第24話:【食レポの極致】
タワーマンションの一角に設営された特設スタジオ。
凛はディレクターとしてモニターを睨み、潤は別室から数機のドローンと固定カメラをミリ単位で制御している。
「――本番、三十秒前。眞白様、口角をあと二ミリ上げてくださいまし! 潤さん、照明がまだ甘いですわよ!」
「……うるさいし、本名で呼ばないで。……反射率は計算済み。……眞白様の肌が最も発光する周波数に合わせてある。……黙って見てて」
その中心で、眞白さんは凛が用意した『和モダン・エプロンスタイル』という、強烈な破壊力を持つ衣装で座っていた。
「……颯太郎。此の『案件』という戦、まことに緊張するな。緊張を消し去る呪術でもあればよいのだが……」
「ああ。それなら、手のひらに『人』って書いて飲み込むというのはよく聞きますけどね」
「人……? 手のひらに『おにぎり』と書いて飲み込めのではダメか?」
「うーん、どうなんだろうなぁ……。効果ないような気もするなぁ。まあ、とにかく眞白さんはいつも通り、美味しく食べてくれれば大丈夫ですから」
俺が合図を出す。配信開始。同時接続者数は開始一分で三万人を突破した。
【D-Live:ファミリアストア×眞白 記念コラボ配信】
名無しさん: きたぁぁぁぁ! 飯テロの時間だ!
考察ニキネキ: 衣装が神。凛ちゃん有能すぎるだろ。
限界オタク: 画質がエグい。毛穴が見えないどころか後光が差してるんだが……。
「……皆の衆、待たせたな。今日は此の『ふぁみりあすとあ』なる店から届いた、選りすぐりのおにぎりを食そうと思う」
眞白さんが恭しく手に取ったのは、今回の目玉『極・熟成紅鮭』だ。
潤が操作するドローンが、眞白さんの指先と、パリッと音を立てそうな海苔の質感を至近距離で捉える。
「……いざ、尋常に」
眞白さんがおにぎりを一口。潤が構築した集音アルゴリズムが、海苔の弾ける音を、まるで宝珠山立石寺の静寂に響く蝉の声のように美しく視聴者の鼓膜へ届けた。
「――っ!? なんという……なんという事だ、これは……!」
眞白さんの動きが止まる。彼女の瞳が、驚愕と感動で大きく見開かれた。
「米の一粒一粒が……まるで精鋭の兵のごとく、口の中で完璧な陣を敷いておる! 噛み締めるたびに解ける米の甘み、それはまるで春の訪れを告げる呪力の奔流……! さらに此の鮭、潮の香りが魂を揺さぶり、塩気が米の旨味を極限まで引き出しておるわ!」
「……出た。眞白様のガチ食レポ……。……マイクの感度、最大。……この吐息、全人類に届け」
潤の指先が踊る。画面には、おにぎりの断面と、感極まって少し潤んだ眞白さんの瞳が、完璧な構図で分割表示された。
「……颯太郎、これはもはや食い物ではない。一つの『小宇宙』だ! 米と具が、私の呪力と共鳴しておる! 我が内なる呪力さえも、此の至高の握り飯によって浄化されていくのが分かるぞ……っ!」
「本当に食レポが上手すぎる。何なんだ、この人の才能は」
眞白さんは、夢中で二口目、三口目と頬張り、幸せそうに頬を膨らませた。その姿は、平安の最強呪術師としての威厳と、小動物のような愛くるしさが奇跡的な融合を果たしていた。
【D-Live リアルタイム・チャット】
空腹丸: お腹が空いたわね! 今すぐファミリアストア行ってくるわ!!
飯テロ被害者の会: なにこの美味そうな食べ方……卑怯だろ……。
スパチャ¥10,000: 眞白様の咀嚼音で白米三杯いけます。ありがとうございます。
ファミリアストア公式: 眞白様、最高のレポートありがとうございます! 全国の在庫がマッハで消えてます!
「……ふぅ。……まことに、見事な戦であった」
五個のおにぎりを完食し、眞白さんは満足げに息をついた。同接数は最終的に六万人を超え、SNSは『#眞白とおにぎり』で埋め尽くされた。
「お疲れ様です、眞白さん。……大成功ですよ」
「うむ! 此れでまたおにぎりが増えるのだな? 颯太郎!」
配信を切った瞬間、凛が「眞白様ぁぁ! 汚れを拭いますわね!」とタオルを持って突撃し、潤が「……保存完了。……一生の宝物」と静かにガッツポーズを決める。
最強のチームによる、最強の案件配信。腕試しには十分だった。この布陣ならば何度だってバズることができる。俺は、強くそう確信した。
ダンジョンに潜り、配信をし、怪異を祓う。やろう、このチームで。




