


 校内へ入ると、すぐに鍵をかけ直す。


「相沢さんは、別の経路から先に到着しています」


「美月さんも来るんですか」


「今日の訓練には、観測者が必要だそうです」


「観測者?」


「詳しくは学長から聞いてください」


 地下第二演習室へ入ると、美月は透明な板の向こう側を覗き込んでいた。


 長机も、砂時計も、ゴム球の発射台も片づけられている。


 部屋の中央には、見慣れない装置が組まれていた。


 透明な筒が、腰ほどの高さの台へ水平に固定されている。


 長さは3メートルほどある。


 片方の端には透明な防音箱が接続され、その中に小さな金属板と、自動で動く打撃棒が設置されていた。


 筒の内側と出口には、薄い板状の測定器が並んでいる。


「おはよう、透くん」


「おはよう。これは?」


「音を測る装置だって」


 神代は壁際の端末で、測定器の反応を確認していた。


「そろったね」


「今日は、音を止めるんですか」


 透が尋ねる。


「まだ、止められるとは決まっていない」


 神代は装置の安全カバーを確認する。


「白峰朔の記録にあった言葉を覚えているか」


「形のないものにも始点がある」


「そうだ」


「もう1つは、能力にも、始まる前がある」


「今日は前半だけを確かめる」


 神代が透と美月へ保護眼鏡を渡した。


「後半を試す予定はない。そこを混同しないように」


 透は眼鏡をかけ、透明な筒を見る。


「どうして音なんですか」


「形がなく、始まる瞬間を明確に測定できるからだ」


 神代は金属板を指した。


「打撃棒が板へ触れた瞬間に、振動が生まれる。その振動が空気へ伝わり、圧力の変化として筒の中を進む」


「それが音」


「ああ。目には見えないが、どこから始まり、どう移動したかは測れる」


 美月が筒の出口から離れた位置へ立つ。


「私は何をするんですか」


「機械の記録だけではなく、人間がどう聞いたかも残したい。相沢君には、筒の出口から届く音を確認してもらう」


「透くんが失敗したら?」


「通常どおり、金属を叩く音が聞こえる」


「成功したら、聞こえない?」


「それも、まだわからない」


 神代は筒の周りを透明な防護板で囲った。


「停止した音が消えるのか、その場へ留まるのか。解除後に再び進むのか。最初から結論を決めないこと」


「はい」


「まずは能力を使わず、基準となる記録を取る」


 神代が端末を操作する。


 表示が3から減り始めた。


 2。


 1。


 打撃棒が金属板を叩く。


 乾いた音が、透明な筒を抜けて演習室へ響いた。


 美月が片手を上げる。


「聞こえました」


 画面には2本の細い波形が表示されている。


 金属板に近い第1測定器と、出口にある第2測定器。


 2つの反応には、ごく短い時間差があった。


「音がここからここまで進むのにかかった時間だ」


 神代が波形を示す。


「次は、打撃で生じた音だけを対象に指定する」


「筒や金属板は止めない?」


「空気そのものも止めない。止めるのは、次の打撃から生じる1つの圧力変化だ」


 透は透明な筒へ近づいた。


 対象。


 方向。


 終点。


 いつもと同じ3つを決めようとする。


 けれど、音には輪郭がない。


 白い砂なら、色を境界にできた。


 台車なら、積載物を含めた塊として捉えられた。


 まだ生まれていない音を、どこからどこまで1つと呼べばいいのかわからない。


「難しい顔してる」


 美月が防護板の向こうから言った。


「まだ何も鳴ってないから、対象が見つからない」


「鳴ってから探すんじゃ遅い?」


「たぶん」


 音は一瞬で筒を通り抜ける。


 聞いてから止めようとしても間に合わない。


「始まる場所はわかってるんだよね」


 美月が金属板を指す。


「打つ場所」


「うん」


「じゃあ、そこから生まれたものを待つのは?」


「待つ?」


「コハクが箱から飛び出す前に、出口を見て待つみたいに」


「音をコハクにしたら、速すぎるけど」


「そこは頑張ってください」


 美月が真面目な顔で言う。


 神代は会話を止めなかった。


 透は金属板を見る。


 形を探すのではない。


 始まる場所を決める。


 次に打撃棒が触れた瞬間、そこから生まれる振動。


 それだけを、1つの対象として待つ。


「やってみます」


「停止時間は1秒以内。頭痛や吐き気があれば、すぐに解除しなさい」


「はい」


 表示が3になる。


 透は呼吸を整えた。


 対象は、次の打撃で生まれる音。


 方向は、停止。


 終点は、第2測定器へ届く前、または1秒が経過した時点。


 2。


 1。


 打撃棒が動く。


 透は、生まれるものを捕まえようとした。


 瞬間、金属板の動きが止まった。


 打撃棒が触れた姿勢のまま、2つの金属が空中へ固定される。


 音は鳴らない。


 筒の中の測定器も反応しなかった。


「解除」


 神代の声で、透は力をほどく。


 遅れて打撃棒が金属板を押し込み、乾いた音が響いた。


 美月が片手を上げる。


「今のは、音じゃなくて板が止まってた」


「うん。わかった」


 透は額へ手を当てる。


 負荷はほとんどない。


 単一の物体を止める訓練なら、すでに慣れている。


「失敗の理由は」


 神代が尋ねる。


「始点を、金属板そのものだと思ってしまいました」


「正確には?」


「金属板は、音が始まる原因です。でも、音そのものじゃない」


「そうだ。原因と対象を混同した」


 神代は操作記録用の紙へ、短く書き込む。


「もう1度やらせてください」


「急がない。今の感覚を先に言葉にしなさい」


 透は装置から離れた。


 目を閉じる。


 世界を止めたとき、音はなかった。


 トラックのエンジン音も、警報も、人の声も消えた。


 あのときは、音だけを選んだのではない。


 空気も、振動を生む物も、受け取る人間の身体も、世界ごと止めていた。


 音だけを止めることは、その反対だった。


 ほかの全てを進めたまま、見えない動きだけを切り分ける。


「音は、物じゃない」


 透が言う。


「でも、何もないわけでもない。板が揺れたことが、空気へ順番に伝わっていく」


「続けて」


「板じゃなくて、空気でもなくて、その間を移っていく変化を対象にする」


「境界は?」


「打撃棒が板へ触れてから生まれた変化だけ。それより前からある空気の動きは入れない」


 神代が頷く。


「始点を、対象の境界として使うわけだ」


「4つ目の指定ですか」


「まだ、そう呼ぶべきではない」


 神代は3本の指を立てる。


「命令は対象、方向、終点のままだ。始点は、形のない対象を、ほかの現象から分けるための条件と考えたほうがいい」


「対象を決めるための、境界」


「ああ」


 美月が手を叩いた。


 小さな音が室内へ広がる。


「今の音なら、私の手が触れたところが始点?」


「そうなる。でも、壁や床で何度も反射するから、金属板より複雑だと思う」


「同じ音でも、途中からたくさんに分かれるんだ」


「たぶん」


「写真と少し似てるね」


「写真?」


「どこまでを同じ場面に入れるか、自分で決めないといけない」


「藤崎さんみたいなこと言うね」


「親友なので」


 透は少し笑った。


 緊張がほどける。


 もう一度、金属板を見る。


 次に生まれる1つの音。


 原因ではなく、原因から始まる変化。


「準備できました」


 神代が測定器を初期状態へ戻す。


「停止時間は変えない。1秒以内だ」


「はい」


 表示が3になる。


 透は金属板へ意識を置く。


 2。


 打撃棒が近づく。


 1。


 金属が触れた。


 乾いた振動が生まれる。


 透の感覚の中で、薄い層が金属板から剥がれた。


 物体の過去と未来を捉えるときとは違う。


 始まったばかりの変化が、空気の中へ細い輪郭を作っていく。


 金属板は動き続けている。


 打撃棒も戻り始めた。


 筒も、測定器も止まっていない。


 透は、その間を進む1つの変化だけへ命令を届けた。


 (止まれ)


 第1測定器が反応する。


 その直後、波形の先端が動かなくなった。


 室内は静かだった。


 装置の冷却音は聞こえている。


 美月が服の袖を動かす音も、神代が呼吸する音も消えていない。


 止まったのは、金属板から生まれた1つの音だけだった。


 透は時間を数える。


 0.5秒。


 こめかみの奥が締めつけられる。


 0.8秒。


 見えない輪郭が、周囲の空気へ溶けようとする。


「解除」


 神代の声が届く。


 透は命令をほどいた。


 透明な筒の出口から、乾いた音が飛び出した。


 打撃棒が金属板を叩いてから、ほぼ1秒遅れた音だった。


 美月が驚いて振り返る。


「今、鳴った」


 出口の第2測定器に、鋭い波形が現れる。


 第1測定器は、約1秒前に反応していた。


 2つの間には、基準記録では存在しなかった空白が生まれている。


 神代は画面へ近づき、時刻と波形を確認した。


「停止時間、0.91秒」


「成功ですか」


「同じ条件でもう1度測るまでは、偶然を除外できない」


「もう1度できます」


「頭痛は」


「少しあります。でも、続けられます」


「少しを数値にしなさい」


「10段階なら、3くらいです」


 神代は透の目の動きと、指先の震えを確認する。


「5分休む。その後、1回だけ行う」


「はい」


 透は椅子へ座った。


 美月が水の入った紙コップを持ってくる。


「ありがとう」


「音、あとから戻ってきたね」


「消えたんじゃなかった」


「止まって、待ってたのかな」


「音が待つって、変な感じだけど」


「透くんが動かしたんだから、待っててくれたでいいと思う」


 透は紙コップを両手で持つ。


 水面が小さく揺れている。


 時間を止めることと、存在を消すことは違う。


 わかっていたはずなのに、遅れて届いた音が、その違いを初めて耳へ伝えた気がした。


 5分後、2回目の測定が始まった。


 打撃棒が動く。


 金属板から生まれた圧力変化だけを指定する。


 今度は、始点の輪郭が先ほどよりも早く見つかった。


 第1測定器の直後で停止する。


 ほかの音は消えない。


 0.7秒で解除した。


 遅れて、乾いた音が筒から届く。


 美月が片手を上げた。


「聞こえました。さっきより少し早かったです」


 画面にも、0.72秒の遅れが記録されている。


 神代が装置の電源を切った。


「本日の実験は終了する」


「もう少しできます」


「できることと、続けるべきことは同じではない」


 神代は透の前へ操作記録帳を置いた。


「今の2回を記録しなさい」


 透は鉛筆を持った。


 日時。


 場所は、地下第二演習室。


 対象は、金属板への1回の打撃から生じた圧力変化。


 方向は、停止。


 終点は、最大1秒、または頭痛の増加。


 結果は、0.91秒と0.72秒の伝達遅延。


 金属板、打撃棒、測定器、周囲の音への停止なし。


 身体症状は、10段階で3の頭痛と軽い指先の震え。


 透は最後に、気づいたことを書き加える。


『形のない現象は、始点を境界にすることで1つの対象として指定できる可能性がある』


 書き終えるまで、神代は口を挟まなかった。


「可能性、と書いたのは正しい」


「2回だけだからですか」


「それもある。今日確認できたのは、短い衝撃音だけだ」


 神代は装置を示す。


「光、熱、痛み、記憶、感情。形がないというだけで、同じように扱えるとは限らない」


「能力も?」


 美月が尋ねた。


 演習室が静かになる。


 白峰朔が残した、もう1つの言葉。


 能力にも、始まる前がある。


 透も、その続きを考えていた。


「もし能力にも始点があるなら」


 透は自分の右手を見る。


「能力が始まる前まで、戻せるんでしょうか」


「わからない」


 神代は即答した。


「能力は生まれた時点で定まるとされています。でも、実際に現れるのは高校生くらいからですよね」


 美月が言う。


「どちらが始点になるんですか」


「それも不明だ」


 神代は白峰朔の記録を置いてある金属箱へ視線を向けた。


「誕生時に能力が定まった瞬間なのか、身体に発現した瞬間なのか。能力という仕組みそのものが世界へ生まれた時点なのか。朔が何を指したのか、記録は残っていない」


「試して確かめることもできない?」


「少なくとも、人間へ行うことは認めない」


 神代の声は厳しかった。


「能力だけを対象にしたつもりで、脳や身体の時間まで戻す可能性がある。対象の境界を誤れば、その人物が生まれる前まで干渉する危険も否定できない」


 透の指が止まる。


「自分自身なら」


「なおさら禁止する」


 神代は透の言葉を最後まで言わせなかった。


「能力を使っている本人の能力を止めたとき、誰が解除する」


「……できなくなるかもしれない」


「停止だけで済む保証もない。操作の途中で命令を届ける力が失われれば、結果を戻せない」


 透は操作記録帳から手を離した。


 できるかもしれないという考えは、希望に見える。


 能力を消せるなら、国家に管理される理由も消える。


 能力者と通常者を分ける線もなくせるかもしれない。


 けれど、終点を知らない希望は、制御していない命令と同じだった。


「試しません」


 透が言った。


「今は、音だけです」


「それでいい」


 神代が頷く。


「わからないことへ近づく方法は、飛び込むことだけではない。戻れる場所を確かめながら、1歩ずつ進みなさい」


 訓練を終えた透と美月は、榊原の案内で地上へ戻った。


 地下の冷えた空気から出ると、校舎の暑さが一度に肌へまとわりつく。


 部活動を終えた生徒たちが、昇降口へ向かっていた。


 透は美月と並び、人の流れから少し離れて歩く。


「頭、まだ痛い?」


「2くらいまで下がった」


「帰ったら、神代先生にもう1度連絡してね」


「うん」


「本当に?」


「操作記録帳にも書いた」


「じゃあ、信じます」


 階段の踊り場で、美月が足を止めた。


「さっき、能力を消せるかもって思った?」


「少し」


「消したい?」


 透はすぐには答えられなかった。


 能力がなければ、美月を交差点で救えなかった。


 コハクも、台車の前にいた幼児も助けられなかった。


 けれど、能力があるから追われている。


 彩花も、秘密の周りへ巻き込まれた。


「わからない」


 透は正直に答えた。


「ないほうがいいって思う日もある。でも、なかったことにしたくないものもある」


「助けたこと?」


「うん。美月さんと話すようになったことも」


「それは、能力がなくても話してほしかった」


「事故がなかったら、話す理由がなかったかも」


「じゃあ、私から話しかける」


「今から変えられないだろ」


「時間を戻せる人が言う?」


 美月が笑う。


 透も少しだけ笑った。


「音は、止めても戻ってきたね」


 美月が言う。


「うん」


「止めたことと、なくしたことは同じじゃなかった」


「そうだね」


「だから、今すぐ消すか残すかを決めなくてもいいと思う」


 美月は先に階段を下り始める。


「答えが遅れて届くこともあるよ」


 透は、その背中を追った。


 昇降口の前で、高瀬と彩花に会った。


 高瀬は数学の問題集を抱え、全てを失ったような顔をしている。


「どうしたの」


 美月が尋ねる。


「追試が終わった」


「受かった?」


「結果は明日」


「じゃあ、まだ終わってないね」


「精神的には終わった」


 彩花が隣でカメラを持ち上げる。


「記念に撮る?」


「不合格者の遺影みたいになるからやめろ」


「まだ不合格って決まってないよ」


「相沢、その励ましは逆に怖い」


 4人の間に笑い声が広がった。


 彩花の母親の車は、校門近くの決められた場所へ着いている。


 写真部の上級生も一緒だった。


 約束どおり、1人ではない。


「今日は何を撮ったの?」


 美月が尋ねる。


「夏の校舎。人が写ってない場所だけ」


 彩花はカメラの画面を見せた。


 誰もいない渡り廊下へ、窓枠の影が長く落ちている。


 古い蛇口から、水滴が1つ落ちようとしている。


 風に膨らんだカーテンが、白い光を包んでいる。


「きれい」


 美月が言う。


「人を撮らなくても、残るものはあるから」


 彩花は透を見る。


「公開するときは、場所がわからないように確認してもらう」


「撮るのをやめてなくて、よかった」


 透が言う。


「やめません。自分で決めたので」


「うん」


「久世も、自分で決める前に相談すること」


「それ、まだ有効なの?」


「無期限です」


 彩花はカメラを下ろしたまま笑った。


 シャッター音は鳴らなかった。


 それでも、その場の4人は同じ時間を覚えていた。


 灰色のスーツの男は、学校から離れた車内で入退校の記録を整理していた。


 夏休みに入ってから、透の登校時刻と経路は一定しなくなっている。


 正門。


 職員玄関。


 西側搬入口。


 退出時には、必ず教職員が近くにいる。


 相沢美月が同行する日もある。


 藤崎彩花には家族の送迎がつき、写真部でも複数行動が徹底された。


 個々の予定は読みにくくなった。


 しかし、守り方が変わったことで、守っている人間の輪郭は鮮明になった。


 榊原真帆。


 1年4組担任。


 候補者の校内予備検査を担当し、現在は入退校時の同行を行っている。


 相沢美月。


 初発現とみられる交通映像に写り、複数の訓練推定日に候補者と同時入校している。


 そして、神代宗一郎。


 学長。


 元・国家魔法局特務魔法師。


 候補者の予備検査を中央登録へ送らなかった最終決裁者。


 男は3人の関係を報告へまとめた。


『学校内の保護系統を推定。神代宗一郎を責任者、榊原真帆を実務担当、相沢美月を既知の目撃者と仮定する』


 上位者から、追加の照会命令が届く。


『神代宗一郎の国家魔法局在籍時記録を、継時監察記録と照合せよ』


 男は古い閲覧履歴へ接続した。


 国家魔法局を退職した職員の記録。


 高位能力者の管理史。


 白峰朔に関する機密資料の閲覧者一覧。


 消去されずに残っていた1行が表示される。


『閲覧者、神代宗一郎』


『対象資料、白峰朔操作記録帳』


『研究用複製、作成許可済み』


 男は画面を見つめた。


 神代は、候補者の能力を偶然推測したのではない。


 最初の保持者の記録を読み、同じ能力を見分けるための知識を持っている。


 そして、原本から作られた複製を、現在も保有している可能性がある。


 報告を送る。


 返答とともに、観測対象の優先順位が更新された。


『神代宗一郎を優先観測対象へ変更』


『研究用複製の所在を確認せよ。現段階での校内侵入、接触、回収を禁ずる』


 男は命令を受領する。


 学校の地下で、透は初めて形のない音を止めた。


 同じ日、神代が過去から持ち帰った記録も、見えない場所で動き始めていた。


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