第3話:【保護】
「……なんだ、これは。異界か? 後の世は、冥府に堕ちたというのか!?」
ダンジョンの出口から一歩外に出た瞬間、眞白さんは絶叫し、俺の腕にしがみついた。
無理もない。目の前に広がるのは、夜の帳を切り裂く極彩色のネオン、空を貫くような高層ビル群。そして、アスファルトの上を猛スピードで走り抜ける鉄の塊の群れだ。
「落ち着いてください眞白さん、あれは車っていう乗り物です。牛車のすごい版だと思ってくれれば……」
「馬鹿を申せ! あの鉄の獣、目が光っておるぞ! 咆哮まで上げておるではないか! 怨霊だ、あれは絶対に強力な怨霊の類だわ……っ!」
眞白さんは、俺の背中に隠れてガタガタと震えている。
「あの咆哮はクラクションというやつですね……」
平安時代の最強呪術師が、軽自動車にビビり散らかしている。このギャップ。
案の定、俺のドローンが捉える視聴者のコメント欄は、かつてないお祭り騒ぎになっていた。
『【悲報】最強お嬢様、N-BOXに敗北』
『震える眞白様かわよ……。ずっと守ってあげたい(スパチャ¥2,000)』
『「牛車のすごい版」とかいう颯太郎の雑な説明好き』
「俺の説明は今は別にいいだろ。必死なんだから放っておいてくれよ。……あっ、スーパーチャットありがとうございます!」
片手間でコメント欄に反応しながら眞白さんに向き直る。
「……とにかく、貴女は数百年ぶりに目覚めたんです。今のこの国は、貴女の知っている日本じゃありません。一人で歩けば、即座に不審者として捕まるか、悪い奴らに利用されるのがオチです」
俺は立ち止まり、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめて言った。
「俺が、貴女の道先案内人になります。現代の歩き方、バズり方、そして美味いもののありか……全部俺が教えます。その代わり、俺の配信に協力してもらえませんか?」
「ぷ、ぷろでゅーさあ……? よく分からぬが、其の方が私を導くと申すのか?」
「そうです。俺が君を、この時代で一番輝く『英雄』にしてみせます。……どうですか、眞白さん。俺と契約してくれませんか?」
眞白さんはしばし沈黙し、周囲の『鉄の獣』を警戒しながらも、ゆっくりと俺の手を握り返した。
「……致し方あるまい。此度の件、其の方に免じて預けよう。ただし! 粗相があれば、即座に塵にしてくれるからな!」
契約成立だ。
俺たちはまず、彼女の空腹を満たすため、近くのコンビニへと向かった。
「まずは謝罪します。夜が遅すぎて近くのカフェは閉まっていました。パンケーキはまた今度でお願いします。なので、とりあえず今日はここで腹ごしらえをしましょう」
「……なんだ、この白く光る社は。夜中だというのに、真昼のごとき明るさではないか」
「コンビニっていう、現代の宝物庫ですよ」
俺が買い与えたのは、一個百数十円の『鮭おにぎり』だ。
眞白さんは包装のフィルムを「新手の結界か?」と警戒し、俺が開け方を教えると、宝物でも扱うかのように慎重に手に取った。
「ほう……米か。白く輝いておる。だが、このような得体の知れぬ米が美味いものか……あむっ」
一口。小さな口で、彼女が米を噛み締める。
その瞬間、眞白さんの動きが止まった。
「…………っ!!」
彼女の大きな瞳が、これ以上ないほど見開かれる。
「……なん、だ、これは。米の一粒一粒に、凝縮された旨味が宿っておる……。それに、この中の赤い魚の肉……塩気と脂が、噛むほどに溢れて……っ!」
眞白さんは頬を赤く染め、今度は夢中で二口目、三口目とかじりついた。
「う、美味い……! 美味すぎるぞ、颯太郎! 平安の世の、どの供物よりも、帝に捧げたどの肴よりも……これは、至高の逸品だわ……!」
「眞白さん、帝と何らかの交流があったんですか……?」
俺の素朴な疑問を聞き流し、少しだけ涙目になりながら幸せそうにおにぎりを頬張る絶世の美少女。
その様子がドローンを通して配信されると、コメント欄が爆発的な速度で流れた。
『おにぎり一個でこのリアクションwww』
『食レポの才能ありすぎだろ』
『全人類、今すぐ眞白様に鮭おにぎりを献上しろ(スパチャ¥10,000)』
『見てるこっちまでお腹空いてきた……コンビニ行ってくるわ』
「夜道は危ないから気を付けてコンビニ行ってきてね……。あっ、スーパーチャットありがとうございま……一万円!? 本当にありがとうございます!!」
コメント欄に向かって頭を下げながら、眞白さんの様子を見守る。
「眞白さん、もっと落ち着いて食べてもらって大丈夫ですよ。おにぎりならいくらでもありますから。なんならもっと美味しいのもあるでしょうし……」
「これより美味いものがあるというのか!? 嘘を申せ! ……だが、もし本当ならば……私は、其の方に一生ついていくかもしれぬ……」
おにぎりの力、恐るべし。
波があった同接はついに、安定して5,000人を超えるようになっていた。
俺たちの新しい生活は、まずはコンビニ飯の洗礼から始まったのだった。




